第38話『ラングランの真相・II』

「何か飲むか、メモリ」

 タイセイが離席してしばらく、ソータが声を掛ける。


「え?! いや、俺は別に」

「……どーせあっちは何か食ってるんだろ。ったく」

「ソータさんは良いんですか」

「俺はあんなに燃費悪く無い」


 そういえば旅の間も、食糧自体が最低限という感じだった。

 野営慣れしてるみたいだし、ソータさんの来歴も、割と謎だ。


「ソータさんって、いつ頃からここに居るんです?」


「……確か18で……、9年前か」


(18で、9年前? 傭兵……? いや、待て待て待て。年齢的に少年兵じゃないか……!)

 頭の中で計算しながら、メモリは思わずソータの顔を見た。


「あんまりそこは突っ込むな」

「いや、それってグレーじゃなくてアウトじゃ──」


 言いかけた俺を制するようにソータが手を振った。

「しょうがねえだろ、潜り込めたのがそこしか──」


 当時のタイセイさんが33歳で──ラングラン事変後なら、ソータは14、5歳から18歳まで傭兵をしてたってことになる。

 法的にはぎりぎり15歳から「合法的な軍事組織への加入」は可能な筈だが──。


 タイセイさんが彼を引き入れたのも、未来を見据えた行動としては理解出来る。

 少年兵として生きるソータをそのまま放置するのは危険だ──彼らがラングランの事で迫害され、恨みを募らせた末に、都心部を敵視する火種となるかもしれない。


 ソータさんは数奇な運命の岐路に居たのだ。

 だからこそ、タイセイさんも熱心にスカウトを続けたんだろう、が。


「けど俺でも、あんな──」

「あ?」


「人との会話が出来ると見せかけておいて意思疎通不可能な! 食欲熊系人型害獣にストーキングされるとか!! 普通に嫌だ!」


 勢いで言い切った俺に、一拍の沈黙が落ちた。

 

「食欲熊系……人型……」


 ソータが俯き、小さく震え始める。

 ちょっと待てお前、と崩れ落ちながら。


 折悪しく、通信が再開した。

「何か話していたかな?」


(タイミング──!!!)

「いや──人型──害獣って、お前……っ」

「いって!」


 背中を叩かれる。

 いや無茶苦茶、咽せながら爆笑の域で受けてはいるんですがソータさん、マジ告げ口した。今。

 

「人型害獣、とは?」

 映像の向こうのタイセイさんが微笑んで首を傾げる。

 

「あっはっはっは!!!」


「痛い痛いソータさん背中、俺の背中腫れ上がるから!」


「もしや私のことか」

 なんとも言えない顔をして苦笑するタイセイ。


「いや──」


「良く言ったメモリ……! 単体でルナモス・ハーピー狩りに行こうとするような奴、そう言われても仕方ねーぞタイセイ!」


 腹を抱えて笑うソータさんとか、初めて見た。

 それはそれとして言い逃れも出来ない状況である。諦めた。


「……はい、言いました俺が。タイセイさん人型害獣並ですって、影響力とか」


「人型害獣とは中々、厳しい意見だな……」

 受け止めて反省しよう、と素直に受け入れられる。いや、余計反応に困るんですが。

 

 その答えにソータさんが蹲る。

 笑いをこらえながらか、何か分からないが薬はキープしたまま。この人すげえな。


「待て。顔が痛い」

「普段笑わないから表情筋が攣ってるんですね、お気の毒です」


 肘鉄をお見舞いされた。俺この数日で一番、ここでダメージ喰らってると思う。

 声に青筋が立っている笑顔で、タイセイが静かに口を開いた。


「話を続けさせて貰っても構わないかい」


 『オブザーバーズ・アイ』を展開する。ソータさんの手がぴくり、と反応した。

 が、何も言わない。

 視線だけが確認するようにこちらを向く。


(よし、見えない。やっぱり、『居ない』……なんでかは、とりあえず後回しだ)


「タイセイさん。ひとつ質問」

「何かな」

「ナトリウム爆発を起こす程持ち込めますか?」


「──成分分析では水に流されたことと、風化もあって決定的な証拠は出なかった。私自身も調査には現地入りしているよ」


(これは嘘じゃない)


「タイセイさん自身は、本当に事故だったと?」

「……私は事故だと思っている」


(嘘だ。明確に、違う)

 オブザーバーズ・アイがそう示していた。けど、そこを追求して良いのか。


「ソータさんは、真実を知りたいですか」

「当たり前だ」


「タイセイさんの推測は限りなく真実に近いだろうって、俺たちにも分かります。けど」


「余計な配慮はやめてくれ。目的は、メモリのアレを解く事だ。役に立つ話かどうかは聞いて判断する」


 違うか、とソータが圧をかける。

 無駄だと言われたようだな、と自嘲的にタイセイが笑った。


「──なら。思うに、交渉決裂で、武器を出して脅したのではないかな」


 ふ、と息を吐く。

 遠慮のない推論をタイセイは続ける。


「対し、穏健派は水流術で無力化しようとした。それを見越していた何者かが──状況を握る為に、確実な破壊力のある爆発物を仕込んでいたのだろう」


 ナトリウムというのは私も苦しい後付けの言い訳だろうと思うよ、と話を締める。


「爆破で状況が握れるかよ」


「出来るよ。一箇所に集められた有力者が悉く消えるんだ。更に、水流術の暴走だと『明白な嘘であろうとも』流布する」


 淡々とタイセイが語り続ける。

 あえてなのか、なんでもない事のような口ぶりで。


「これで、残りの中道、過激な反対派を1度に危険視──監禁にも名目が立つ。状況は混乱するだろうね」


「──ああ。大混乱だ。俺より弱い癖に、血の気の滾ってる奴はあいつらを襲うって話になってたしな」


「君は参加しなかったのか」


「ラングラン人を信じろ。俺はその言葉に従ったまでだ。それは、間違いだったよ」


 ──『信じちゃいけない奴を信じたってことだ』と言ったソータさんの言葉は、自省でもあったのかもしれない。


「……そうか。話を続けると、内部崩壊状態になってしまえば、外部勢力が『仲介目的』で入り込む……という目論見は成り立つだろう」


「そう上手くは行かなかったなぁ? 荒神は外部の汚ぇ手が入るのを許さなかった。管理出来ない水流が暴れ狂って、全部パァだ」


 そもそもラングランの立地的に、水流術の網が敷かれていなければ『特に災害級の水流が激しい』地区だったと言う。

 だからこそ、水の流れが激しく絶えず、必然的にその場所となったのだとも。

 

 ソータさんが自身を本流じゃない、正統ではない、我流だと言い続けているのは、そこなのだろう。


「本流で正統な『水流術士』達は、その激しい水の流れを把握し、緻密にコントロールしていた……ということだね」


 だけどそれは、属人性が強すぎる。

 システムじゃなく、それは『出来る人』が居なくなれば崩壊する──そういうものだった。


「そうだよ。水流術は──戦いに使うようなもんじゃない。正しく『管理』するための技術だったんだ。元々は、俺がやってるようなモンじゃない」


 逆に言えば俺のは、ショーに使える程度なんだよ、といっそ清々しさすら見せてソータは言った。


「けど、管理の術を戦闘用に転嫁できてるソータさんも凄いですよ」


「馬鹿言え、こんなのガキ同士で集まってやるバトルごっこの延長線だ。実際、そこまで繊細な管理がやれない奴は、俺同様、害獣退治に使ってた。そういう技教えてんのは、流派名を付けて正統と分けてたんだ」


 それが、今のソータさんが使っている『技』名なのか。

 

「──だから崩壊が無けりゃ、俺はラングラン近郊の害獣狩りでもして、気ままな一生を過ごしてたろうぜ」


「ソータ」


 タイセイが視線を伏せたまま、続ける。

 

「君のショーと、水流術のおかげで飯が食えているスタッフが沢山居る。外縁部への支援もね。君が、食わせているようなものだ。害獣退治だけの人生よりもずっと、君は大きな影響力を持ったのではないかな」


 静かに、ソータと向き合った。


「容赦のないことばかりだろうが、君はその中でよく努力してきている。胸を張ればいい」


「……バッカ、言えよ」


 ソータが俯く。

 一息、貯めて。続けた。

 

「胸を張るのはいつだって、やってやる。けど今じゃねぇ」


 メモリの事何とかしないといけねーだろ、とソータが続ける。

 ここまでの話、タイセイさんの推測には嘘が無い。


 ラングランの事実は、分かった。そこはいい。けど──青い子どもとは、関りが無い話だった。


「思うんだがね」


 タイセイが沈思黙考するように、額を押さえる。


「それは本当にラングランのみの呪いと言えるのか……?」

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