5章 タイセイからの『解答』編
第24話『山岳地帯、出発』
ともかくも万が一を考えてシビルに「レヴィの様子に重々気を付けて欲しい」と頼み、出発の準備を整える。
シビル自身も一緒に行きたがって居たが、レヴィのために居残りを選んでくれた。
ただ、遠隔で参加できるよう、端末を準備しておく。
残るインスタンスバトルにも後ろ髪引かれるが、レヴィの状況を考えるとあまり猶予もない。
服装は外縁部の時を参考に、自分で買い増した軽い砂避けジャケットと帽子を買い込む。
で。出発当日。
(今更だけど。今更なんだけどさ)
「アサハさん付いてきてくれるんじゃないんですか?!」
──ソータさんと二人旅は本気で考えてなかったんだよな俺!!
「え。ごめん……?」
「お前、アサハに山越えさせる気か」
「山、多分大丈夫だけど……?」
メモリの反応にアサハがおろおろと視線を彷徨わせる。
あーこれはソータさん、あーもう勝手に俺の意見とか無視してアサハさんには来なくていいと。
言ってたなこれは。斟酌して!!
「道中ずっと簡易食かレーションになるぞ」
「……うん。気を付けてね、二人とも」
ふるふる手を振られる。あっさり裏切られた! 食事で!!
顔が「レーション美味しくない、可哀想……」って言ってる!!
鳥獣に乗り、手綱を握る。はい、俺も、出発前に軽く訓練しました。
レヴィの鳥獣、「クーラ」と言うそう。
アサハさんから気の毒そうに「これ、お弁当」と渡された。二人分。
レヴィも見送りに居た。耳と尻尾が下がったままだ。
「お気を付けて。正直羨ましいです……。羨ましいです」
「恨めしいに聞こえるんだけど」
「それは気のせいかと。道中ご無事で。羨ましいです」
「語尾になってんじゃん! 俺、サインとか貰ってくるべき?」
「要りません。良ければ空気を持って帰って来て下さい。タイセイさんの周りの空気」
「空気て」
「じゃあメモリさんとソータさんとタイセイさんで写真を撮ってください。こう、ほのぼのと、にこやかな感じで。そしてそれを送ってください」
「ええぇ……」
難易度たっか。空気の方がマシな気がしてきた。
ほのぼのにこやかとか、殺伐ギスギスしか予感できない。
というかソータさんとタイセイさんがバトったり一触即発になったらどうすればいいんだ。
退避しかできないって。もう明らか災害だし。多分。
「じゃあ後は頼んだ」
ソータさんが先に出発する。不安! 不安しか無い!
鳥獣の脇腹に合図を出して、駆け始める。
「行ってきます!!」
それぞれに見送られながら、コグニスフィアを出立した。
以前外縁に行った時とは違い、乾いた土の道を進み、半日。
「アサハさんのお弁当、すっご! 綺麗! 美味しい?!」
「めちゃくちゃいい素材使ってんな、これ……」
食への妥協が無い……凄い……。
空になった容器は土に埋めれば分解されるらしい。そういう研究もしているんだとか。
徐々に岩場が増え、青く輝く川を越し。
突発水流に見舞われつつも、日が傾き始める頃には、高度のある山側へ。
「今日はここらで野宿だ」
どす、と荷物を置いてソータが宣言する。
「寝てる間に水流とかが出たり……は」
「ここは大丈夫だ」
確信を持った言葉と共に、ペグを投げ渡された。
雨露のみならず、風に乗ってくる砂を凌ぐ用のテント。
「なんか、見えるとかですか」
「──スキル展開してみろ」
言われたとおりに付近を探る。水分や湿度が低い。サフィラ粒子も少なく見えた。
「全体的に乾いてる? この星にそんなところが……」
「稀にある。が、水が無いから住むには向いてない。せいぜい、これ位だ」
ソータが空中から水を絞り集めたように、掌の上で水球を作る。
──魔法、みたいだ。本物の。
「凄い……」
「大した量じゃない。凄い奴は──」
一瞬、言葉を途切れさせ。穏やかに、続ける。
「この辺全部から光の絵筆で模様を描いたみたいに、集められた。あれが本物の『魔法』だ」
薄らと光る水をそのまま水筒に入れ、ソータがメモリに手渡した。
「ま、俺が居る限り『水』の心配はしなくていい」
「便利すぎる……何処でも旅出来ますねそれ」
メモリの素直な感嘆に、ソータが「は」と薄く笑った。
夕食はアサハのお弁当とは天地ほどの差の、粗食。スープが唯一、心を慰める。
とはいえソータのおかげで、水や湯に関して一切心配がないのは非常に心強かった。
洗い水としても、汚れや汗を流せる。
「まあ──これも特権だよな。おかげで、荒くれ一本でも生きていける」
自嘲でなく、感謝するかのようにソータが続けた。
水の心配が無いというだけで、既に恵まれた存在だ、と。水を手繰り、光を映す。
『外』で一人だけ生き残れたというのも、そのお陰なのだろうか。
「これは──ここの、星の命だよ。それをいただいてるんだ。荒神の嘆きは、それなりの力をもって収めるか──美しく上手い技で、慰めるかだ。応えてくれるだけで、ありがたいってもんだよ」
(神話だ。多分、これがラングランの)
ラングランの住人──それも水流術を使う人間にとっては当たり前の信仰なのだろう。
水は星の命であり、暴れ水流のような災害は、荒神の心次第という。
ソータの中には深い信仰が、いまだにある。
コグニスフィアでの『科学』ではなく。
それでいて、科学を頼りもしている。水流術を繋ぐ為に。
「お前のも──もし、スキルとして見えてるんなら、オラクルが記録してる筈だ」
ゆら、と空気を揺らす。サフィラ粒子の光が、蛍のように発光し、消えていく。
謎の技術。言語化も数値化も、捕らえきれなかった何か。
「ラングランのこと、もっと聞いてもいいですか」
「……。俺が知る中で、一番美しい光があった場所だよ」
それだけを言ってソータが寝支度を始める。
明日も早々に移動だ、寝とけ、と言い残して。
空は青く、深々と波打ち。
魔術師よりも魔法のような技を使う「戦士」と、殆ど見知らぬ星のただ中に居る不思議さに、メモリは奇妙な感動を覚えた。
運命の分岐点、か。リー・リンゼイとの出会いは、確かにメモリの人生を大きく変えた。
それが良いものか悪いものかまだ分からなくとも。
今見上げている空の瑞々しさだけは、きっと生涯忘れられないだろうな、と思った。
*
夢。夢だ、夢の中に居る。
『共鳴』スキルが突如として動き出した時、メモリは過去の光景に引き込まれていた。
コグニスフィアの空が波打つ下、若かりしソータにタイセイが向かい合っている。
「外縁へ帰る」
刀を抱え、岩の上に座り込んだソータの声にも、姿にも、まだ幼さが微かに残っていた。
「君が壊した費用は請求させてもらうがね」タイセイが微笑む。「それより、稼ぎ方の話をしよう」
二人の会話が紡がれていく。ソータが自身で得た金全てを外縁支援に注ぎ込んでいた頃のものだった。
「団体を通せば、より大きな支援が可能になる」
「中身が何に使われるか、分かったもんじゃないだろ」
「しかし個人対個人では、騙される可能性も高いんだよ。事実、支援金持ち逃げの被害は8割を超える」
タイセイの声が冷静に響く。「ジョーの信頼していた後輩ですら、大金を前に──」
「あのおっさんは人を見る目がないだけだ」
「それは私への悪口だよ、ソータ」
会話は続く。
タイセイはソータの水流術をショーとして売り出そうとしていた。その収益で、より大きな支援を、と。
「……水流術を、売れってのか」
「君は見せるだけだ。売るのは我々が」タイセイが言う。
「不適切な表現ではあるけれどね。君の水流術は『見映え』がする。そこには人が集まるだろう。多くの人が集まれば、それはあらゆる商機となる。君に憧れて、水流術を読み解こうとする者だって増えるかもしれない。何にしろ、チャンスは増える」
「気がしれねぇな」
そうは返しつつも、ソータからは思案するような気配が伝わって来る。
かもしれない、という部分と、だからといって、という複雑な感情。
「俺に稼がせて、その金をそっちに使えって?」
「暴力と勝負は人を集める。それを利用しない手はない」
口車、諦め、苦々しさ、納得、どこか擽られる矜恃、苛立ち、嫌悪。
「くだらねえ」
ソータが立ち上がる。
「あんたにとって金ってなに」
思いも寄らない言葉だったようにタイセイが少し目を見開く。
が、直ぐに納得した顔で、答えを返した。
「流動させ続けるべき『リソース』だよ」
*
メモリは目を開けた。スキルが見せた記憶。
頭を押さえながら、『共鳴』スキルを切る。
──なんで、こんなものを見せてくるんだよ……。
体の力を抜く。休息は必要だ。
無理にでも、寝なければ。やってられない。
寝苦しく身を縮めるメモリの傍ら、ソータは寝たふりで気配を窺っていた。
このままじゃオラクルコアに、ラングランの記憶まで見せられてしまいかねない。それは嫌だ、とメモリは思った。
(本人も言わない過去なんて、勝手に知った方のストレスが増えるだけじゃねーか……。今更どうにも出来ないこと、見せてくるなよ。オラクルコアのやつ……)
──勝手に憐れんで同情するかのような、身勝手な感情が、自分でも酷く嫌だった。
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