2章 外縁部編

第9話『ソータの過去』

「これが足だ」

 ソータが指差したのは、四輪駆動の箱型車両『エイシュトン』。

 外装は意図的に汚れており、ミラーシェイドされた中身のみ真新しくされていた。


 ソータは刀を携えたカジュアルな出で立ち。

 レヴィは耳を隠す帽子を被り、ケープで尾を目立たなくしている。メモリも同様の装いを借り受けた。


 でかい車輪が砂に乗り上げ、ばすっと音を立てて砂丘を落ちる度に光が舞う。

 道と言える道はなく、ナビすらない。車輪跡を残しつつ、大きな音を立てて豪快に進んでいく。

 誰かに見られていたらかなり目立つ走行法だ。つまり、荒っぽい。

 

 前時代的な羅針盤だけを頼りに、砂漠地帯を駆け抜ける。

 日が落ちかける頃、巨石で組み上がった奇妙な廃墟に到着した。


「ここで休憩だ」

 ハンドルを握ったソータから下りるよう指示され、岩陰に入る。

 上からさらさらと落ちる音に見上げれば、砂と光の粒子が夕日にきらめいていた。

 青白い砂漠の終端、灰褐色に乾いた大地と砂漠の間はぽつぽつと巨石群が並ぶ。地殻変動の跡だろうか、巨石が砂を防ぐ自然の防壁として作用している。

(なんか、神様の子どもが、砂遊びした後の箱庭みたいだな……)

 岩で出来た庵の、奇妙な組み上がり方が尚そう思わせる。


「──スキル展開してみろ」

 夜明け前。ソータに声をかけられた。目を擦りながらも、言われたとおりに付近を探る。


「あれ……?」

 巨石群の背後に、自分たちが乗ってきたものではない車両があった。しかも、2つ?


「ソータさん、確認ですけど」

「おー。ありゃ山賊だ。いや、砂漠だから砂賊っていうべきか?」


 見るからにぼろぼろな改造車が砂煙を上げる。

 車中からの嫌な視線を感じた。明らかにこちらを狙っている。びりびりと背中に嫌な感覚が這った。


「どちらにしろ、こちらの荷物狙いでしょう」

「威嚇したら逃げてくれるんじゃ、いや今からでも逃げるのは」

 

「無理だな。準備しろ」

 ソータが剣呑に笑った。

 

 最初の改造車が現れたのは、煌めく砂丘の陰からだった。

 次いで弾丸のような速度で二台目が飛び出してくる。同時に、直下の砂が渦を巻いた。

「動くな」

 メモリの背後からソータが呟く。刀が鞘走る音。突風と共に下からの砂流がどおん、と跳ね上がる。メモリたちの前で回転しながら横転した改造車から、ボロを纏う男たちが砂の上へ転がり出る。途端、雷の針が彼らを串刺しにした。

 

「メモリさん、目を瞑って──『フルグル・サージ・ランス』!」

 激しい稲光が続けざまに辺りを覆う。メモリが何をする間もなく、あっさりと、盗賊団は制圧された。


 ──捕縛したのは、七人。

「で、リーダーはどいつだ」

 ソータが帽子を外し、膝をついて囚われた男たちの前に座る。

 データ解析で見れば、緊張度と動揺が最も揺れ動く人物が奥に。

 山賊達の年齢は若く、子どもと見紛う体格の者もいた。それを見たソータの表情が一瞬だけ翳る。

「知らねぇ顔ばっかだな……」

 年若い者の間で、ぼそぼそと、あれは、とか外縁の、とか聞こえてくる。

「ソータさん。リーダーは多分……」とメモリが耳打ちした。


 黙ってソータがその男の前に動く。観念したように、顔を上げてソータを睨み付けた。

「お前らどっちに通報されたい? 外縁警備か、コグニスフィアか」


「はあ? こぐ……?」

「まだ知れてねえか……結構長いと思うんだがな、『光刃のソータ』より」

 トン、と刀の鞘で床を打つ。

「やっぱりあんた、ソータ? 外縁で傭兵やってたっていう──」

「馬鹿黙れ!」

 若い方の声に、リーダーらしき男が悪態をつく。


「だって『光刃のソータ』のとこなら、いつだって安全に寝られて、メシが食えるって」

 後ろに縛られていた青年が弾かれたように振り返る。

「んなのとっくに消えてもう何年経ったと──」

 言葉途中で首を傾げ、男がソータを二度見した。

「ソータ本人?!」

「俺だよ」

 刀を抜いて、刀身に光を集めて見せる。ぼんやりと光る刃を掲げ、鞘に戻した。

 驚きや不審混じりのどよめきに、リーダー格の男が舌打ちする。

「どっかで野垂れ死んだかと」


「そんな有名人なのか、ソータさんって」

 メモリがレヴィにこっそり尋ねる。


「昔傭兵をしながら、各地の炊き出しなんかを手伝ってたらしいですね」

「傭兵……」

 更に話を聞こうとした途端、ソータがこちらを向いた。

「レヴィ。コグニスフィアに通報しろ」

「おや、了解。良いんですか?」

「──分かってる。俺持ちだ」


 メモリにとっては謎のやり取りが済み、レヴィが姿を消す。

 護送団が到着するまでここで待機。この辺りで盗賊を捕まえるのは組み込み済みだったらしい。だからあんな目立つように走ってたのか。


 ソータが空中から水を絞り集めたように、掌の上で水球を作る。

 穏やかな輝きに、縛り上げられていた盗賊たちも目を奪われていた。


 ──魔法、みたいだ。本物の。

 それぞれの前に光る水球が分かたれ、浮かぶ。先ほど声を上げた年若い少年がその水球にはぐ、とかぶりついた。

「ラングランの水だ!」

「お前、なにやって! 馬鹿」

「別に害はねーよ。飲みたきゃ飲め」

 腕組みしたままでソータが呆れたように言えば、数人がゼリーでも囓る様に水を、食い始めた。

 畜産の給餌でも見せられているような心地がする。しまいに皆つられて水を啜り始め、飲み干した者は隣のを──思わずその光景に後ずさってしまう。諍いになる前に、ソータがまた水を足す。奇妙な光景だった。

 この星の、光る水に害は無いと知ってはいるのだが。


「ソータさん。これが水流術、ですか」

「思われたくねえな。本当の、途方もなく凄いヤツは、この辺全部から光の絵筆で模様を描いたみたいに、集められた」


 あれが本物の『魔法』だよ、と遠い目をして語る。


「……何度も何度も耳にタコができる位聞かれて、飽き飽きしてるんだが」

 唐突なソータの言葉に、メモリはついソータの顔を見てしまう。

「なんでラングランの生き残りが、俺だけなのか……ってな」

 彼は淡々と続けた。


「逆だ。俺ぐらいの腕っ節でもねえと、明かせる訳ねえだろ」

 何故、とメモリが視線で問う。

 ようやくソータは苦々しく笑った。

「ていの良い『魔法のような給水器』扱いで一生を終えたいか、お前なら?」


「水流術目当てで餌食にされるから、黙ってるってことですか。もしかしてソータさん、傭兵って、ラングランの生き残りを──」

「そんな大層な事はしてねえな」

 自嘲がちにソータが刀を腰に戻す。

 メモリが生存者を次々と逃がす義侠の士を思い描きかけた時、ソータは淡々と言った。


「生きる為だ。金が無かったんだよ」

 それだけでしかない、と断言する。


「嘘でしょ、ソータさん」

 メモリも苦笑した。短い付き合いでもソータの性格が少し、分かってきた気がする。


 さっきの『俺持ちだ』という言葉。何らかの担保を、この盗賊団の為に請け負ったのだ。

 馬鹿じゃないか、というくらい面倒見がいい。何故ならメモリもその『面倒見』に巻き込まれてここに居る。


 それに、メモリの言葉を遮る勢いで「そんな大層なことはしていない」と即座に否定してきた事こそ、──図星だったからじゃないか。メモリは生き残りをどうしたのか、なんて最後まで口に出していない。言外の補完を、勝手にやったのはソータ自身だ。語るに落ちるとはこのことである。


 見透かすようなメモリに、ソータは背を向けた。

 

「タイセイの後釜なんぞ、俺はまっぴらなんだよ。英雄に祀り上げられりゃ、祀った大衆から殺される。身勝手な連中の為になんか生きたくねえ、それだけと言ったらそれだけだ」


 なるほど、ラングランの水流術は、滅んだというより秘されたのだ。

 都市の特権階級は、好き放題に悪用されないための「保護」でもあったのだろう。

 しかし、都市とその仕組みが崩れたとき、その保護も失われた。


(けど。ソータさん、タイセイの後釜は嫌と言いつつ、結局同じように、矢面に立ってるんだよな。きっと──)


 裏切られるのは許せない。

 裏切られるのが恐い程、人を信じてしまうんじゃないか、この人は。

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