第8話『CEO:Mr.J.M.Mのひそかな息抜き』


 薔薇の香る中庭。

 レヴィが白いテーブルにアフタヌーンティーセットを並べていく。

 銀の食器が陽光に煌めき、硝子の中で紅茶の茶葉が舞っている。


「本当に、これでいいんですか?」

 メモリは植垣に隠れながら囁く。

 淡々と、優雅に準備を整えるレヴィを見つめて。


 視線の先には、白いテーブルに用意されたアフタヌーンティーセット。

 どれもこれも甘そうなチョコとプチ・ケーキが並ぶ。

 

 スラリとした体躯に紫の髪。人より細い骨格がどこか儚げで、年齢、性別すら不詳に見える。

 そういえば。年の換算は、人なのか動物寄りなのか。


 猫系の亜人種という存在だからなのか、人間よりも全体的に骨が細い印象がある。

 だから人間の目で見ると、実年齢より若く、更には女性的にも見えてしまう部分があった。

 若いような、老獪なような──幼くも獰猛にも見え。なんとも言えず不思議な印象になる。


「シビルさん、亜人種って若く見えるものですか? 年齢通り?」


 ひそひそと隣に耳打ちする。レヴィの耳がぴく、とこちらを向いた気もした。


「んん~~、若干センシティブな話だが、人より老化が早いものも居れば、遅いものも居るね。レヴィ君は、人寄りだと思うよ」


 レヴィの方を慮りながら、シビルが言葉を選ぶ。

 彼らの細胞は、成長曲線が一定ではない場合がある──と。


 一定ではない、ということは急に老化したり、止まったりするということもありえるのか。

 

 その個体に寄る、のだとなれば、病気や老化の診断がかなり難しそうだ。

 既に診断で「人間寄り」だと出ているのなら、おおよそは、大丈夫なんだろうけど。


「あまり追求するのはプライバシーに触れる。タイセイ君は亜人種の寿命の研究もしていたんだ。結果が出ていればな……」


 惜しむようなシビルの口調に、レヴィの耳がへたりと下がる。これ絶対聞こえてるな、と口を閉じた。

 しかし、この距離のひそひそ話が聞こえてしまうなんて、日常生活に苦労しそうではある。


 古めかしいチャイムが鳴った。

 来客のお知らせに、ピン、とレヴィの尻尾と耳が伸びる。

 

 そして──仰天した。

 

 銀のネクタイを締めた暗褐色のスーツ。白手袋に黒いハット。そこまでは良かった。

 問題は、落書きのような笑顔が描かれた怪しげな黒いフルフェイスマスク。


「やあやあ! レヴィー!」

 芝居がかった大仰な身振りで現れた来客は、レヴィを抱擁し、派手に背を叩く。


 口調まで──いやこれはシビルも似たようなものかもしれないが。

 感激を表わす表現が大げさ。とっても。こういう社風なのか。

 

 全体的に大きな動きで一礼をし、両手を広げ、レヴィが寄ればハグして道化師みたいに背を叩き、ぱっと離れる。

 レヴィが苦笑している様を見るに、いつものことなのだろう。

 テーブルの皿を1つ見て、大仰に驚いた。


「リリー・マリー・アン! 限定十個の品だ! 君、チョコが苦手なのに、これを?」


「ミスタ、お好きでしょう?」


「感動だ……本当に君には隠しごとが出来ないね!」


 マスクを外せば、くすんだ砂色の白髪。疲れた中年の顔に、子供のような輝く瞳。


 レヴィに椅子を勧められ、うん、と頷いてワクワクした様子で席に着く。

 ──お菓子に夢中だ。


「シビルさん、これ絶対見ちゃいけないやつでは」


「うん、まあ、いや……」


 メモリが囁くと、シビルも疲労度極まった目で頷いた。


「ううん、これ、フレーバーはイチゴかい? ホワイトチョコと合わせたものか……いいねぇ」


 紅茶をひと香り、疲れが吹き飛ぶよ、とミスタ・オーナーの視線が蕩けるように、ケーキへと彷徨う。

 レヴィからどうぞと勧められるままに、一口。

 堪能する姿は、本当に、甘いチョコレートが好きなんだなと伝わって来る。


「ミスタ・オーナー。先日の僕の騒ぎは、ご存じですよね」


 静かに口火を切るレヴィに、一瞬ミスタ・オーナーの動きが止まった。


「……知っているよ。昨夜のソータ君の活躍。そして前日の、マサキ君の怪我と、それから。君の……君が、奇妙なスキルの被害に、遭ったと」


 労るように、悲しむように、ミスタ・オーナーが答える。


「申し訳ない。私の責任だ。しかし、今このタイミングで言うとは、君らしくないな」


「アンフェアなのは、趣味ではありません。お茶会という名目でお呼び立てしたのは、僕ですから」


「──いや、そのことは構わない」


 ミスタ・オーナーがチョコレートに夢中の子供のような中年の姿から、威厳のある重々しい責任者の佇まいに、変わる。


「すまない、申し訳ない。こんな最中に、君の呼び出しについ応えてしまった。無論、ただブラン・フレーズの魅力に惹かれてではないよ? 問題から逃げてはいけない。が……君とは、……タイセイとの昔話に興じられる、年の離れた友人のような気がしてね。──いや、言い訳だな。さて、何を、聞きたいのかな? ミスタ・策士君」


 途中、茶化すように口にしたのは菓子のブランド名か。有名な商品名かもしれない。レヴィの緊張が、一瞬和らいだので。


「リー・リンゼイという人物と、『強制執行スキル』について」


 レヴィの言葉に、ミスタ・オーナーは確かにたじろいだ。

 一息、唾を飲み込む。そして静かに目を伏せる。じわりと汗が伝っているのが見えた。


「君には、申し訳ないことを、したね……」


 思わずシビルの腕を掴む。あの言い方じゃあ、レヴィは。


「君の獣性を暴くようなことを、させるとは……。思っても居なかったんだ。あのスキルは、遙か昔に作られた原型を──シビル君に書き換えて貰い、私が手を入れたものだ。あの頃、状況も不安定でね。いざという時の為に、と。しかし、使う間はなく、厳重に封印を重ねて、保管していたが……君が使われたものは、それだろう」


「……え、どういう、それは」


 ミスタ・オーナーが机の上で手を組み、顔を覆う。


「その、つまり。セキュリティの箱が、だね。こじ開けられて居た……ということなんだ。すまない。本当に。私のミスだ……」


「こじ……? え、あの、セキュリティが? こじ開けられるものなんですか?」


 震える手で、ミスタ・オーナーが映像を再生する。

 360度、見えた限り確かに、『こじ開けた』としか言えない有様が表示されていた。


 金属の金庫がねじ曲がり、開けられている。

 そんな馬鹿なとしか言いようのない変形だった。

 

「なんだあれ……」

 メモリの隣のシビルからも、押し殺しつつも唸るような声が上がった。


「──反乱分子停止スキル……ああ、あれか。あれは、確かに……実用出来るものじゃ無かった筈だが!」


 普通の工具では、ああはならない。

 レーザーで切るとか、部分的に爆破するだとか、鍵を偽装するだとか。

 方法は色々ある筈だ。

 

 だが、まるでゆっくりととてつもない力で引っ張り開けられたような変形跡は、なんとも言い難い不気味さを残している。


 すべきでないと思いながらも、メモリは隣のシビルに尋ねずには居られなかった。

「シビルさん。亜人種では、ああいうことが出来ますか?」


「──虎、熊、狼。膂力自慢なら、或いはと思うが……無理だ。いいかい、あの金庫は、当然そういうことも想定して作られている。亜人種の最大膂力でも無理なんだよ、マサキ君ではないが、想定外だ。ありえない」


 だとしたら、一体。どういう方法なら、可能なんだ。

 リー・リンゼイが、解析した? なら、あれを盗んだのも、リー・リンゼイか。その仲間の筈だ。

 ぞわり、とよく分からない悪寒が体を這う。


 勝てない。勝てない勝てない勝てない、そんな奴に。どうやって対抗するんだ。逃げられない。

 そんな悪夢のような恐怖が這い上がりそうになり、体を押さえる。押さえつける。


 そこへ、いつもと変わらぬ穏やかなレヴィの声が、涼やかに響く。


「オーナー。調査を……調査は続けてください」


 落ち着いた声だった。


「幸い、僕は大丈夫です。変調はありません。何なら、今からでも貴方とカードゲームが出来ますよ。このお茶会が終われば、遊んで見ませんか? 僕におかしいところがあれば、その時は、皆さんに任せます」


 にっこりと、相手への敵意がないことを示す、作られた笑顔。

 大丈夫ですよ、と示す為の態度。


「──さあ、お茶の、おかわりを。この話は終わりです、お茶会を、やりましょう。いつものように」


 立ち上がったレヴィが、こちらを向いて僅かにウインクをする。

 退去の合図だ。

 シビルに腕を引かれ、プライベートな、疲れたCEOと猫の執事のお茶会からそっと抜け出す。


「調べよう。私は、スキル解除の方法を見つけるよ。君はどうする」


「僕。僕は……」


 どうしよう、と頭を垂れる。分からない。レヴィの首筋には十字痕が付いたままだ。

 そんなメモリの肩をシビルは、軽く叩いた。


「まず君は、ここのことをもう少し勉強したらどうだい。亜人種のこととかね。君、レヴィ君に慮って、その辺りの事を腫れ物みたいに扱っちゃうようになったら、それこそおかしな事になってしまうかもしれないよ」


 幸い、閲覧権限はあるんだ、色々見てみるといい、とシビルが情報端末を手渡してくれる。

 本来は、プレミアム案内コースの翌日に色々と「ビット」というマスコットが手配してくれるものらしかった。

 

 端末。これで、色々見られるようになるだろう。それから、とシビルが言う。


「さっき調べた結果をオラクルに送ったら、面白い結果が返ってきててね。君の、いわゆる特殊な才能……適正のある『スキル』が見つかった。是非とも使いこなすといい」


 渡された端末を操作し、シビルがステータスのようなものを見せてくれる。

 特殊スキル。自分に適正のある。

 

 もしかして、と一抹の不安とともに、この状況を打開出来る強いスキルかも、と希望に揺れて、開く。

 

 そこに記載されていたのは──《データ観測》

 

 ……。

 …………。え、いや、地味だな!!

 


━━━ BIT観察記録 ━━━

場所:医務室3号室

対象:マサキGM

時刻:15:22-16:47


15:22

・患者、理論構築開始

・端末でアサハGMのライブ配信を再生

・看護RoBO「安静にしてください」

・患者「理論的に問題ない」


15:30

・自動消灯システム作動

・患者「効率が下がる」として無効化

・看護RoBO「目を休ませてください」

・患者「目は問題ない」

・看護RoBO「安静に」


15:45

・アサハGMのライブ配信音量上昇

・看護RoBO「他の患者の迷惑に」

・患者「音楽には治癒効果がある、問題ない」

・看護RoBO「でも寝て」

・患者「睡眠時間は計算済み」


16:03

・理論構築が机上段階から

ホログラム投影段階へ発展

・看護RoBO「ベッドの上で!安静に!」

・患者「非効率だ、体力は回復している。回復速度には問題ない」

・看護RoBO、強制消灯実行

・患者、端末の光で作業継続


16:15

・アサハGMのライブ、アンコール

・ソータGM来訪「休め、寝ろ、看護ロボの手を取らせんな」

・患者「丁度良かった、この理論の実践を──」

・複数の計算式を同時展開

・ソータGM 聞いてる姿勢のまま爆睡(お疲れですね)


16:28

・シノンGM差し入れ持参

「まーくん、おやつだよ!」

・患者「今重要な──」

・看護RoBO「お薬の時間です」

・ソータGM、シノンGMに起こされる

・ソータGM、シノンGM共に退室

・患者「理論的に言って、この時間なら退室が可能」

・看護RoBO「勝手禁止!安静に!もう!助けてー!!」



━━━ BIT所見 ━━━


マサキGMの回復力:A+

理論への執着:SS

看護RoBOへの配慮:F-

※改善の見込みなし

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