第17話『4th 宙の階梯空間』
螺旋状の階段が、夜明けの空を登るように、天へと続いている。
一段を上がる毎に硬く澄んだ音色が響く。
白い小鳥たちが遠くに舞い、まるで天国への門を歩んでいるような、そんな錯覚すら覚える。
遠くには、天使の階梯。
優しいシンフォニーが、まるで呼吸するように波打つ空間。
「私、戦いは苦手です」
アサハの藍色の長い髪が、風に揺らめく。
装いは静謐な夜明けのように、青から桜色へのグラデーションを身に飾り。
その手に抱えられた水晶琴が、かすかに共鳴するように輝いた。
「でも、あなたの『
りぃん、と響く音。
音と共に、光が共鳴して震える。波打つ輪が広がっていく。
メモリは『データ観測』を展開した。
(音が、形になってる──?)
音の波紋が実体を持ち、周囲のサフィラ粒子が渦を巻く。
「──耳を、澄ませて。聞いて」
アサハの薄桃色の瞳が、優しく微笑んだ。
琴の弦が奏でられるたび、光の波紋が敵を包み込み、縛り上げていく。
「私のスキルは、音から生まれる『律動』。ソータさんの水流術、シノンの物語、私はこの星の音を紡ぐの」
白い鳥の群れが舞い、アサハの周りを光の糸が取り巻く。
メモリの視界に浮かぶ数値が、音に合わせて脈打っている。
これがアサハの力──音から紡ぐ魔法。
理論でも物語でもない、この星そのものの音色。
(──あれ?)
一瞬の違和感。
が、先手必勝と双短剣、Observer-Rを抜き、構える。
「炎の槍にて貫き留めよ! ──『フレイムランス』!」
次いで、音の刃をObserver-Cで切り裂いた。
轟、とアサハに向かって炎の槍が落とされる。
が。水晶琴の弦の一鳴で、炎が解かれた。それでもダメージはそれなりに入っている──筈が。
「削れてない?!」
(アサハインスタンス、炎が効きやすいって──嘘かよ、これ!)
思わずアサハのステータスを見直し──息を吸い込んだ。
「ご本人──?! インスタンスじゃない?!!」
さっきの違和感。確かに、名前の横にGMって見えた! それだよ! 今まで無かったもんな!!
アサハの長い髪がふわりと広がり、風に桜花のピアスが揺れる。
「あ。バレた……」
アサハの指が、水晶琴の弦を優しく撫でる。
メモリが崩れ落ちそうになる。
(マイペース!!!)
「メモリさんのスキル、『見える』のか、知りたかったから」
懐かしむような声音から、アサハの声が沈む。
柔らかな旋律が、途切れた。
「タイセイさんには、音も水流も『見えなかった』。分かった部分はコグニスフィアの『スキル』に応用したけれど」
『水流術を解き明かす』という約束でスカウトされたソータ。
その約束を果たせないまま、タイセイは引退した。
「それでソータさん、ちょっとタイセイさんを、恨んでる、かも」
その言葉の重みが、メモリの胸に沈んでいく。
「──って、それは」
「でも、他の契約はちゃんと守られてるって、ソータさんも。それに──」
アサハの指が、また弦を奏で始める。
まるで誰かの心を慰めるような、優しい音色。
「あの頃より、ソータさん、ずっと明るくなった、し」
ソータがGMになったのは、水流術の根幹を、解き明かす為だった。
そう、それは最初からそう聞いてはいたが。
メモリはそのことをちょっと恨んでいる、というアサハの言葉を反芻して。
「──それちょっとどころじゃ無くて結構大きな禍根だよ!?!?」
思わず頭を抱えてしまう。
タイセイさん役職確約でスカウトして来ておきながら本人異動で飛んじゃった、みたいなことしてる──!!!
「アサハさんそれ、あの、ソータさん激ギレしなかった? 引退で……」
「タイセイさん逃げるの、上手だし」
違うよお~~~~対処方法がそうじゃないんだよ~~~~~!!
怒るよそりゃ!!
「それに、シビルが引き継いで、ずっと研究してるから」
「あの俺まさか、ソータさんがタイセイさん殴りに行くのに付き合わされる感じだったりする?」
「…………──」
アサハさんが目を合わせてくれない。困ってるし。
ソータさんの日参タイセイレイド、絶対私怨入ってるじゃん。
タイセイさん愉快な人どころじゃないわ、神経強靭鉄鋼メンタル過ぎるわ。
その、とアサハも続ける。
「運が良ければ、くらいで。期待は、してなかったと言っていたから」
(絶対嘘だ)
だって今も諦めて無いんだろう。そんなの。
ため息をつく。
──ああ、なるほど。今までのあれやこれや。そういうことか、と。
「なんか胃が痛くなってきたな」
アサハ曰く、ソータが来た当初よりずっと雰囲気も柔らかく、明るくなったと言う。
コグニスフィアに来てくれてよかった、と。
ソータさんが、ここに、落ち着いたのは──そんなアサハさんやシノンちゃんみたいな人が居たことも大きいんじゃないか。
そして、水流術を解き明かすというアプローチを、今もきっと諦めていない、シビルさんにも。
「だってさ。そんななのに、あの人、今も真面目にGMやってんだよな……」
初日の、メモリがあのスキルを使った直後も、誰よりも早くレヴィの家に駆け付けた。
レヴィ含め震え上がる程の怖さではあったけれど。
神秘の技を、理論として残す。
それが成れば、コグニスフィアにとっても、ソータへの、最大の贈り物になりえるのかもしれない。
ただ、タイセイさんですら解けなかった謎を、俺が解けるとは思えない。
けど、ちょっとずつでも。
何か手掛かりを見つけられたら、いい。
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