第21話『6th 盤上魔術遊戯空間』※バトル有

 そんなこんなで。

 挑むは、レヴィ。紫の魔術師のインスタンスだ。


 薄暗い煉瓦塀、大きなチェス盤を模した床は半透明で、眼下には無限螺旋の階段と、魔術の図書棚。

 スペルブックが踊り、トランプが舞い落ちる。

 ごとん、ごとん、と音を立ててチェスの駒が立体的に、不規則に並べられていく。


「いらっしゃいませ、お客人」


 優美にレヴィが、一礼をする。

 珍しく白のロングスーツに、深紫のベスト。金飾りの装飾をあしらっている。

 紫の髪から覗く薄い耳、長く艶やかな尻尾を揺らした。


「ゲームは、ちょっとした遊びは、お好きで? さて、あなたのお時間は?」

 獲物を見定める捕食者の眼光で、レヴィが笑う。


 お暇なら、こちらへどうぞと手を広げる。

 紫の杖、小さく弾ける雷の火花。


「それじゃあ。僕と一緒に──」


 隙を誘うように、その場で背中を見せる一回転。踊るように弧を描く尻尾。

 ぱちっ、と雷が周囲に落ちる。


「遊びましょうか?」



Set up.

Ready - GO.


レヴィGMインスタンス戦──『盤上魔術遊戯空間』開幕。



 レヴィの跳躍と同時に、メモリを照準した魔術詠唱が始まる。

 Observer-Eで捕捉した先を、プレシジョン・ガンで撃つ。


 詠唱紋が消える。メモリが走った。

「その辺にはトラップが。お気をつけを」

「承知の上!」


 がっ、とチェスポーンに乗り上げ、首を薙いで行く斧を避ける。キングの駒の上に乗ったレヴィが杖を一振り。

 ビショップの陰に隠れ、デコイ替わりに照準をずらす。


 ポーンを経由してナイトの駒を駆け上がり、詠唱を始める。わずか、こちらが先。


「第三循環の門を開き! 捩じり集え炎の同胞──」

「第二循環の門を開き! 来たれ来たれ神気の同胞──」


 炎が舞い、レヴィを捉えた。

 

「「この炉の先にて発現せよ!」」


 声が重なる。

 だが、レヴィの方が杖を振りなおし、詠唱位置を再調整。その僅かな差で。

 

(とった!)

 間合いへと入り込む。双短剣と共に──。


「『インフェルノ・ブレイズ』!」


 切り裂かれつつも、至近距離でレヴィが術を発動させる。


「──『アーク・ボルト』!」

「シールド展開!」


 弾かれる間際、レヴィを蹴る。──ごめん!

 本物のレヴィなら、きっとどちらも間違いなく避けている。あの瞬発力なら。

 

(っけど後味悪ぃ……!)

 クイーンの駒に乗り上げ、ルークへと足場を移したレヴィにすかさず炎の槍をぶち込む。

 Observer-Eの追尾は切れない。

 

 メモリの体を、紫の詠唱紋が覆う。

「シールド!」


「こちらから失礼」


 耳元で声がした。身を翻すよりも先に、爪が腹を裂く。

「ぐっあ……!」


 振り向きざまに短剣を振るうも、軽く避けられる。

 爪の追撃。短剣で弾く。更に追われ、バランスを崩す。クイーンから落とされる。

 

(やばっ……)


「第三循環門を開き集え、風の腕にて弾け『エア・バースト』!」


 ──噛まずに言えた! ぶわ、と風が巻き上がり、落下を押さえ込む。

 が。


「逃げてくださいね──『スタン・ニードル』」


 紫電の針が体を貫く。衝撃に息が止まった。

(容赦ない──、けど)


「おや。捕まっちゃいましたか。それでは──第一循環の門を開き、来たれ来たれ神気の同胞」

 こちらを見下ろし、楽しそうにスペルを唱えるレヴィ。

 

「これはどうでしょう──『フルグル・サルタトール』」


 紫電の雷撃が落とされる。


「──っ!!」


 あと一撃食らったらやばい!

 ぱり、と痺れを残しつつも、スタン・ニードルから解放された。


(レヴィの奴、いたぶりやがって……!)


 勝てる可能性があるとすればその悪癖だ。かろうじて、ポーンの背後に隠れる。

 レヴィへの照準そのままに炎の術式をたたき込み──

 

 『オブザーバーズ・アイ』──スキルを展開する。


 サフィラ粒子の、流れ。インスタンスにも存在する筈だ。『在る』、と念じる。

 0ではなく1として、世界を見直す。


 流れ、見えない何か。その存在を追う。

 Observer-Rに絡め。

 

 炎を、纏う。

 熱に換える。

 

 溶けるような銀の炎。

 

「レヴィ──!!」


 Observer-Eの照準に重ね。「第三循環門を開き!」


 再度。駆ける!


「諦めの悪い人は、好きですよ!」


 黒いナイトの駒の上で、レヴィが笑う。

 詠唱を続け、黒のポーンをくぐる。斧。回避、また進む。

 何故か『夢魔』の絵画を思い出す。獲物はいない、まだ何処にも。紫の詠唱紋!

 流れ、を引き寄せる。


「!?」


「今更喚んでも──『インフェルノ・ブレイズ』!」


 思った以上の火力で、火柱が立つ。レヴィも自分も、せいぜい後一撃。

 落ちるレヴィを追って、銀を纏う黒の短剣、鴉の刃を突き立て──


 辺りが急に暗くなる。

 地上の盤全てを使い、魔術詠唱紋が光った。駒が動く。

 光の網が、ぎしり、と落ちるメモリを絡め取る。レヴィの詠唱が続く。だったら、一か八かだ。

 

 メモリが賭けに出る。


「スキル『共鳴』──使えるか、これ、『アルカナシャッフル』を!」


「──この炉の先にて……、……? ──『アルカナシャッフル』!」


 突如レヴィが詠唱を『変える』。

 レヴィの位置、トラップ、そしてメモリを巻き込んで『位置』を『シャッフル』された。


(今の!?)


 トラップは『未発動』で隠されている。詠唱は未完成で、発動していない。

 運が良ければ使える筈だ、とメモリは読んだ。

 メモリとビショップが、レヴィとトラップが、それぞれチェスの駒ごと入れ替わった。


「う、わ!?」


 落ちてくるポーンを避けて、横から飛ぶ斧を躱す。

(あれは……)

 ──違う。これは、『俺の』スキルじゃない。


 正確には、メモリのスキル『共鳴』ではなかった。

 

 インスタンスのレヴィは不可思議そうに戸惑っている。が、直ぐに『敵』、メモリを目で追い始める。

 逃げながらも、メモリはぞっとする心地を覚えていた。

 

(あれは……知ってる)

 

 ──見覚えのある違和感だった。

「嘘だろ、あれ……まさか」


 メモリには、分かる。

(だって、あれを使ったのは。最初に使ってしまったのは俺だ)


「──『強制執行』スキル……!」


 使うつもりもない、使ったつもりもないもの。

 あわよくば、運が良ければを狙って、ダメ元でスキル『共鳴』の発動に賭けてみた、つもりだった。

 それが。


 動揺が判断を鈍らせる。

 紫の詠唱紋を躱すよりも先に。


「はい、チェックメイトです♪」


 レヴィの声が間近で聞こえた。

 ざくり、と爪の感触に切り裂かれる。──抵抗、出来なかった。

 

 レヴィへの罪悪感。それよりも尚、深い焦燥感。

 リー・リンゼイ。

 きっと、あいつだ。レヴィに、何を。ずっと見張っているのか、こちらを。

 

 ──あの男の、掌の上で踊らされているだけ、だったのか。

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