第23話『アオイロの技術制限と、スキルの真相』

 旅立ち前に、最後の詰めをとシビルのラボを訪れた。

 室羽博士のことを確認する。


「ああ~先に言っておくけど、世間の憶測のアレ、タイセイ君が実験体だったなんてことは無いからね」

 やっぱり君もその噂を見たか、とシビルが頭を抱える。


「そうなんですか?」


「タイセイ君は博士を敬愛していたよ。彼の部屋の写真立てにも、ユニバーサル入学時の二人の写真が飾られてたんだ」

 答え慣れた様子は、だいぶ頭を悩ませている悪評らしい。


 もう一つ気になっていたことを、メモリは切り出した。

「亜人種の養子縁組って、多いんですか」

「──まあ、多いね。亜人種の出産は、母体への負荷が高いんだ……これ以上は自分で調べて」

 シビルが言いよどむ。

「タイセイ君も、母親の産後の回復がよろしくなかったらしい。だから、交流の深い博士が引き取ったと聞いている」


 タイセイが養父の実験体だったという説は、これで、無しか。

 それじゃあ、とメモリは再びシビルに向き直る。


「シビルさん。強制執行スキルについて、何がどこまで分かってるんでしょうか」

 湯気の立ったマグを口元に運び、シビルが僅かに手を止めた。

「……中々進んでなくて、ごめんね。レヴィ君にも協力して貰ってるけど、ちょっとその……別の実験でかなり警戒されちゃって」


「もしかしてレヴィが妙に凹んでたあの日ですか……」

「あ、そうかも。解析になんだかんだ逃げ回られちゃってるんだよねえ~」

 自業自得かもしれないんだけど、とシビルが嘆く。


(それは……うーん。嫌がるレヴィを押さえつけてまでは……流石に、だし)


「そもそも、ここって意識に干渉出来るスキルは無いんですよね?」

 シビルが眉を上げ、メモリを見る。

「なのにその──『強制執行』スキルなんて、命令形みたいな……」

 インスタンスでの経験を、誤魔化しながらも疑念を呈する。

 歯切れの悪いメモリに、シビルは軽い口調で首を傾げた。


「いや? 出来るよ。やらないだけだ。タイセイ君が意識制御するものを作ろうとしていた痕跡はあるけどね」


「──え」


「惑星文明の『技術制限』に引っかかるからね。アオイロの技術レベルでは認められていない」

 どくん、と心臓が跳ねた。

 ──それだ。

 リンゼイの言う『不正』は。まさに、それじゃないか。


「シビルさん、それ──その、『不正』ってことになるんじゃ……!?」

 メモリの焦りに対して、シビルは奇妙に落ち着いた風情で言った。


「うん、だから。コグニスフィアでは使ってない。技術的、理論的には出来るけど、使わなかった」

 何のために複数の倫理規定があって、調査チームと倫理監査チームがあって、毎回シノンちゃんが経理やその辺とバトッてると思うんだい、と呆れたように続ける。


 そういえば、以前そんな話をした気もする。技術制限がどう、とか。

 『アオイロの技術レベルでは認められていない』と──。

「もしも、ですよ。シビルさん。タイセイさんが密かに使って居たら?」


「公然と使ってバレない訳ないだろう。ログに残るよ」

「いや、でも、人の意識に干渉して、本人が忘れてたら……」


「メモリ君。あのスキルが初めて起動した時。オラクルコアに警告が飛んで、一気に警戒態勢になったろう? 疑わしいってレベルのものすら、厳密にチェックされてるよ」


 そういえば。ソータさんが飛び込んできた時もそんな事を言ってた気がする。

 警告レベル8、だったっけか。



「ただ確かに抜け穴はあるな。タイセイ君が根幹を作ったシステムだ。彼なら警告を無視させることも可能か……しかし」

 シビルが珈琲を飲み干し、ふっと視線を泳がせる。


「でも、完成はさせていない」

「……実際は完成していて、秘密裏に、既に使われていたとしたら?」

 メモリが懸念を口にする。

 それは最初の頃に遭遇した、破壊工作のメッセージそのものと同じ──でたらめな中傷の類い。


(でも、俺の感覚だとこれは『真相』じゃない……悪質なミスリードに感じる……なんでだ?)

 説明しがたい違和感に、シビルがひとつの答えを返してくる。


「──やはり無理だよ。使われていたらログに『おかしなところ』は必ず残る筈だ。それにね、彼の性質だと思うんだけど」


 擁護になるかな、とシビルが唇を一旦止めた。逡巡の後再び口を開く。

 気質や性質と言えるものだから、これに反するのは難しいんじゃないか、と。


「タイセイ君は、ログを消すようなことは、今まで一切行ってないんだ。見られなくはしても──おそらく彼は、削除で生まれる『空白』を嫌っているんだろう、と思う」


「……空白を嫌う……?」


「削除すれば削除したというログは残る。そうなれば永遠に開けられない『パンドラ・ボックス』になってしまうからね」

「なんて、いうか。タイセイさんって。随分と──公明正大な人、なんですね?」

「脅迫観念じゃないかな。彼の養父がひどい攻撃に曝された──トラウマなのかも知れない」


 確かに納得は出来る。何しろ彼の人生をねじ曲げた事件だったのだから。

 だとすれば『キング・タイセイ』という英雄は、随分と空虚で哀しい存在にも、思えてしまう。


「それにね──」

 端末を操作し、シビルは脳波のグラフを映し出した。

 

 一般的な脳波と比べ、タイセイのものは極端な振れ幅を持つ。

 100か深い底か、そして引退直前は感情が消えたように平坦になっていく。


「引退してから見つかったんだ。彼が隠していた記録の一つ」

 シビルの声が沈む。

 

 見つけた、ということか。

 自身の体調異常を、隠していた記録を。


 シノンの言っていた『時々凍ったみたいに無表情』という証言が、メモリの脳裏に蘇った。

「これも、消さなかったってことか。シノンちゃんが言ってた奇妙な無表情って──これですね」


「シノンちゃんが気付けたのに……私は気付けなかったんだな」

 記録を見つめるシビルの表情に、どこか深い後悔が滲んでいた。


「ハードワーカー過ぎて、治療用ナノマシンを使ってたんじゃ、ってアサハさんは言ってましたよ」

「おかしくないなぁ……。けど……」

「ソータさんは機械の方が先にぶっ壊れるだろ、って」


 ふ、とシビルが困ったように黙り込む。

「違ったねぇ……。タイセイ君の方が、先に壊れちゃってたんだ」

 ため息をついて、「ちょっと、飲み物でも入れてくる」と離席した。


 しばしの沈黙の後、二人分のココアを手に戻ってくる。

 気遣うような笑みと共に、ひとつをメモリに差し出した。


「あの、でもシビルさん」メモリは慎重に言葉を選ぶ。

「タイセイさんは、ソータさんの水流術の研究も、放り出したって」


「う。それは。まあ、結局私が引き継いで、何の結果も出せてない私が悪いんだけど~」

「タイセイさんが投げ出すんだったらそりゃ、相当難易度高いって俺にでも分かりますって」

「だとしてもな~」

 私だってサフィラ粒子と重力干渉の研究、してるんだよ?! とわなわな手を震わせる。


「や、明らかに重力とサフィラと、水流術って別枠でしょ」

「関連してるかもしれないじゃないか~」

「違う気がするけど」

「いや、そこはね。関連性が無いならないで、それを突き止めるのが私の──」

(良かった、少し元気になったみたいだ)

 普段の調子に戻り始めたシビルに、内心でメモリはほっとする。


「けど、シビルさん。タイセイさんって『ギリギリ合法』なところがありますよね。普通なら避けるような、その限界線上の選択を」

「……否定しづらいねえ」シビルが苦笑する。


 そう。それは普通はやらない──でも確実に効果がある手段を。

 何かがぶっ飛んでいる、そんな選択を。


 非常に慎重に、そしてシビルを信頼して、メモリは口を開く。

「あの『強制執行』スキルは」メモリはシビルの反応を窺いながら続けた。


「タイセイさんの意識干渉スキルを原型にして、手を施されて書き換えられた。タイセイ製が元だから、現ゲームマスター権限が効かず、上位スキルになってる──という俺の推理、どう思います?」


 しばし、シビルの動きが止まる。

 ココアを持つ手が震え、目が見開かれた。


「あ~~~~~」

 何かが色々繋がった、という表情で崩れ落ちる。


「なああ~もお~到達したくないけど、それが事実っぽい~~~」


 二人して、窓の外のサフィラ粒子のきらめきを眺めた。

 今日も青が深い。穏やかに流れ、流れゆく光の粒子。

 

 どちらが先に息を吸ったものやら。

 シビルが額を押さえ、メモリが拳を握る。


「「タイセイ(さん/君)のせいじゃないか~!!」」


 ソータさんの日参タイセイレイド、俺も加わる理由が出来ちゃったよ!!

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