第36話『懐かしい香り』

 夕刻。レヴィ邸の自室でシビルの分析結果を聞く。

 リンゼイの置き土産の『お茶』だが──本当になんの変哲もないただの『茶』だとか。


 ──いやここまで前置きされて、そんなことある??? って感じなんだけど?!


「ただし、これはうちの──『アオイロ』の惑星のものじゃないね~。知ってる?」

 と、メモリの故郷に近い産地の名を告げる。

「……だそうなんだけど、メモリ君?」


 通信の向こうで、机に突っ伏しているメモリをシビルが心配した。


「ん゛ん゛ん゛俺今ちょっと……あのおっさんが、俺の故郷の品なんていう気遣いしてくるような、その、変な社交性を持ち合わせてることに憤死しそうっていうかぁ……!」


 ──気ぃ遣うとこそこじゃねえだろーーーーー!!!!!

 

 机に額をぐりぐり擦り付ける。

 最近ちょっと騒ぐと「使い時ですか」とレヴィが注射器を持ってくるので大きな声を上げづらい。

 あいつ割とガチヤバい状況だって知らない間、イジりついでにやってたとこ、あると思う。


「うーん、なんだろうねえ。まあそもそもメモリ君の素性とか調べてはいそうだし、不思議ではないんだけれど~」


 とはいえ飲まない方がいいだろうね、とシビルが続ける。

「こちらでこれは処分しておくよ」

「あ、いや。待ってくださいシビルさん。俺、受け取りに行きます」


「へえ?! なんで?!」

「毒とか明確にそういう成分は無いんですよね?」


「無いけど。なんとなく気味が悪いだろう??」

「なんか引っかかるんですよ、俺」


 何より、リンゼイは一貫して、メモリに対し敵意を持った行動をしていない。

(まあ、説明不足、放置スタイルではあるけど)

 飲んでみます、と告げるとシビルさんから「クソ度胸ってこれかあ~」という呟きが聞こえた。

 その言葉言ったのソータさんですよね。……ソータさん????



「意外と美味しい~」


 なんだこの敗北感。

 レヴィのリビングで、リンゼイ土産のお茶を淹れて飲んでいる、のだが。

 向かいのキッチンからレヴィが半目でこちらを睨んでいる。


「……趣味が悪いですね」

「え、臭いか、これ?! ごめんな?!」


「いえ。匂いじゃなく、メモリさんが」

(俺かよ)


「リンゼイからのお茶でしょう……? よく平然と飲めますよ」

「……あいつ、理由のない嫌がらせはしないだろ」

 

 あの夜のゲームを思い返せば返すほど、リンゼイが違法に侵入して金庫を破壊し、強制執行スキルを使わせた絶対的な『悪人』──と決めつけ難い、とメモリは思うようになってきていた。

 

 あれは、ゲームだったけど。

 コインを人命に見立てて──そう、見立てだ。本気で、やれるにしろ。

 メモリが勝てるように融通をしていたのだから。


(悔しいし腹立たしいけど、あれは結局、あっちの手の内を開示しにきた、って行動なんだよな……どう考えても)


 惑星文明監視局、とかいうのに計画を全て『報告』済みだと言っていたことも。

 ──そいつらはリンゼイの計画を認めているってことだ。やり口が無茶苦茶に見えたとしたって。


 そういう話をレヴィにすると、やや鼻白んで返される。


「リンゼイが外惑星のスパイだったらどうするんです。アオイロをいいように実質支配する為とか。色々考えられるじゃないですか」


「外惑星人に対する偏見が根強いよ、レヴィ」

 きっ、とこちらを見て、ややあって目を逸らす。


「リンゼイの行為は歴とした犯罪ですし。治外法権なんですか、惑星監視官とかいうのは」


(そういうのもあるんだ)

 少しご機嫌斜めそうに、尻尾をゆらゆらと振る。


「そもそも僕はそれを言える権利がありますよね? なんだかよく分からないスキル付けられたままですし。記憶、弄られてたっぽいですし。大分気持ち悪いですよ、これ」


「あ。そう、だよな……」


 レヴィが自身の端末を弄り、画面を見せてくる。

「ほら見てください、忘れてたのが気持ち悪すぎて、過去の行動を全部スケジュール化して空白を埋めたんです!」


「うわ昼寝休憩多いな」

 思わず即座に反応してしまう位、睡眠休憩が多い。


「猫系亜人種には……認められて……良いかと」

(すっごい目を逸らしてる辺り、駄目なのでは?)


 その時、レヴィ邸のチャイムが鳴る。来客だ。

「こんにちは! レヴィちゃん、コラボの打ち合わせだよ~!」


 シノンだ。今日は深緑色のクラシックワンピで、両手に大量の荷物を抱えている。

 慌てて二人で出迎えた。


「わ、エキゾチックな香りがする! どこかのお茶?」

 どさどさと荷物をテーブルに分けながら、シノンが言う。


「メモリさんの故郷のお茶らしいです」

「飲んでみる?」

「うーん、少しだけな「ダメですシノンさん。こちらで淹れたお茶をどうぞ」」


 レヴィが割り込んだ。


「勝手な持ち込み品なんですから。メモリさんは平気でも、僕たちに耐性のない成分があるかもしれません」


「……そうなの? じゃあ、レヴィくんのお茶をいただくわね?」


 そこまで嫌悪しなくても、とは思うが。

 確かに成分的に問題ないと言われてもこの来歴のお茶をシノンに渡すのは、少し躊躇いがある。

 だから少しなら、と思ったのだけれど。


(エキゾチックって言われるのか、これ……じゃあ、感覚も違うんだろうな)


 メモリにとっては馴染み深い香りで、全く気にならない。

 昔なんかこういうの飲んでたな懐かしい、くらいの日常的な香りだった。


「イベントコラボって何やるの?」

 メモリが二人に尋ねる。


「次のインスタンスは私が物語と演出をして、アーちゃんが音楽担当になる予定で……」


「へえ、豪華そう。──レヴィは?」


 シノンが紫色の子猫のぬいぐるみを取り出す。ご丁寧に、三角帽子とローブ付き。

 絶妙なニヤニヤ笑いを再現している。


「レヴィくんは使い魔の役~」


 やや光のない目でレヴィが呟く。

「僕はアテレコです」


「因みに他のGMは? マサキとか、ソータさんとか」


「………………今回は、可愛いインスタンスになる予定だから……」


(マサキとソータさん可愛い枠の戦力外宣告されてる)


「メモリさん、逆に何だったらあの二人、可愛くなると思う?」


「多分性転換しても無理。抜本的に別人にならないと無理。水に曝しすぎて原型がなくなったピクルス並に別物じゃないと無理」


「そこは素直に狼とかライオンの亜人種設定で使い魔にしたらいいじゃないですか。僕だけじゃなく」

 やはり光を失った眼差しでレヴィが俯く。


「どうして僕を可愛い枠に入れたがるのか……」

「可愛いからだよ?」


 メモリさんも出来上がったら是非やってみてね!とシノンは屈託が無い。


「あ、それからね、メモリさん」

 はい、これ。とファイルを渡される。


「? シノンちゃん、これは?」

「あれ? メッセージで依頼してたでしょ? アオイロの惑星評価表……?」


 直接言ってくれればいいのに、って思ったんだけど。と。

 レヴィとメモリの奇妙な緊張に、シノンが戸惑う。


「それ、本当に『俺』からだった?」

「メモリさんの端末IDだったけど……?」

「送った覚えないんだ、そんなの」


「流石に僕も、メモリさんの端末を勝手に操作はしません。拝見しても?」


 レヴィがファイルを開く。


- - - - - - - - -


 #アオイロの公式な評価 = 独自の発展を遂げているが、中央基準では「A- (未熟)」


 技術レベル:B+級

 倫理レベル:A-級

 環境管理:B+級

 種族共生:A級


(文明階層の分類)


 S級:中央銀河文明(高度な技術と倫理基準を持つ)

 A級:自立惑星文明(独自の発展を遂げた惑星)

 B級:発展途上惑星(技術発展の途上)

- - - - - - - - -


「Aマイナス、ってA未満ってこと?」

「そのようですね……」

「シノンちゃん、俺の端末からの発信時刻は?」


「え? ええと……AM1:15……?」


(……リンゼイの奴……!)

 間違い無く、メモリが意識を失った後の時間帯だ。


「それで大体分かった。ありがとう。これって、前と変わりない評価? ここ数日とかで変わったり……」


「はい。大丈夫です。1年前と変わっていません」

 レヴィが覚えていたのか、自信を持って教えてくれる。


「じゃあ、なんでこんなもの……」


 困惑するメモリに、通信呼び出しが掛かった。ソータからだ。

 ソータのGMエリアに今すぐ来い、とのこと。


「ごめん、ちょっと俺行って来る!」

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