第39話『Game,Replay,Game』
『ラングランのみの呪いと言えるのか』──タイセイの言葉の真意を探ろうと、メモリはスキルで深追いする。
が。
ほんの瞬間。タイセイは「しまった」という気配を見せ。
瞬時に平静を保ち、動揺度すら抑えきってしまう。
「……すまない。今のは、余計に混乱させる一言だったね。今日はここまでにしよう」
「明らか気になる打ち切り方してんじゃねえよ」
ソータが渋面を作る。
「ああ。まあ、私も常に万全という訳ではないんだ。続きはまた明日にでも」
多分俺とソータさんは同時に同じことを思った筈だ。
──明日もやんのかよ、これ。と。
結局タイセイはそのまま通話を切り、静かな夜の中庭に、ソータとメモリだけが残される。
ふー、とソータが深く息を吐いた。
「使わずに済んだな」
とメモリに注射とアンプルを返却する。
「……はは、助かりました。おかげで気が──」
「さっきスキル使っただろ。どうだったんだ」
「それが。全然、今は」
──全くアレの気配がない、と告げるとソータも訝し気な顔をする。
「昨日と今日で何か変わった事はあるか」
メモリが目を閉じ腕を組み、昨日、と呟く。
「……すいません、ソータさん。怒らないで欲しいんですけど」
「まあ多分怒らないから言ってみろ」
「俺、リー・リンゼイと逢いました。昨夜」
「お前それは大事だろ先に言えよ!!!」
──いやもうほんとごもっともです。
今日はソータさんのレアな姿よく見れるな、驚愕しながらの怒鳴り声とか。
「黒幕だろ、何しに来た。無事なのは見たら分かるが」
「ゲームしに来たって言って、俺とゲームして、土産おいて帰りましたね」
「遊びに来た客か」
やってることが本当にそれだった。
「しかも公認会計士って名乗ってて」
「おー、そこは変わりねーんだな」
「長身に高級スーツの誂えを着た銀髪ロン毛、赤い色付きサングラスで『しがない会計士』って」
いや本当にしがない要素が何処にあるんだ。
しがなさが申し訳なさすぎて走って逃げてくだろ。シガナサァァ! て鳴きながら。
「……。映画かなんかの登場人物と間違ってねえかそれ」
慎重に言葉を選んだ風情でソータが言う。
「思わず俺もつい、設定に無理があるだろって口に出しちゃったんですよね」
「お前どんだけクソ度胸あんだよ……反応は?」
結構食いついてくるなソータさん。
意外と愉快な人だったのか。
「うーん……なんていうか。『えっ、そう?』みたいな……? 意外そうだったのが俺も意外っていうか」
ソータさんが顔を覆う。
呆れてるかと思いきやちょっと震えてるのを見ると、笑ってるようだ。
(多分顔が痛いんだな)
「それで、自分の正体は惑星文明監視官のロアン・ヴォイドだとも名乗って行きましたね……多分、文管なのは本当だと思います」
「ロアン・ヴォイド、ねえ。調べてみるか」
「レヴィが、そういうのはシノンちゃんかマサキさんが詳しいんじゃないかって」
「シノンの親御さんが通信だか通訳管理だかで外と交流はあるらしいが、シノン自身じゃないな。どっちかと言えばマサキか」
「けどあんまりこの問題に関わらせたくありません。どちらも」
「シビルと俺とで、ミスタ・オーナーを問い詰めに行くって案もあるんだが」
「それ、乗らせてください」
──そういうことになった。
「で。青いその、子どもが見えない理由は、なんか自分でこう、感じるものとか無いか?」
分からない。分からないが、一つ思い出した。
リンゼイとの『ゲーム』で使えなかったのは、間違いなく、そこに気配があったからだ。
「リンゼイの存在が、どうとかじゃないですね。ゲーム中には『居た』んですよ」
「──ほお。それで?」
「翌朝……は、どうだったか。ともかく、ここに来る前は。いや、違う」
シビルのラボに行き、レヴィに伝えた時にもまだ『居た』──じゃあ、いつだ?
午後、ここに来る前、シノンとのコラボの話を聞いた時は? どうだったか。
居たような気もする。ただ、ラボの後はあえて意識を向けないようにして──……。
「──……嘘だろ。そんな訳……」
シビルの分析結果を聞いて、返された『リンゼイの手土産』を、自棄と意地で『飲んだ』──後から、だ。
黙してメモリの言葉を待つソータに、どうと言うべきか少し迷い。
「リンゼイの手土産のお茶を、自分で淹れて飲んでから、あの気配が消えてます」
──ソータさんの沈黙、怖!
深々とため息を、細く長く吐かれる。
「俺の周りには判断力がどうかしてる奴しか来ねえのか……タイセイ2号かよ……」
「いやあの人と一緒にされるのは本当にないと思うんですけどね?!」
「おい待てどういうことだ意味が分からねえぞ。なんで飲んだ、それでなんで効いてるんだそれが」
「分っかんねえ……」
二人して頭を抱え、しばし。
「──今日もセフィラの空の光、綺麗っすよね」
「ふざけんなよお前。一人で逃避すんな。──俺がひとりで解ける問題じゃねえだろ……」
真剣に困らせてしまう。
──ソータさんめっちゃいい人だわ。
ずっと誤解しててすみませんでした。ほんと。
*
翌日。
シビルさんにお茶の成分表を送って貰うも、メモリの目から見てすら何の変哲もないお茶だ、ということしか読み取れなかった。
全っ然分からない。
「不可解ですが、利いているのなら飲み続ける方が良いでしょうね」
だったら、3年以上の記録更新になるかもしれません。
と、レヴィは複雑ながらリンゼイのお茶を認める。
シビルもシビルで、同じ成分のお茶を探してみるよ、と言ってくれた。
「メモリさん」
レヴィが声をかけて来る。
リンゼイとゲームをしたという話について、もう一度確認された。
そして、そのゲームを再現してくれという。
「つまり、リンゼイ役をメモリさんが。僕がメモリさんの側に立って」
件のライブラリルームへ案内される。
「まずは、コインですか。12枚……1枚が500万人と?」
「そう言ってた。赤がプラスで、青がマイナス」
向かい合わせに座り、コインを真ん中に置く。
「ええ、丁度都心部の人口とほぼ、同じ。6000万人程になりますね」
レヴィの言葉にぞわりとした。あれは、『ゲーム』、だよな?
「まず最初の質問を。……ええと、その。……『コグニスフィアに不正があるかどうか、聞かせて欲しい』──」
本当は『不正調査の結果』だったのだけれど。そこだけは悪いけど曖昧にさせて貰った。リンゼイの依頼内容を明かすのは、流石に仕事を請け負った人間として、ルール違反だ。
白紙状態で、メモリがやったゲームをリプレイする。それがレヴィの目的でもあるのだから。
考え込むようにレヴィが耳を伏せる。
「……不正があるかどうか、判断に至るまでの証拠は掴めていません。──継続的に調べても構いませんか?」
(そう答えりゃ良かったのか……! 流石レヴィ、時間も稼げるし、相手の様子も見れる!!)
なるほど、と思ったが。
「あの……レヴィ? もしかしてだけど」
いや~な予感に冷や汗をかく。
レヴィの目が深く底光りして、笑う。
「メモリさんがここに送られてきた理由、リンゼイの手配でしょう? メモリさんの前職はデータ分析や危機管理に関わるもの。なら、明白です。メモリさんは、コグニスフィアを調べる為に来た。違いますか?」
──流石、テーブルゲームのGMだけあるんだよな、レヴィは。
はあ、とため息をついて頭を抱える。
「レヴィ。すっごい今更だけど、内密に頼む。──そうだよ。でも俺の意思でもある。コグニスフィアがどうして、惑星文明監視局の目に留まったのか」
そして、何より。レヴィにスキルを使う必要がどうしてあったのか。
「これ判定難しいな……正解、じゃないんだろうけど」
コインを2枚づつ、両サイドへ。
「ごめん。多分なんらかの答えの結果は出す、と思う」
次の質問だ。
レヴィは向かいで脚を組み、顎に手をかけてこちらの出方を待っている。
尻尾は辺りを掃くような動きで、自制しつつも、ゲームへの入れ込みを感じさせていた。
「じゃあ。次。強制執行スキルを、この星に持ち込んだ……違う。持ち込まれた目的は」
「……『持ち込まれた』……ですか」
ふうむ、と尻尾の先が曲がるように上がる。
「ここはリンゼイも長考を許したから、ヒントも」
「僕にかけられた理由、ではなく?」
「──そう。それは、誰に掛かっていても同じ結果を出した。結果というか、行動、かな」
「ああ。それは。それでは……そこまで言ってしまえば簡単過ぎる。こうしましょう」
ヒントを出し過ぎですよ、とテーブルGMは指先で指摘する。
自らコインを、青。マイナスに移動させた。
「外部の調査を呼び込む為。コグニスフィアへの監視を強める為、でしょう」
──これは。
「レヴィ、ごめん。それは及第点、だ」
コインを中央へ戻させる。
ぴん、と耳が弾かれるように動いた。
「……及第点? 足りないという事ですか?」
「そう、だね。うん」
「では。メモリさんをここへ、コグニスフィアの内部へ置き続ける為」
──盲点だった。
そういえば、そうだ。それも、確かに。
「けどそれはソータさんでも、マサキでもそうなったかな」
「? メモリさんの反応からすると、答えは違うようですね」
ちら、と赤紫と青紫の目がメモリを見上げる。
レヴィが少し笑って見せた。
「でもお二人とも、別の意図でそうすると思います」
「なんで?」
「マサキさんなら監視目的で。もし犯人であればみすみす逃すことになる。外惑星に逃げられれば追求は難しい」
──そうなるのか。
「ソータさんは?」
「ほぼ同じ理由ですが、あの方はあれで結構面倒見が良いので。状況を聞いて、監視目的であなたの様子を見るでしょう」
(それは納得)
とメモリも思った。だとすると、メモリが今ここに居ることもリンゼイの「計画」なのかもしれない。
そこをどう考えても無駄かもしれないが。
「そうか。じゃ、俺が居ることで──何が起こったか、だよな」
「それは。強制執行スキルについて調べて……あ」
耳がぴんと跳ねる。
「タイセイさんの残した技術を調べる──?」
「ん~、これほぼ正解なんだけどな……」
「では、リンゼイの興味はタイセイさん自身ということですか?」
「ん、いや。なんだろう。『タイセイブランド』についてって感じだ」
「???」
ちょっときょとんとされた。
タイセイだというだけで、信頼されてしまうって状態のことだよ、と説明するとある程度腑に落ちたらしい。
ほぼ正解だろ、とコインを2枚残して、青のエリアへ移す。
「最後。ラングランの悲劇が、この星で繰り返される可能性」
「──え」
あの時のメモリと同じように、レヴィは意表を突かれた顔をする。
「あ、……ありえない、でしょう……? そこまで僕らは愚かではありません」
ぎゅう、と胸を絞られた気がした。
(俺、なんか無神経で酷いこと、聞いた気がする)
「うん……俺もそう、思う」
メモリがコインを動かさないことを見て、レヴィが僅かに耳を伏せた。
「……メモリさんは、全問正解をした。のですよね……」
「──っ……、そう、だよ」
レヴィが目を閉じ、俯く。
力を抜いたような息をした。
「可能性という意味では、ゼロではありえない。無いとは、言えません。──そうですよね」
メモリが残ったコインに手をかけ、止める。
「違う。それだけじゃない」
レヴィの耳と尻尾が跳ねた。
静かに、色違いの双眸がメモリを見る。
「……周到に準備をすれば、防げる。もしもそうしなければ──再び『起こされ』る?」
レヴィの言葉に、躊躇いながらもコインを二枚とも、赤に動かす。
「分からない。けど、そういう危機感を持っていろ、っていうのが正解だと思う」
──リンゼイの誘導したい場所は、その先なんだと思う。
レヴィはメモリのその言葉に、ゆっくりと耳の角度を落とす。
深く考え込んでいる時の動きだった。
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