第10話『データ観測・実践』

 ビットの案内で向かったのは、ソータのバトルエリア──本来GM専用の中庭を抜け、導れた先は地下へと続く階段。

 巨大な地下水路を駆け抜け、さらに階段を上る。

 息を切らしながら辿り着いた先で、メモリは足を止めた。


 真っ白な円形空間。

 天井近くには無数の観測機器とカメラ。壁際には青く輝くデータスコア。

 実験室か、それとも訓練場か。


 壁に腕組みで寄りかかるソータの姿。

 ビットが1度だけ振り向いて、消えた。

 

「4分25秒……まあ、こんなもんか」


 ちょっと渋い顔をして、ソータが首を掻く。


「シビルが言ってた特殊スキル。観測系だったか? 展開してみろ」


 メモリは言われるがまま『データ観測』を使う。

 真っ白。何も映らない。

 だって俺、ここのこと、何も知らんし。


「レベル1か……」


 ソータが何かを操作し、くるりと振り返る。

 

「よーしメモリ。チュートリアルバトル、しよっか☆」


 作り笑顔が不気味すぎる。口調も怖い。

 そういうキャラと違うでしょうが! と思わず引く。


「マジックダガー装備だ。構えろ」

 ソータの表情が一変する。

 

「まずは見て、避けるだけでいい。……避・け・ろ・よ?」

 

 その言葉が終わるが先か後か。

 ひゅ、と耳の傍で音がした。


「──は?!」


 反射的に身を捩じる。背後で青い光が炸裂。

 266、325、342、288──衝撃値が連続で跳ね上がる。


 自分のHP、325。

(当たったら一発で終わる!?)


「次!」

 声が聞こえた瞬間、頭上を水撃が掠めていく。

 510、499、508、512。

 

「待っ……!」


 微妙にちょっと威力上げるのやめて欲しい!


「ソータさん?!」


 ソータは無言で掌を上げ、挑発するように手招きする。

 次の一撃。見えない。だが──!

 直感で横に跳ぶ。421、333、266、422。掠めただけで これだけの衝撃。


 ただ勘で横に逃げる。


「あぶなっ!!!」


 足下が震える。バランスを崩しかけながら横転。

 水柱が地面を切り裂く。2112──。

 一撃死レベルの威力。


 ちょっとまて、殺す気か。


「水じゃない。サフィラ粒子だ。青い、流れを絡めて打ってる」


 ソータの表情が一瞬、曇る。


「3種、行くぞ」


 その瞬間、メモリの視界が変化した。

 

 青い粒子、その密度が数値となって見える。

 ソータの刀に集中する粒子量が跳ね上がった。


(読める!?)

 予測不能の攻撃が、数値の流れとして──視覚的に広がって行く。

 ──だが、情報量が多すぎる!


 ソータの刀が僅かに引かれる。

 数値が倍増して見えた。

 

(あれが当たったらもう俺木っ端みじんですよねえ!!)


「ソータさん!」


「お?」


 ダガーを振り上げる。

 放たれる水流の数値を読み、密度の薄い箇所を探る。

 だが体が追いつかない!


 容赦なく放ってきた!!

 

「──うあああああ!」


 闇雲にダガーを振るう。当たったというより、わざと当たる位置に居た、気が。

 考える間もなく、渦巻く衝撃に巻き込まれる。


 

 バトル終了の効果音と共に、メモリのレベルが5、上がった。

 HPは299。


 ……あれ?


「一般プレイヤーはダメ軽減1/10、つったろ……。あ、いや、言って無かったか?」


「あの、普通、ちゅうとりあるって説明あるもんじゃ……ない、ですっけか……」


(『チュートリアル=初心者向けガイド』とは??……ガイド要素どこだよ!!?)


 水流を浴びて、分かった。水そのものじゃない。

 何か、違う──青い光とその数値が、チカチカと消えていく。なんとなくそれを視線で追った。


 うん? とソータの目線が厳しくなる。


「お前……何を見た、今?」


 ソータの気配が一変した。空気が凍る。粒子が渦を巻き。

 その頭上、粒子密度が鎌状に集まっていく。


「うわ!」

 転がるように回避。だが鎌が追尾してくる。


「……どういうことだ……」


 ──どういうことだはこっちの台詞過ぎるんですが??!


 寸前で止まった攻撃。

 ソータから放たれる重圧に、背筋が凍る。


「もう一度聞く。何が見えている?」


 鎌型に集まる粒子が、青く輝きながら実体化していく。


「数字です! サフィラ粒子の数値が!」


 ぱぁん、と霧散する光の渦。

 答えると同時に、ぱぁん、と集っていた水が青く光って霧散した。


「──冗談だろ?」


 なんであの人笑いながら怒ってんですか──?! 怖すぎるんですけど──?!


 額を抑えた後、ソータはため息を吐いた。

 

 「お前そのスキル、ちゃんと伸ばせ。Lv上げろ」とだけ告げ、さっさと踵を返し立ち去ってしまう。


 メモリには。

 まだ、この男が何故そこまで衝動的な反応をしたか、この時点ではちっとも分からなかった。



 『チュートリアルバトル』を終えて、道案内をされながらオフィスらしい区画を歩く。


 辿り着いた先は、コグニテック社内部の、会議室。

 ホワイトボード壁と簡素な長椅子、長机が向かい合うように配置されている。

 

 笑顔は保ちつつも少しだけジト目のレヴィが奥に座り、したーん、したーん、と間の空いた尻尾のリズムを刻んでいる。

 どうやらややお怒りの様子だ。


 レヴィに構わず、ソータは議長席に陣取る。

 にっこりとレヴィがソータに話しかけた。


「ソータさん、あれ、必要でした? 新人いびり、って言われても仕方ないのでは?」


「要る。……集まって貰ったのは、他でもない。外縁部の治安維持に、今回レヴィに同行して貰いたいから、なんだが」


 レヴィの追求を躱すためか、ソータが早々に本題に入る。

 

「あー……、色々と話聞いてだな。レヴィに、お前──、メモリの? 権限が挟まってる? とかなんとか」


「ああ。はい。そうらしいです」


「CEO……ミスタ・オーナーからの希望もあって、……つうかありゃもう懇願の域だが。久々にあんなウザいおっさん絡みされたっつーか……もう視界の端で五月蠅くてしょうがねえっつうか……。不測の事態に備えて、だな。メモリも同行させた方が良いっていう話になった」


 レヴィの目がこちらを向き、慎重にソータへ意見した。


「……必要、無いのでは?」


 ソータも同意見らしく、腕組みして何事かを考えて居る。


「正直、外縁は初心者が行ける場所じゃあない。せめてLv30。あと1つ疑問もある。GM権限てのは、──そりゃGMのシステムに介入してないか?」


 言葉の意味がよく分からない。レヴィを見ると助け船を出してくれた。


「──つまり僕たち同様、メモリさんは外でも『スキル』が使える可能性がある、と?」


 ソータの視線がすい、とメモリに滑る。


「コグニテックとの契約無しで、タダ乗りってことだ。それは、『不正』じゃねーのかよ?」


 声に非難の圧を乗せて、ソータがメモリを一瞥した。

 ──ぎりぎりと締め上げられるような、強烈なプレッシャーだ。

 

(多分、言ってることは……無契約で他人の回線使ってる、みたいな感じか……? だとしたら)


「……っ、正直、不正だと思います。僕の基準だと」


 メモリの反応を見て、ソータが圧を緩める。


「だよなあ。巻き込まれただけっぽいんだよな、この、メモリ君とやらは。……どーすっか……」


 どうも話を聞くに、レヴィ単体だと回線が不安定で、今のメモリが中継アンテナみたいな立場らしい。

 

「すいません。俺、まだ一般プレイヤーとGMってどう違うか、いまいち分かってないんで──」


 あ? とソータが目つきを険しくし、レヴィが間に入ってくれる。


「ええとですね。通常ならメモリさんは『一般プレイヤー』としてコグニスフィアを遊べる筈なんです」


「うん、それが普通だよな」


「僕らGMは管理側で、プレイヤーの安全を図る義務があります」


「でも、俺はそっち側になってる、ってことか?」


「いえ。良いとこ取りになってるんですよ。ゲームとして遊べるのに、GMとしてのスキルも使える」


「──つまりチート……?」


「ではなく。バグです」


「バグかぁ……って、俺、運営に消されたりしない?」


「消すとかそんな野蛮な。ただ、原因は突き止めないと──実質タダ乗りどころか、僕の回線横取り状態なので」


 レヴィの尻尾がゆらゆらと揺れている。


(回線タダ乗りどころか、ほぼ横取り……)

 なるほど、それは付いて行ってくれというより『予備アンテナ(俺)を持って行ってくれ』になるんだろう、なあ。


「──それで、ソータさん。外縁部に、何か問題が?」


「そうだ。先日夜間に水圧調整区画への不測侵入者が居た。猫系亜人種の子どもで、今は保護されてる」


 それだけでレヴィには事情が伝わったらしい。

 表情が険しくなる。


「──猫、ですか。珍しいですね。性別は、女性?」


「……」

 ソータが沈黙を守る。が、どうやら、それは肯定という意味だったらしい。レヴィが視線を落とす。


「分かりました。様子は、僕が」


「メモリ。えー、メモリ・オージュか。三日後までに、Lv30まで行けるか? それなら、ある程度は外縁部の害獣にも対応出来るようになる筈だ」


 ──害獣、ってなんだ。

 安全な訓練施設、という言葉を思い出す。

 が、ここはそうじゃなければ連れて行けないという意味だろう。頷く。


「やれるだけは……、いや。俺、行きたいんで、頑張ってみます」


 レヴィの様子が気になった。それに、動いてみなければ。


 リー・リンゼイの思惑がどちらに転ぶのかも分からない。

 その時、何の術も持たずに後悔するのだけは、嫌だった。

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