第18話『幕間 I コピー実験』

 丁度その頃。チュートリアルバトルが行われたホールに、レヴィが呼び出されていた。


「レヴィ君、ソータ君の動きを体験してみない?」

「ソータさんの動きを? 僕が?」

「うん、そうなんだ。このプログラムを使うと、ソータ君の動きを実際に体感できるんだよ」

 シビルは笑みを浮かべ、付け加える。

 

「つまり、彼の技を真似しながら体で覚えるってことさ」


 シビルの説明では『強制執行スキル』の解析時に副産物として出来たものだという。

 なお、スキルはまだ解除出来ていない。


 ぺたぺたとセンサーシールや、計測器具を手早くレヴィの体に取り付けていく。

 動きを阻害しない、小さなものだ。


「体の動きを強制リンクで模倣させ、基礎的な体術そのものを、体得するんだよ!」


 あまり期待出来そうにない、という顔をしながらソータも横で似たようなシールを貼り付けられていた。


「いっとくが、マサキもさっき試してる。結果は期待するな」

「あ、いえ、実験に協力したくない訳じゃないですよ? ただ……えっと、マサキさんどうなりました?」

 シビルがレヴィの(表情に反して)不安そうな耳を見て、明るく答える。


「大丈夫だよ~、今回は余計な要素も入れてないからね!」

「余計な要素だって認識はあるんじゃねえか」


「ちょっと変な感じするかもしれないけどね! 任せて。このセンサーと、干渉派を出す指示器をつけて、と」

 シビルの誤魔化し方にレヴィの尻尾がふわりと膨らんだ。


「あの、マサキさんは『どうなった』んですか?」

 マサキの心配をしているようで、(僕は大丈夫なんですかこの実験!)という悲鳴が透けて見える。


「無事だ。『なんか気持ち悪いですね、これ』とかほざいて帰ってったからな」

「微妙に言い方似てますね!!」


 さてと、とシビルがメインモニタに向き直る。じゃあ基礎から、との声にソータがまず動いた。

 機器からは何も見えないが、『流れ』というものを探る動きらしい。見た目では、踊るような手の運び。

 それに合わせてレヴィの体が、まるで糸で操られる人形のように動き出す。


「通常の干渉率は30%程度……ん?」


 シビルの声が途切れる。

 モニターに映る数値に、目を疑う。


(──80%超え!?)

 シビルが慌ててサブモニターを確認し直す。


「レヴィ君、どう?」


「体が、勝手に……。奇妙な感じ、です」


 その声には、明らかな違和感が混じっていた。

 しかし興味深いことに、レヴィの動きはソータのそれを完璧にトレースしている。

 

(これ、レヴィくんの動き、いや意識がかなり押されてる……影響力が、想定以上……?)


 ソータは敢えてゆったりとした動きで、動きを伝えている。

 足運び、重心、呼吸。基礎的な身体の制御だ。

 通常はもっと速い。

 その滑らかさは日々の鍛錬の程を伝えてくる、流麗な動き。


「マサキの時より、はるかに『合ってる』な」


 ソータが一旦動きを止め、構えを変える。やるぞ、と視線を送り。

 刀を抜いて、ざ、と水流を天に走らせる。

 

 その動きを『完璧』にコピーしたレヴィが、腕を振り上げ──、しかし、水は走らない。


「……っぱ、駄目か……」

「き、筋肉。筋肉が、今、使ったことない筋肉が痛みました!! めりって!」

「たったこれだけでか……?」


 呆然とするソータに、レヴィが「これは、僕のスタイルとは違うんですよ……」と耳を下げる。

「──だから、そういう実験だろ、これ」


「もう外していいですか! いいですよね! 僕はテーブルGMですよ?!」


 レヴィは耳をぺたんと伏せ、必死にシビルを見つめる。

 このままだと筋肉にされる! 優雅じゃない! などと目が訴えている気がした。


・通常の干渉率:30%

・レヴィ個体の干渉率:86%


 マサキで取れたデータと比較しつつ、ログを取り続けるが。

「まずいな……、いや、データは欲しい、けど……これは。ストップ!」

 シビルが惜しそうに実験を中断する。


「……干渉率が異常すぎる。この数値は危険域だ。うん、止めよう! ごめんねソータ君、レヴィ君!」

 自由になった途端、自然に逃げだそうとするレヴィの襟首を捕まえ、ソータが引き摺り戻す。


「いーやーでーすー!」


 病院に連れて行かれる猫の風情。おい暴れんな、と押さえられ、シールや計器を外される。


 機械が壊れる、と言われて「僕も壊れ物ですよ、大事にしてください!」とレヴィが怒っていた。

 優雅何処行った、とソータが呆れている。


 その横で、シビルが走り書きを書き留める。

 なりふり構わない程度には嫌悪感、大と。

 

 最大特異値

・レヴィ個体の干渉率:96%


 強制執行スキルとの相乗効果、かもしれないなとシビルはペンを口元に当てる。


「例の『強制執行』スキルで、何らかの干渉経路が開通しているのかもしれない……」


 修正を受け付けない謎のスキル。

 タイセイほどの見識があれば直ぐにでも書き換えられる筈だが──今ここに居ない人物の助けを期待しても、仕方が無い。

 まるで更なる上位権限でのロックが掛かっているかのようだ。

 

「では、誰が、何の為に」

 シビルは周囲を見回しながら、妙に冷たい空気を感じ取った。

 ──この『強制執行』スキルを持続させているのだろう……。

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