第9話『ノベルエリア・シノンの図書館』

 朝一、レヴィから丁寧に謝られる。

「すみませんが、今日はシノンさんの図書館で過ごして貰えませんか?」


「えっと。いいけど。それって何処にある、どんなとこ?」


 ──と、言うわけで。エリア北東の森を抜け。

 その中央の巨大な図書館に足を踏み入れる。


 内部では遙か頭上まで高く続く本棚に、書物が机の上にも溢れ、更には本自体もふわふわと浮かんでいた。

 絵本のタッチがそのまま動いているような、小さな人形が色んなものを運び回り。

 暖かな光がぼんやりとあちこちを照らしている。

 

「すみません、本来ならシノンさんにご紹介すべきなんですが……今、ご不在みたいで」


 レヴィが弱り切ったように言う。尻尾も耳も下げがちだ。


「ソータさんが僕だけに来いと、無茶を。すみません、僕愛されキャラで」


「その一言要らないよな? つまり俺が聞いちゃいけない話なんだろ?」


「──お察しが早くて助かります。こちらのGM、シノンさんには言付けておきますので。あ、お好きな本を手に取ってくださって結構ですからね?」

 時間が差し迫っていたのか、慌てた様子で、こちらを気にしながらもレヴィは立ち去ってしまう。

 

 膨大な量の書籍が並ぶ書架の間を歩く。何気なく手に取った古い年代の本で、アオイロの入植時代の記録を見る。

 ホログラフィック映像が展開され、青い放電に包まれる宇宙船。通信機器の故障、支援物資の焼失──。


「あの時、私たちは中央に見捨てられたと思い込んでいました。実際は大気の放電現象による通信障害だったのです──」

 合成音声が静かに語る。


 重たい内容に気圧されて、別の本を手に取る。

 今度は亜人種研究の序文。危険な実験ではなく、自ら志願して遺伝子操作を受けた開拓者たちの歴史──。


 こんな当たり前のことを、わざわざ序文に書かなければならない現実。

「……あの時の、レヴィ……」


 獣性、と言うらしい。あの、恐ろしい姿。

 「亜人種は野蛮で理性がない」

 そう思われているらしい。


 ──でも、レヴィを見てみろ。

 あんなに落ち着いて、冷静に振る舞っている。

 尻尾や耳は本音を見せてしまうけれど。

 

 テーブルゲームの案内役として、あれだけコントロールできるまでになるのは、どれほど大変だったのだろう。


 ミスタ・オーナーが沈痛な顔で詫びる程の、痛恨。

 しばし、その場から動けなかった。


 指が滑る。そこで何故か電子音が響き、『制限を解除します』と聞こえた。

 たまたま手をついた先が、閲覧制限のあるものだったらしい。

 

 そういえば、GM並の情報取得権があるんだった。

 興味を引かれて、書籍を取り出す。

 

「スキルの作用、意識への影響……?」


 何気なくその場で開こうとして──バサバサバサッ、と書類をまき散らしながら、少女が降ってきた。


「ちょっとー! 何してるの!? そこで開いちゃ駄目!!」


「うわ!?」


 慌てて抱き止めようと手を伸ばすも、本棚の上からくるんと一回転して軽やかに床へと降りる。

 ミルクティー色の柔らかでふわふわの金髪に、ベレー帽。

 クラシカルなワンピースは、シックな臙脂で纏まっている。

 春の日の草原のような、明るい緑の瞳だった。

 

「あら、新しい人ね! 私はシノン。ようこそ、この物語の世界へ。──けど随分渋い書架に……」


「あ、うん。そうだよな、やっぱここ真面目な本しかない感じが」

 レヴィの奴。天然かわざとかどっちだ。


「──もしかして、プレミアム案内コースのお客様?」


 シノンに下から窺われる。


「……あ~、なんかそんなような……メモリ・オージュです。初めまして。レヴィ、ちょっと今どっかに行っちゃって」


「入れ違いね。さっき探しに来てたって聞いたけど。メモリさん……洗練されたアマランサスピンク・ヘアと、明るいオレンジ・ゴールドアイ! 先進的ね。黒の華奢めなスーツの装飾は、今の中央の流行なのかしら? だったらレヴィちゃんが取り入れてるのも──」


「えっ、うん、どうも?」


「あ、ごめんなさい! 私のエリアは『クローゼット』としても……ええと、アバターアクセサリーを弄れるシステムがあるから。もし興味があったら……というか参考にさせて貰いたくて。プレミアム案内コースのお客様なんて久しぶりだったし」


「……だろうね」

 あの金額でぽんぽん売れてたらそれはそれで、凄いというか怖いというか。


 話しながら、書架に本を戻す。シノンが本を視線で追った。


「あの、大丈夫? その辺を見るなら、閲覧制限用の特別室に持ち込むか、UNKNOWN化して貰わないと……え、メモリさん、新人さんよね……? 貴方もうそんな閲覧制限まで……、えー?! 初期レベルじゃない! 何これ……」


「あっ、そうか、GMって勝手にステータス見れるのか! ごめん、ええとシノンさん」


「ど、どういうこと……? プレミアムユーザー的なそういう……?」


 世の中ってお金でどうにでもなるの? そうなの? 課金力の差なの? と惑乱した呟きまで聞こえる。


「いやっ、そうじゃなくて! なんかあの、バグっちゃってるみたいで! シビルさんに見て貰ったんですけど……なんか、治らないらしくて」


「…………へえ?!」


 そんなことあるのね? と吃驚した顔で見上げられる。

 割とでまかせを言った気がしたが、大筋では間違ってない筈だ。

 

 だがシビルがチェック済みだという一言は十分な信頼を得られたらしい。

 それで駄目なら、どうしようもないわよね、と納得される。


「これ、なんで閲覧制限なんです?」


 騒ぎの原因になった本を掲げる。ただの、スキルの解説本かと思えるのだが。

 シノンが裏をめくり、ああ、これね、と頷いた。


「初心者が意識介入系のスキルを、他プレイヤーに使えちゃったら、大変でしょう? 制限されてるし」


 メモリは思わず聞き返した。


「制限?」


「そう! アオイロの技術レベルでは、認められないものもあるから。意識介入技術はものすっごく厳しく制限されているのよ」


 子どもを教え諭すように、笑顔でシノンが続ける。


「ちゃあんと、その為の特別な倫理チームと監視チーム、法律の精査をする専門の部署があるの。私もしょっちゅう、物語を体感するために! っていう提案を『それはグレーゾーンですね、止めましょう』って怒られちゃうんだけど」


「でも、有るってことは、出来るってことですよね……?」


「ええ?! どうしてそうなるの、違うわよ! 逆、逆!」


 メモリに驚いた顔をする。


「個人の意識にアクセス出来るような技術なんて、グレー飛び越えたブラックよ? そうならないよう、きちんとオープンにされて、管理されているってこと! 逆に、椅子の振動や動きで体感したり、風を感じたりっていう外部から作用する系として……」


 シノンは何故か自分のエリアのことだと誤解したようだが、メモリの念頭には『コグニテック』の技術のことがあった。


「GMの強化とかは、グレーじゃない?」


「え」


 きょとん、とした顔から、うん? とシノンが首を傾げる。

 何か、思い当たることを探しているように。


「…………、ああ! コグニテックと契約して、実験に協力もしてる──そういう話ね?」


「そう、かな。多分」


「気になるなら、合意の契約書があるんだから、見せて貰えば? あ、といっても……個人的な内容が盛り込まれて居たりするから、そこは……難しいのかな」


 でも資格のある法律の専門家が付いて、見てくれている筈よ、と。そこは少し自信なさげにシノンが続ける。

 

 そこへ、桜色の物体が飛び込んできた。

 リスのような、ウサギのような、狐のようなフォルムの、不思議な小動物。

 いや、生き物を模した疑似電子生命体……みたいなものが。そういえば、ソータやレヴィも時折連れている。

 GM専用の連絡器みたいなものなのだろうか。


「ビット?! 何……ええ……?」


 何事かを通じ合い、チラチラとメモリを見てはシノンが頷く。


「メモリさん、ソータさんから呼び出し。直ぐ来てくれって」


 理由は不明だが、至急だという。ビットに道案内されるまま、シノンのエリアを出て走った。

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