第37話『ラングランの真相・I』
「いくつか情報が集まった。出所は保証する、ただしルートは聞くな」
外から帰って来たばかりという風情のソータが、腰を下ろすなり話し始める。
「かなり祭祀的な話だ。呪術とか神秘とかそういう話になる。が」
とりあえずこの話の前に、アレを渡しておけ、と手を出された。
タイセイに渡されたアンプルだろう、と一式をソータに渡す。
(普通にこの状況見られたら通報案件だよな、絵面が)
ちょっと周囲を警戒した。軽く使い方を確かめ、話を続ける。
「俺には違和感がある。荒神を信じておきながらおかしなことを言うと思うが、意見を聞きたい」
メモリが黙って頷いた。
ソータの中庭のガセボの中央に、サフィラ粒子のランプを灯す。
「青い子どもは、術士どもの魂だと。空の神に人格を剥ぎ取られたから、子どもの魂のままで居る──空に来いと、仲間にしようと誘うんだと」
(全然否定できない。ほんとそんな感じだったし)
ソータがメモリに向き直る。
「お前の感覚だと、どうなんだ」
「──すっげえ否定したいんですけど、そのまんま、って感じです」
ソータが腕組みをして、ため息を吐く。
「初っ端から否定しろよてめぇ……。そんな訳無いだろ、脳の錯覚とか、そういう……」
ラングランの術を使うラングランの人が、ラングランの伝承を否定しろと迫って来るのはどうしたらいいんだこの状況。
頭が痛いとでも言いそうな風情で、ソータが髪を掻き上げる。
「じゃあ……もう一つだ。なんで子どもの姿で現れる」
「それは、だから……」
術士の魂が、と言いかけて。
──違う。
「……エネルギーが、小さいから。そもそものサイズが小さいから、子供に見えるんだ」
「……あ?」
「シミュラクラ現象──って言いますよね。なんでもない模様を、人間の顔だと認識する」
続けろ、と無言でソータがメモリに促す。
「言語は。言葉に思えるものも、俺が認識しているだけ。ただ、アレは自分の存在を俺に認めさせようとしてる」
「認めさせたいか? 理由は」
「──意思疎通、です。ただ、理解するのは……きっと良くない」
(あれ?)
ふと気づく。こんな話をして、まさに今、ここに呼び込みそうだというのに。
おかしい。気のせいか、ここのところ始終あったあの気配が消えている。
──え、なんでだ? 何が?
「もう一つ。タイセイの奴、ルナモス・ハーピーの粉が起因になったんじゃないかと。──繋ぐか」
ソータが立ち上がり。
通信用のホログラムらしい映像を映し出す。
「ここは元々タイセイが使ってたんだ。シビル経由で、タイセイの残したシステムをあちこち再起動させてる」
立体像でなく、平面のモニター状で向こうの景色が映った。
山で会ったまま、さほど変わりも無いタイセイが表示される。
「──こんばんは、繋いで貰えたかな。数日ぶりだね。メモリ君」
(名指し!!!)
「う、お久しぶりです。タイセイさん」
顔が引きつってしまった気がするが、作り笑いで押し切ることにした。
「最初に見たのが、渓谷でルナモス・ハーピーと戦った後だと聞いたんだが、間違いないかい?」
タイセイが慎重に言葉を選びながら尋ねる。
メモリは首を横に振った。
「──いえ。その前に。あの、俺、忘れてたんですが……」
外縁での記憶を思い出す。使いすぎの負荷で倒れた時。
あの子どもとは違うが、似た世界の幻覚を見た。子どもではなく、はっきりと女性──自分と同年代かそれより少し若い位の。はっきりしない子どものシルエットでなく、明確な表情を。
(けど、同じ物だといっていいのか? 何か、違う……)
「……同じか、分かりませんが。似たようなものは、使いすぎた時に外縁で」
ソータが振り向いた。
「あの時もう見てたってのか」
「多分、片鱗、というか……」
言葉を継ぐ。「けど、異常現象が起きたのは、ハーピー戦の後です。」
「ふむ……」
その瞬間、タイセイが一瞬だけ視線を落とす。残念そうな、何とも言えない表情だった。
「おそらく……君は落下中、生死の『境地』でスキルを通じ、認識能力を拡張してしまった。そして、その『何か』に捕まった可能性が高い」
静かにそう言うタイセイ。
深層能力が発揮される系の話か──火事場の馬鹿力とかの。
ピンチをピンチで上塗りしてどうするんだよ、俺の脳。
「ルナモス・ハーピー狩りは中止か」
微笑みつつも明確に残念そうな声を上げるタイセイの顔を思わず見返してしまった。
「一人で狩る気だったんですか? まさか。嘘でしょ、正気ですか?」
「幻覚作用のある鱗粉の採集をね。初めて見たのがルナモス・ハーピーによってであれば再現性はあると思ったんだが。これは外れたな」
(おい。いや、まさか)
「タイセイさん。まさかなんですけど。まさか、自分で人体実験しようとしてませんよね?」
「──ははは、流石にそこまでは考えては居ないよ。特効薬を作る必要があるしね」
(考えてたような口ぶりだ──!)
わざとらしい笑いが物凄く浮いている。
「狩るのは止めてくださいよ?! あいつら死骸から生まれるんですよ?! どんな病原体が居るか分からないですからね?!」
「メモリ君」
タイセイが気の毒そうに首を横に振った。
「誤解がある。あれは死骸ではなく、生体に寄生するんだ」
「だからおぞましいっつってんですよ!!! 孵化するときはもうアレですよ?! わざわざ近寄りに行くな!!!」
生き方が寄生虫なんだよあれ!!
(いやなんかちょっとしゅんとした顔すんな!!)
ソータさんに助けを求めようと振り返ると、あらぬ方向を向いて顔を押さえ小刻みに震えていた。
──笑ってる場合じゃないんですよこっちは──!!
「ともかく止めてください。そこから特効薬とか生まれません、確実に。出来たとしても俺は絶対に使わない!!」
画面の向こうのタイセイは、両手を上げてどうどうと抑えるようなジェスチャーをしている。
俺だけ大人げなく興奮してるみたいじゃないか。
いや間違いなくおかしいのそっちだし。
「分かった。分かって居る。だから、この話はペンディングだ。ちゃんと正攻法で進めよう」
後ろからソータさんがぼそっと「熊ってハチとかアリ喰うって言うよな」と呟いてきた。
「最悪だ!!!」
何で今そんなこと言ったんですか!? 本気で止めて欲しい。
このままだと俺タイセイさんからルナモスハーピータルト食わされる夢見るから!
寄生蛾だぞ寄生蛾!! 都会っ子に無理な方向性の話はご勘弁ください!!
「ま、その話は置いといてだ。本題に戻すぞ」
ソータが横から割入り、ラングランの伝承について軽く纏める。
──最初からそうして欲しかった……。
「おそらくね。ラングラン事変については私の方が客観的に話せると思うよ。当時まだ28歳だったから、私は」
俺はともかくとして、ソータさんまでぎょっとする。
「は? そんな年か?」
「今何歳なんですか?! てか、ラングランって、そんな最近滅んだの!?」
なんとなく50年とか百年くらい昔の話だと思い込んでいた。
聞けば、おおよそ15年ほど前だという。
「──最近……? いや、そりゃ、俺がガキの頃の話だからな……」
「私はあの頃、コグニテックをジョーと組み上げて奔走中だった。同時に訴訟も抱えていたし、ニュースで知りうる程度だが」
「俺13~4だぞ?! あんたそんなおっさんだったんだな……」
「今君は何歳だ? その頃の私とそう変わらない年齢だろう?」
「まだ27だ」
(ほぼ一緒だよ……!)
視線を逸らしつつメモリは心の中でだけ突っ込んだ。
「……ラングランが滅んだと言われるのはやはり、14年前の中心部の爆発──暴発かな。そこだろう」
ソータの発言を茶化す事も年齢弄りを続ける事も無く、元CEOは話を進める。
当時直ぐには、何が起こったのかまでは都心部に伝わってこなかったらしい。
都心部や外惑星絡みの人間にとっても信じがたいほど、ラングランの内部から伝わって来る情報は遅かった。
「宗教化している印象だったからね。こちらも、なんというのかな。不可侵、アンタッチャブル、ある意味では神秘としてそのまま置いておこう……というような雰囲気があった。やや畏れられてもいたね。内情がよく分からない。そういう印象だった」
「かも、しれないな」
「実際のところ、あれは何が起こったんだ? 君はもう話せるか?」
「……話せる」
嘆息の後、ソータが返す。
「あの頃。外惑星の連中が、援助を餌に近づいて来て」
遠くを見ながら、思い出すように口を開き。
「技術の独占は誰の為にもならない、と」
じわりと言葉に憎しみが混じり始める。
「そいつらが、話し合いをするって名目で、俺たちの中でも、応じる姿勢を見せた奴らを、集めたんだ」
冷静に押し殺した言葉が、ひとつひとつ重く落ちていく。
「──俺は行かなかった。年も年だ、中心部の大人が集まって話し合いをする、位しか分からなかったからな」
もう一度ソータが瞼を落とし、ゆっくりと言葉を繋ぐ。
「正式な場だっていうから、正統の、対応出来る奴らが集まってた──俺らより一段抜けて、賢い頭をもってる奴が」
ソータさんが自分を『我流』だと言う理由が、そこなんだろうか。
「だから、安心、……いや、油断だよな。信じちゃいけない奴を信じたってことだ」
ふ、と息を継ぐ。
まだ他に何か、思い出そうとする仕草をタイセイが止める。
「後は私が調べた内容を話そう。おそらく君は外側から、爆発を見た」
それは間違い無いか、との確認にソータが頷く。
「爆発したのは中心部だ。俺はその日、離れた場所で何人かと水流の稽古してたんだ」
「我々は後から調査チームとして、崩壊後のラングランに入った事がある」
この話は何度かしているのかもしれない。
ソータは反応せず、黙したまま。おそらくはメモリへの説明だろう。
「内壁の欠片を調べたんだがね。水流の暴走と爆発はほぼ同時だった、という結論だ」
「────本当に、そうだったのか」
感情を押し殺した声に、一拍置いてタイセイが応えた。
「私の推測で構わないかい」
「言ってくれ」
タイセイが目を閉じる。
「結論を先に言うと、事故だよ。発端はね。ラングランの水に目を付けられたのも、燃料源として」
「……燃料? 水がか?」
「発光物質のサフィラ粒子は水で安定する。ラングランの水は『水電解効率が良い』とされていた」
──光る、水。
まさかそんな使い方が、と思ったが。考えて見ればコグニスフィアの至る所で使われている。
噴水や、装飾、水蒸気での輝き。燃料というより光る演出として、だけれど。
「それがなんで爆発に繋がるんだよ」
「──資料では、ナトリウムを持ち込んでいたと」
「それであんな爆発になる訳ねえだろうが。あいつらの言い分は無茶苦茶だ。水流術で暴発だと? そんなことが──」
「私もこれは杜撰な公表だと思うよ。持ち込みは、厳しく制限されている筈だからね」
タイセイはソータの怒りを逸らすように、言った。
「その嘘が対立をますます激化させた。でっち上げ、捏造、処刑……。私事だが、父も同じだけ味方が居れば、騒乱の火種となっていたかもしれないな。自らを正義と信じた暴力は、歯止めがない」
重くなった空気に、タイセイが手を挙げる。
「一旦、休憩を挟もうか。何か、そうだな。ティーブレイクでも」
相変わらずのマイペースに、少し息が抜けた。
メモリが、ソータの手の中の注射器を見る。
こんな話の最中でも、メモリの為の薬を注意して持ち続けていた。
(ありがたいよな)
──さっきから。あの気配が『無い』のが気に掛かる。
(使うべきじゃない、ってのは分かっては居るんだ。けど)
タイセイの滑らかな説明に、メモリの何処かが引っかかっていた。
ソータに少しだけ心の中で謝罪して、息を詰める。
タイセイが戻り次第、『オブザーバーズ・アイ』を使うつもりだった。
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