第7話『会議室の魔王と猫族の憂鬱』

 ソータに「付いてこい」と言われ、オフィス区画を歩く。

 まるで戦艦の内部のような無機質な廊下。壁には青白い照明が等間隔で埋め込まれ、その光が金属的な冷たさを際立たせている。


 窓の外には広大な森が広がり、遠くに塔がそびえ立つ。最も奥では赤煉瓦の街並みが、おとぎ話のような風景を作っている。

 レヴィがいた場所からは真逆の方向だ。奥に見えた建物群の方に来ているんだろう。地下水路は近道だったらしい。


 たどり着いた会議室には、天井まで届く巨大なホログラムが浮かんでいる。複雑な区画地図が立体的に浮かび、文字列が幽霊のように漂っていた。

(ゲームマスターなのに普通に会議するんだな、ちょっとシュールだ)


 奥の席では、レヴィが笑顔を保ちながらも、明らかに不機嫌そうな様子で座っている。長い尻尾が「したーん、したーん」と椅子を叩き、その先端がピクピクと痙攣していた。


 にっこりと笑みを浮かべたまま、ソータに向く。

「ソータさん、水流術を見せてあげてください、ってお願いが、なんでバトルで戦ってくださいに変換されましたか? 変な翻訳機挟んでますか?」

 会議机の上を這うように広がる青い光が、レヴィの紫の髪を妖しく照らし出す。


「レベルも上がって、チュートリアルも済んで、一石三鳥だろうが」

「自己解釈が過ぎる!! 危険でしょうが!!」

 優雅をかなぐり捨てて、レヴィがソータに吠える。最強GM相手にしては随分と砕けた物言いだ。意外と親密なのだろうか。

(あれやっぱ危険だったんだな……)ちょっと虚ろな目でソータを見てしまう。


「そこまでノーコンじゃねえ。俺が手を見ときゃ、安心だろ」

 ソータの言葉に、レヴィの耳が後ろに倒れる。

「メモリさんは危険な人ではありません。だって、僕が見張っていますから」

 会議室の青い照明が、彼の表情をより険しく見せていた。

 なるほど。多分意思疎通に色々問題があったんだろうな。


「──で、だ」

 レヴィの追及から逃げるように、ソータが本題に入る。

「集まってもらったのは他でもない。外縁部の治安維持、今回レヴィに行ってもらいたいんだが」

(えええ。いや、なんか普通に会議始まったな……?)


 ちょっとなんだか悪役の世界征服会議っぽい。ホログラムに浮かぶ地図が、征服目標のように瞬いているのも尚更感があった。

 ソータさんが魔王で、レヴィが幹部みたいな。

 勝手な想像をされているレヴィが、笑顔を保ちつつも、ジトっとソータを睨む。不服有りで、途中で裏切る系の魔族だな、などと中々失礼なことを考えてしまった。『猫系魔族の待遇改善を求めます!』とか言って。

 

「あー、まあ、なんだ。色々聞いてるんだが」ソータが続け、はっとして妄想から戻る。

「ゲームマスターになってるって?」

「……そうみたいです」


 はあ、とソータが頭を抱える。

「二人とも連れて行くか、別のヤツを連れて行くかなんだがな」

 レヴィの目がこちらを向き、慎重にソータへ意見した。


「……それは、是非僕は行きたいですが……」

 二者二様に腕を組んで考え込む。

「正直、外縁は初心者が行ける場所じゃない。せめてLv30は必要だ。それに」

 ソータの目がすい、とこちらに向いた。


「レヴィが安全だと言ってようが、本来は更迭しとくべきじゃねえのか?」

 声に厳しさが混じる。

 ──ぎりぎりと締め上げられるような、強烈なプレッシャーだ。腹に力を込める。

(けど、ほんっとにその通りなんだよなあ!)


「すみません、いや、俺が言うのもなんだけど! 真っ剣っに、ここの人たちの危機意識が心配になってますよ、俺は!!」


 ふ、とソータの表情が和らぐ。

「──これだ。ったく。お客様の方がまともじゃねえかよ」

 むっとした顔で、レヴィが挙手する。

「御覧の通りですから、心配は要らないと思ってます」


「外部の客に諭されてる時点で心配にならなきゃ駄目だろうが」

 思わずソータに共感と同情の眼差しを送ってしまう。


「ソータさん、調べる必要があるとは、僕も思ってますよ。──メモリさんだから話が通じますけど、これが悪意のある人物だったら取り返しがつきません」

 レヴィの尻尾がゆらゆらと揺れている。調査したいのは、レヴィ達側も一緒、ってことか。


「──それで、外縁部にどんな問題が?」

 頭が痛そうな顔をして、ソータが映像を開く。どこかの水路だろうか、薄暗い。

「ああ。先日夜間に水圧調整区画への不測侵入者が居た。猫系亜人種の子どもで、今は保護されてる」


 それだけでレヴィには事情が伝わったらしい。

 表情が険しくなる。

「──珍しいですね。分かりました。様子は、僕が」


「メモリ。えー、メモリ・オージュか。三日後までに、Lv30まで行けるか? それなら、ある程度は外縁部の害獣にも対応出来るようになる筈だ」


 安全な訓練施設、という言葉を思い出す。頷く。

「やります」

 リー・リンゼイの思惑がどちらに転ぶのかも分からない。

 その時になって、何も出来ずに後悔するのは、絶対に嫌だった。



 まずはレベルを上げる為にと、レヴィから経験値の美味しい初心者向けモンスターを推薦された。

 混雑しているかと思いきや、誰もいない。レヴィが木を蹴る。ぼろぼろと何かが落ちてきた。

「うわっ!?」


 モンスターというより、100%でっかい虫。蜘蛛みたいな足のある、長い、ともかく動きが人類には厳しいヤツだった。

 無理な人には絶対に無理な敵だろう。


 が。レヴィ、木を一蹴。バシュバシュと爪で次々と。

 枝から落ちるガルガルを連撃、反転して二匹、タッチして三匹、さらにジャンプ四匹、落ちるついでに二匹を同時に狩り取って、半回転して着地。この間、秒に満たず。


 ──完全に、ネコ。

「どうぞ」

「ああああどうぞじゃない!」

 と言いつつも鳥肌を立てながらダガーで仕留めさせて貰う。レヴィ、ご満悦。


「あの、これ、亜人種の子ども用とかだったり?」

「あ。分かります?」

 分かるわ。猫系には堪らんのだろうなーという動きをしている。

 ──ガルガルね、言われて見れば確実にガルガルしてる。狩る方が。


「亜人種としては、猫系は少ないんですけどね」

「え、そうなのか? レヴィとか、今度行く外縁部とかで──」


「やっぱり、狼と鳥種が多いんですよ。鳥種はきっと、もっと試した人間は多かったんでしょうけど、制御できたのはそれなりの数でしか、なかったんじゃないですかね。僕もそりゃ、自由に空を飛んでみたいとか、思いますから」


 まあ──と自分も想像を巡らせる。

 選んで、亜人種になれるとしたら、俺も。鳥はいいな、って思うだろうか。


「狼は? なんで?」

 レヴィの尻尾が、したん、と揺れる。


「それは、まあ。分かりやすく、カッコイイから、ですかね。力も強いし、社会性もあって、安定している。犬種なのに狼って言ってる人もいて──」


「それは見た目じゃ判断つかなさそうだな」


 ええ、まあ。とレヴィは曖昧に笑った。

「メモリさん。協力して、ソータさんのエリアの難敵、やりませんか」


 レヴィの申し出に一も二も無く乗らせて貰う。現在、Lv22。

 ソータエリアの敵の特徴は、危険度が高い害獣をより一層凶悪化したものが多いらしい。害獣、実に豊富。


 レヴィの鳥獣に二人乗りをさせて貰い、ソータエリアの中程へ進む。

 がっしりして背の低い生き物だが、馬代わり──なのだそう。

 

 二足歩行ながら、鞍上は思ったより安定している。

 走り出せば前傾姿勢で、でかい頭部が進行方向からぶれないのも、その特性か。

 走っている最中も目玉だけがぎょろぎょろと動いている。羽毛の感触が、気持ちいい。


「経験値効率のいい敵を選びましょうか、僕が思うに、オルタロスなどは?」

 レヴィが端末の映像を後ろ手に示す。

「強そう」

「ええ、普段は四足歩行ですが」

 狼に似た四足獣。だが、その体格は普通の狼の倍以上はある。

 太い手足は熊のように頑丈で、背中には鋭いトゲが並ぶ。尾も鎧のように硬質な毛に覆われていた。


「怒らせたり脅かしたりすると、腹部が無防備になります」

 画面の中で、オルタロスが威嚇行動を見せる。立ち上がった姿は、獰猛な人型の獣を思わせた。


「音や仕掛けで。或いは囮で。群れの端から、一匹引っかけて『釣り』ましょう」

「吊る?」

 鳥獣を操るレヴィが少しだけこちらを振り返る。意味ありげな笑い。


「……メモリさんは。本当に、初心者なんですねえ。楽しみです」


 レヴィ、意外と狩りとか、好きなんだろうな。

 そう思わせるきらきらした目をしていた。まあ、そうじゃなきゃGMにまでならないか。

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