第25話『ルナモス・ハーピー』※バトル有
明け方、肌寒い風に目が覚めた。
光を帯び始めた空が柔らかな青紫色に波打っている。
ソータは既に起きていた。
ひりひりとした気配で周囲を窺っている。
「来るぞ」
空気が一変した。青紫の空に不自然な影が揺らぐ。羽音。
巨大な蛾──人にもハチドリにも似た上半身を持ち、下半身は蜂のごとく膨らんでいる。
──害獣、ルナモス・ハーピー!
(うわああああ一番会いたくない奴!!!)
別名、コープスモス。泣くほど凶悪な生態で、厳しい環境を生き抜いてきた種だ。その巨体が風を切って襲来する。
「吸うな!」
ソータの警告と同時、銀色の粉が舞い散った。ぐらりと酩酊感が襲う。
(幻覚毒!)
メモリは『オブザーバーズ・アイ』を展開する。
感覚の補正を開始するも、棘だらけの脚が襲う。
「うわっ」
「双竜破!」
ざ、と水が薙ぐ。ソータの一喝と共に、青く輝く水流が螺旋を描き、ハーピーを両断。しかし背後から更に三体が襲来。
「第三循環門を開き捻り集え──」
ごほ、と咽せながら『オブザーバーズ・アイ』で感覚を補正し続ける。照準動体、Observer-E。
(まずい──視界が、うまく見えない。けど!)
データは正確に場所を示したまま。
「くっそ、纏めて焼き払ってやる──『インフェルノ・ブレイズ』!」
轟、と思ったよりも燃え広がる炎。巨蛾のみならず、鱗粉まで燃え上がる。空気が焼けた。
「下がれ」
メモリを後ろに引き下げ、ソータが刀を翳す。刀身が、りいんと鳴った。
「ラングランの技、見せてやる──轟旋演舞!!」
螺旋を描く水流が、炎ごと群れを飲み込んだ。焦げ落ち、切り裂かれた虫の死骸が水に呑まれ、押し流される。
(これが……ソータさんの、水流術……!)
「メモリ、足下!」
気を付けろ、と叱咤が飛ぶ。
火のスペルと水流術を併せて使った所為か──急速に風化した地面が崩れ始める。
短剣を岩壁に立てるも、脆い。
「──っ! メモリ!!」
景色が急速に傾く。浮遊感。谷底に吸い込まれる。
(駄目だここで意識を失ったら!)
空気抵抗の呪文を唱え、『エア・バースト』を備えた。底に付く直前に発動を。その時。
『 見 て 』
声が、した。子どもの、声。青い影が指差す。
世界が反転。数値の逆。狭間。一定しない矛盾の隙間。観測することで状況は留まる。或いは。
光に呑まれる。
とす、と。
落下が無かったもののように、谷底に背中が付いた。
「え?」
落下速度、加速、重力。物理的な計算が、無かったもののように。
全ての算術を位置を変えて、書き直したかのように。ありえない、物理法則をねじ曲げた状況。
「メモリーッ──!!!」
上から、声ごとソータが降ってくる。大丈夫か、どの程度打った、と聞こうとして。状況の異常さに、気付く。
「青い、子どもが……」
「見た、のか」思いもよらない恐怖に、声が掠れていた。
「何か知ってるんですか。これ──?」
「聞いた事はある」普段の荒々しさのない、凍るような声。「だが今は聞くな。先ずは、タイセイの家だ」
*
鳥獣の背に乗りながらも、言われた意味を考え続ける。
おかげでソータの鳥獣から、遅れがちになった。
結局、気になってそれどころじゃないと休憩と食事の合間に切り出した。
「聞くなって言われても気になりますって」
ソータはかなり言い渋っていたが、最終的にはメモリに押し負け口を開く。
「青い子どもを見た術士は、それから三年内に狂死する。と言われていたんだよ」
「……きょうし?」
「狂う。俺もひとりだけ見たことがある、ラングランじゃ儀式で抑えて、最期は穏やかで静かなもんだったが……」
──は?
「長くて三年だ。早けりゃ数ヶ月から一年の場合もあるらしい」
聞くんじゃ無かった。
「なんっっっすかその呪い!! 理不尽過ぎません?! それもなんで俺?!」
「本当にな。ラングラン以外であるのか、帰ったら調べてみるか」
冷静──!
いやソータさんに自分よか慌てふためかれるよりは良いけど!!
「具体的になんでとか、理由とか、条件ってあるんですか?」
「分かる訳ないだろうが」
──ですよねー。
「……神に気に入られ過ぎた、だから連れて行かれる。あんまり急に育った水流術の遣い手は、稀にあるそうだ、とは聞いた記憶がある」
あーなるほど急に。
なるほどなるほど俺のスキルかー。
罠過ぎない? このスキル闇が深過ぎないか?!
「だから段階的に、本流は……物心つく前から親しませて、ゆっくり教えるんだ。それでも突出した奴が稀に出る。急激に周りを追い抜いていったと思ったら──『それ』に当たっちまった」
青い子どもが踊っている、と言い出し。
どんどん言動がおかしくなり、空を指差して屋上から落ちたという。
が。メモリと同じように無傷で見つかり。
より一層、理解出来ない言葉や動きを始め、手に負えなくなっていったと。
──ホラーかな?
純粋に、怖すぎだろ!!!
「──あ、でも、なんか。糸口は。見えた気が」
「……あ?」
ソータさん圧下げて。
「この症状って、使ってない感覚を急に使い始めた時の反応に似てる。成長痛とか筋肉痛みたいな」
メモリは慎重に言葉を選んだ。
「それが脳に来てるんじゃないかって。だから薬で抑えれば──」
「治療用ナノマシンが効くとでも?」
「いえ、もっと単純に。神経を薬で抑制すれば」
その言葉にソータが顔をしかめた。
「タイセイみたいなこと言いやがる……」
「え? どういう意味です?」
「腕が悪くなったら切り落として取り換えればいい、そんな奴の発想だ」
メモリは言いかけて口を閉ざした。彼の世界では培養腕による再生は当たり前の治療法だった。
その常識がここでは通用しないのだと気付く。
「──分かりました。とにかく、薬で試してみます」
「ああ。効くかは分からんが、やれることはやってみろ」
(タイセイさんのような考え方は、この星では受け入れられないんだ)
シノンの言っていた『先に見えているような才能』の意味を、メモリは少し理解できた気がした。
*
夕暮れを背に、木造の一軒家が佇んでいた。
直接的な水流の影響を避けられる、天然の鍾乳洞に囲まれた場所。ソータがドアを叩く。
「タイセイ! 開けろ! 居るんだろ!!」
ほぼ怒鳴り声である。
(強制捜査っぽいから! ソータさん! もうちょっとこう!!)
「開けるよ。ちょっと待ってくれ」
内側から落ち着いた声が響く。
「やあ」穏やかな声が響く。「久しぶりだね、ソータ」
金具の音がしてドアが開かれる。
映像で見た通り、そのままの『タイセイ』が居た。
「そちらは初めまして、か」
茶褐色の髪を後ろで1つに纏めた、体躯の良い、茶色のエプロンをした、男が。
(思ってたのとなんか違う感じの恰好で来たなーーーー!!)
ソータを見上げるとソータも、うわ、という顔で引きつっていた。
(違う感じですか違う感じですよね現役と!!)
「入ってくれ。想定通りの時間だ。私特製の、鹿肉のシチューが出来上がっている」
さ、みんなで食べよう。──と。
にこやかな笑顔で、元CEO、『タイセイ』がそう、二人を迎え入れた。
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