2章 『外縁部』

第13話『外縁部、出発!』

 ソータが用意した移動手段は、『エイシュトン』という四輪駆動、ホイール型の箱物だった。

 外装はかなりボロくなっているが、内部は綺麗なものである。おそらく、治安の関係でわざと汚してあるのだろう。


 それぞれ服装は──珍しく、ソータが洋装。カジュアルなシャツと、帽子、それからマントっぽい外套。

 レヴィも普段よりは簡素で、比較的動きやすそうなスーツだ。

 が、ハーフケープと帽子を被っている。

 自分も、レヴィに借りた帽子とケープ。夜は結構冷えるらしく、その他用意された物資や準備を隙間に乗せていく。

 

「これ……まだ現役なんですね」


 考えてみれば、アオイロでは充分実用に向くものだ。

 通信障害や粒子の干渉に強い。原理的には輪っかを回して、その上に居るだけなんだから。それはそうか。


「メモリの居たとこじゃ、どういうの乗ってたんだ?」


「あ。えー……と。あんまり長距離移動、しない、かな……」


「ああ、そうか。気にしないでくれ。俺はここしか知らないからな」


 中央から地方に移動すると、技術格差で色々と問題や──心理的な揉め事を呼びやすい。

 ソータの反応は、それを慮ったメモリに対しての気遣いだろう。


 ん?

 いや、ソータさんの返し、おかしくないか?

 そもそも、アオイロの惑星しか知らないなら、ああいう反応にはならない。

 『気にするな』なんて返せるのは、他の惑星の文明技術を知っていないと、出てこない筈だ。


「ソータさん?」


 懸念が声に乗る。にや、と「お前、結構よく気が付くよな。レヴィみたいに」と車を走らせた。

 運転席の隣に座っていたレヴィが、ソータを向く。

 普段と違い耳当て帽を被っている。音を防ぐついでに、耳も隠せるので一鳥二石なんだとか。


「傭兵時代に、他所にも行ってたんですか?」


「……ここしか知らね、っつってんだろ」


 レヴィの問いかけに、面倒くさそうにソータが答える。


「傭兵……?」


 メモリの呟きに舌打ちし、「あ~、だから……。面倒くせえ。余計なこと言った」とハンドルを回す。


「外縁は治安が悪い。山賊も出れば、村落ごと強盗集団なんてのも居る。──都市部どころか、まともな居住圏での生活が出来なかった奴らだ、思わぬことをしてくるケースを覚悟しとけ」


 傭兵。ソータさんが。全然、イメージに合わない。

 村落やあちこちを守る為に、渡り歩いていたんだろうか。


「治安維持の為にですか。傭兵って」


 メモリが考えたのは無法者達をあの魔法のような戦技でばったばったと薙ぎ倒す、正義の放浪者のような姿だった。

 ソータさん、やっぱ格好よかったんだろうな、なんて。


 そんな気配を察したのかソータは少し何か口を開きかけ、止める。窓の外へ視線を外す。

 小さなため息。


「金が無かったんだよ」


「え」

 その一言には、語られない重みがあった。過去を誤魔化すでもなく、美化するでもなく。

 ただ、在りのままを、静かに告げる。

 

 思わぬ返答にメモリが固まり。レヴィが困った顔でソータを見る。

 レヴィは事情を知っているようだった。が、庇うでも茶化すでもなく、言葉を探すでもなく。様子を見ていた。


「まあ、今は有る。おかげでな。やれることをやるよ、俺は」


 自嘲気味に笑う、ソータ。レヴィも、何か言いたげなまま前に向き直る。

 それよりも、とソータが続けた。


「外縁部は、危険を承知で住み着いてる位の、無法を越えた馬鹿が多い。必然的にな。都心部育ちなんぞ、軟弱者だと舐めて来るのが基本だ。メモリ、気を付けろよ。ああ、あと道も悪い──」


 言い終わるより先に、車が、跳ねて、浮いた。


「うわああ?!」


 どすん、と垂直落下してそのまま走り続ける。砂丘を超えて、バウンドしたまま加速していく。また上がり、浮遊感。


「ああああああ!! ソータさん、ちょっ……!」


 ばすっという音と共に、砂と、青い光が飛ぶ。


「口閉じとけ! しばらく続くぜ、これ!」

 砂丘を跳ね、荒々しく走るエイシュトン。その運転席で、ソータは意地の悪い笑みを浮かべている。


 ──これわざとじゃないか?! 言いたくない事を誤魔化す為にわざと!

 もしくは、ソータさん、面白がってる!?


 ぐんぐんと加速しながら砂丘を乗り越え、跳び、落ちては更に上下しながら進む。

 座席につかまっているだけで精一杯だった。


 レヴィは上手い事バランスを取っている、が、次第に酔いかけてきたらしい。


「ソータさん、もう少し安全運転を──」


 声を上げたレヴィの言葉が、大きな衝撃で途切れる。

「ん゛にゃっ」


 一瞬の静寂。

 誰も、今の声を聞かなかったことにする。


 やたら気まずそうなレヴィに、全員、聞こえてないフリを貫く。

 運転は、少しマシになった。

 ──やっぱワザとじゃん!!



 ああ……全身砂まみれ。エイシュトンの中は砂も粒子も入らなかったが、外は砂と粒子でコーティング状態だった。明日の為にそれを払えば、こっちが真っ白。全身、砂っぽい。

 砂場はここまでで、明日からは荒れ地のコースを取る代わりに、核心の治安悪化エリアに入るらしい。


 と、いうわけで。


「ソータさんのおごりだそうです」


 むしろちょっと迷惑そうに、レヴィがこわばった笑顔で籠を渡してくる。看板には、ON-SENという表示。

 入浴の手引き、という冊子を渡された。えーと、つまり。親睦を深める的な……。

 もう諦めたような風情でレヴィが先に進む。

 正直、嫌そ……。冊子をぱらと捲りながら、入浴、共同で、……と絵入りの内容を流し読む。

 

 服を脱ぐ、脱衣所。

 そこで信じがたいものを目にした。

 

 ──尻尾が、落ちてる。

 

 

 ──尻尾が落ちてる???!???

 

 

 レヴィの、紫の、ふっさふさの、尻尾が!?

 

 言葉にならず指差してレヴィの肩を揺する。

 思わずレヴィの尻尾──があった辺りを確かめた。

 

「あ、あ、あの、尻尾──?! ある?!」


「あっ失礼」


 メモリの手を躱し、平然とレヴィが尻尾を拾い上げる。

 いまタオルの裾から見えるのは、濃灰色で、先端だけ白い、細めの尻尾。


「エクステです」


「えくすてぇぇぇ?!?!」


「付け尻尾、というか……その……まあ」


「心臓止まるかと思ったんだけど??!!!!」


「そんなに驚かれるとは」

 艶やかな紫の尻尾をさっと撫で、レヴィが籠に入れる。


「驚くよ!!!? レヴィだって振り向いた時に俺の腕が床に転がってたら驚くでしょ?!」


「いえまあ状況次第では、そんなこともあるかと」


「うるせえぞ」


 一切動じることなく、ソータがさっさと先に入っていった。

 つよいな、GMは! どうなってんだあれ! 脱衣かごの中の尻尾の構造が気になってしょうがないんだけど?!! あれ普通に動いてたよな???? なにあれどういうこと?!?!


 ──亜人種のオシャレ、どこまで言及していいか分からん。



 都心部外縁に近い宿としてはかなり格上らしい。

 安全面を考えると、必要なことなのだとか。

 食事も美味しくて、そこそこの量があった。


(──俺もだいぶ、ここの味に慣れてきたなぁ)

 独特の風味があるアオイロの味覚、決して不味いという訳じゃないけれど。

 

 コグニスフィア内のはまだ中央寄りなんだな、と思い直す。

 今晩のものは、食材が全く分からないものが多かった。食べなれない感じだ。

 

 そんな中。

 

「上に住みたがるんだ。アオイロは。地上に近い程、水流でやられる危険があるから」


 ソータが不意に、どこかを思い出すように、話し出した。


「構造次第なんだがな。安全そのものっつうより、より安全と信じられるものが選ばれるんだろう。何をもって正しいとするか、そんなもん簡単にひっくり返っちまうだろうに──」


 ラングランのことを言っているんだろうか。

 ふと目が合う。


「メモリ。不正ってのは、あると思うか。今の、コグニスフィアに」


「──分かりません。楽しいし、よく出来た場所だと思います。けど、まだ全然分からないことが多くて」


「よく出来た場所……、だよな」


 同意するように、苦々しくソータが答える。


「タイセイが、俺とコグニテックの契約を作ったんだ。タイセイってのは前のCEOで、もともとコグニスフィアに遊びで入って、がっちり内部に食い込んでいった男だ。PvPってのがクソ強かった。人対人の、対人戦な」


 へえ、と驚く。

 なんとなく、そのイメージと、世間一般の印象とは少し離れているように思えた。


「バカみたいに強かったんだ。あいつ何が楽しくてやってたんだろうな。完全に、完璧に、鍛えて型に嵌めて伸ばしたみたいな……俺がラングランに居た頃は、勝ち負けに一喜一憂して、詰まんねえ歴史の勉強だの、マナーだの、伝統だの。鍛錬だの、全部面倒くさかったのに。タイセイは、コグニスフィアそのもの、みたいなもんだよ。なんでも楽しめるように、作っていきやがった」


 メモリは場違いに、ソータに対して、コグニスフィアでの居心地は悪そうだな、という感想を抱いた。

 今現在、最強のGMと言われているのに、だ。


「今のコグニスフィアを調べることは、タイセイを調べることと同じ意味だ。何か分かったら、教えてくれ」


 レヴィは静かに黙って聞いていたが、その耳と尾の毛がぶわりと膨らんでいる。

 ソータがこんなことを言い出すのは完全に想定外なのだろう。

 というか、自らラングランの話をしたことが、だろうか。──多分、そっちなのだろう。


「調べる以上、手を貸してやる。お前を裏切らない。だから、分かったことは、俺にも言え」


 コグニスフィアの中では、絶対に聞けなかったであろう言葉だと、思った。

 ──どうする、と思う。

 これは、つまり。首輪だ。メモリがはいと言えば、少なくとも調べた進捗はある程度、ソータに筒抜けになる。その先が、ソータで留まる保証はない。

 

 その逡巡を、ソータが鼻で笑う。


「慎重だな。いいと思うぜ。けど、断るなら──嗅覚はねえな」


「ソータさん、それは。コグニスフィアを信じられないということですか」


 レヴィが口を挟んできた。


「──タイセイが居ないコグニスフィア、だ。レヴィ、お前。ミスタ・オーナーが隠し事してるの、気付いてんだろ」


「!」


 神経質に、レヴィの灰色の尻尾が揺れる。


「お疲れでは、いらっしゃいますね」


「隠せてねえんだよな、あのおっさん」


 気付かれないように、スキルを展開する。──『データ解析』

 おそらく二人には起動したことはバレるだろうが。最低限のマナーとして、密かにデータを手繰る。レヴィが、驚いたように、非難するような目を向けてきた。

 

 レヴィ、動揺度:65% →86% →72%

 ソータ:2%以下


 少し、視線を落とす。今、すごく失礼なことをしているな、とメモリは思う。レヴィには伝わって居る、だったらソータにもわかっているはずだ。スキルを閉じた。


「すいません。ソータさんは嘘を言っていない。俺、皆が嘘をついてるとは、思えない。けど、知らないことばっかりで、判断材料も少ない。ソータさんは、なんで俺を信じようと思うんですか」


 少し、ソータは悩んだ。

 複数の理由からどれを選ぶか、というような沈黙。


「──まあ、あんたが外部の人間だから、だな。アオイロの人間でも、コグニスフィアの一員でもない。あんたがいつか帰る『客』になるか、このまま居つくかは知らないが──今はまだ、『外の人間』だ。集団の中で役割が決まっちまえば、色んな事に左右されるし、せめぎ合いに巻き込まれる。だから、今のあんたの自由さに賭けたい」


「こっちも、謎の不審人物からの紐付きかもしれないのに、ですか?」


 それに関しては、とソータが笑う。


「亜人種の想定膂力を超える存在、だろ? いいねえ、実に。やりがいがある」


 ──あっこの人バトルマニアだわ。戦闘狂だわ。理解した。

 結局、最終的にメモリはソータの提案に乗る。自分のスキルが、もっと活かせる可能性を、感じたのだ。



「警戒を。ここからは、本物の危険地帯です」


 砂と岩の荒野を進むエイシュトン。

 遠くに見える廃墟のような建物群に、暗い影が忍び寄る。

 これまでとは違う、重たい闇を予感させていた。

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