第7話『バトル体験』

「ああ、あの……たぶん」レヴィが遠慮がちに微笑んだ。

「シビルさんたち、みんなで協力して『タイセイ』というチームを作っていたんだと思います……」


「ああ、みんなで作り上げた公の顔とか、理想像みたいな」と言いかけて、メモリは言葉を飲み込む。

(や。レヴィの様子見てるとなんか違うな。下手したら悪口になるかも知れない表現か)


 ただ、少し、違和感は残る。

 レヴィ自身はそう言いながらも、タイセイの凄さを純真に信じているように見えた。

(例えレヴィ本人が否定してても、わざわざ、憧れのヒトを貶す必要はない)

 それは踏み込みすぎだ。ここで敵対する必要は一切無いはずだから。メモリは、レヴィの下がった耳を見ながらそう考えた。

 その視線に気付かれたのか──ちら、とレヴィがこちらを窺う。目が合った。興味がある、と勘違いされたらしい。


「タイセイさん、見てみますか?」

 耳がぴんと立ち上がる。語りたくてしょうがないのを、何でも無い世間話のようにもっていこうとしているのがバレバレの態度。

「……そうだな、どんな人なんだ?」

 嬉しそうにレヴィが端末を見せてくる。


(直ぐに出てくるあたり、もしかして憧れの人、いや、推し、ってやつか?)


「これが、タイセイさんです」

 バトルの宣伝だろうか。


 Tai-Seiと書かれた写真映像には、茶褐色の長い髪を後ろで一纏めにした、体格の良い青年が写っている。鍛え上げられた体つきには荒々しさすら漂う一方で、知性を感じる凜々しさも併せ持っていた。

(CEOだって、これがか?)

 薄青い目はサフィラ粒子の光みたいな淡い色合いで、この星の人間らしくも、酷薄そうにも見える。

 何処までが加工だか知らないが、それでもこの人物が、並大抵ではないと信じさせるだけの存在感は発していた。

(普通の経営者じゃない。っていうか、頭脳派俳優の役作りって言われる方が納得行くな)


「確かに、人気は凄そう、だな」

「それはもう! 僕がGMになろうと思ったのも、タイセイさんがいたからです」

 レヴィの声には、感謝と誇りが混じっていた。

 さっきの中傷文を思い出す。

「そっか。じゃあ、も、全部引き受けてた──?」

「そうなんです! メモリさん、分かってくださいますか?」


 レヴィが嬉しそうに身を乗り出す。

(やっぱ、ファンっていうか推しっていうか、か……)

 その熱心な様子に、メモリは思わず笑みを零した。レヴィは誇らしげに胸を張る。


「ゲームマスターとしての力は、皆さんを守るためのものです。より危険な脅威と戦うために。支配だの謀略だの、とんでもない」


 ここのエネミーは実際の害獣を元にした物が多く、討伐方法も一緒だとレヴィは語った。

「メモリさんも、目指してみますか? バグじゃなく正式に。外でもスキルが使えますよ」


 レヴィの提案に軽さはあったが、その目は真剣だった。

 

 ふと、メモリの脳裏に違和感が走る。

 リンゼイから託された青い箱。

 あの『強制執行』スキルは、レヴィを味方にし、メモリをゲームマスターにしただけで済むことなのだろうか? いや、それだけでもかなり──問題なのだが。


 暗い想像に沈みかけたその時、レヴィが腕を引いた。悪戯そうな笑みが浮かんでいる。

「折角ですから、タイセイさんを『体験』して見るというのは?」


「体、験……?」

(人間って体験出来るものなのか???)


 シビルの研究棟へと再び案内された。

 相変わらずゆるい空気感でシビルがにこやかに手を挙げる。


「いいよぉ~、疑似体験システムね」


 シュン、と軽い音を立てて開いた扉の先には、青く光る円形のフィールドがあった。

 足元でスモークを焚かれた中に居るような靄っぽさだ。


「メモリさん、僕も見学させてくださいね。観客サイドに居ますから」

 期待に満ちた眼差しでレヴィがすり寄ってくる。なるほど、これが目当てか。タイセイを観戦しつつ同時に俺のリアクションを楽しもうと。レヴィは嬉しそうに後ろへ待機した。


「メモリ君は真ん中~」

「これってレヴィの迷宮みたいな、インスタンス? ってのじゃないんですか?」

 模様付きの手袋を嵌め、薄いゴーグルをかける。

 昨日の体験からして、こんな大げさな装置は必要ないはずだ。

 

「この星での制限があるんだよ~。面倒だけど、規則に従って~」

 シビルが申し訳なさそうに言う。


「メモリさん。そのまんま体験しちゃったら、ショックで心身異常に至る方もおられるので! あえて薄くしたスープみたいなものです! 安心してご体験くださいね」


「その情報、余計に不安になるって!!」

 ブツン、と突然視界が暗くなった。暗闇から、ぼんやりと足元が明るくなる。

 木目タイル地が見え、辺りの光景がホールに変わった。

 広い観客席の方から「メモリさん頑張ってー!」というレヴィの声が聞こえた。そちらを振りむこうとするも、向けない。

 

(え?)

 視線は目の前に集中している。

 黒い籠手、体格の良い長身。茶褐色の髪は無造作に後ろで纏められ、亜人種の尾のように流されている。──さっき映像で見たままの、タイセイその人だ。

(ああ、これが疑似ってやつか。察するにタイセイへの挑戦者体験っぽいな)

 最前列での全画面映画を体験するような、一方的な共感、同一化だ。

 自由に身動きできないと感じるのは、そういうことなのだろう。挑戦者の視野、音、体感そのものを『見せられ』ているのだ。


「ようこそ皆さん! これこそが最強を決める頂上戦、最強の決勝トーナメント、無敗に挑むはこちら対戦者の──」


 スポットライトが当てられる。酩酊感のある暑さと、自身の視界に入る腕。きらきらとサフィラ粒子が光り、紙吹雪が舞う。

 不思議と熱狂が湧き上がってくる気がした。

 周囲の歓声、期待と羨望の視線。強者同士の対峙に、否応なく盛り上がりを見せる会場。


 手を振って歓声に応えながら、司会の男──白手袋に気取ったハット、フルフェイスマスクには落書きのような笑い顔が書かれた男を見る。

 手を広げるジェスチャーでうやうやしく一礼され。

 亜人種としても最高峰と自負する己の強さを讃えてくる──自然と、メモリは対戦者とも一体化していた。

 頭の片隅で、確かにこれは危険だなとも、チラリと感じる。

(まるで自分事だ。夢の中で、違う人物になってるみたいな臨場感が有る──引き摺られ過ぎないようにしないと)


 だが、視点は容赦なくメモリを共感の渦に巻き込んでくる。

 例えば──その視界は。


 太く締まった腕には虎模様の産毛がうっすらと生え、硬質で滑らかな爪は自慢の武器だ。

 腕力、膂力共に申し分なく鍛え上げて来たもの。

 何ら臆するところはない。相手はただの、人間種。

 がちりと奥歯が鳴る。牙も爪もない、身体も劣るたかだか鍛えた程度の人間種に負けるものか。そんな興奮を感じる視点。

 

 開始の合図に、まずはストレートに殴り掛かる。

 スピード、重さ、申し分ない一撃。確実に当てる、容赦ない一打。それが。

(な?!)


 タイセイはこちらを向いたまま。何故か躱されて居た。

 歯応えのない空気を打った感触に、次、と二打目を叩き込む。

 これだけ間合いが詰まって居ればどうしたって避けようがない。


 が、その二撃目は何故か思った以上に深く、まるで何かに後押しされたかのように沈み過ぎる。

(居ない?! そんな馬鹿な、この一瞬で)


 亜人種でもこの速さで動けるのは、猫か鳥か──後は、なんだ。

 惑乱の中、背後にぞっとする気配を感じ、飛びのいた。タイセイが居る。

 何の感情も見えない顔で、こちらの出方を見るように。


(あ……)

 不意に意識が軽くなる。メモリ自身の感覚が戻った。

 映画の途中で、ひといき入れるように。意識を切り離す。

(恐怖が閥値超えでもしたのか──これが、制限か?)そう考えながらも、データ観測スキルを展開した。


 視界に広がる情報を読み取り、タイセイの身体能力の高さに驚く。しかし、それ以上に。

 

 タイセイ 動揺度:0%

 スキルを使い始めて早々、まるで見覚えのない数値にメモリは思わず絶句した。

(嘘だろ?! ゼロなんてあり得るのか?! 行き交う人誰だって、落ち着いてても最低2~4%程度は──)

 対戦者と動揺がシンクロしてしまう。あ、と思った瞬間には、衝撃が来た。


「ぐ、うっ……!」

 腹部への重い一撃。気付けば倒れ込んでいた。逆光のタイセイは何も変わらぬ冷静な目をしたまま。

 バトルへの熱も、勝利への欲望も感じられない、冷めた目で。二撃目を叩き込む。馬鹿な、と驚愕が襲う。本当に人間を相手にしているのか?

「──!!」

 余りの衝撃、痛みに内臓がのたうち回る。嘔吐感に胸を押され──メモリは完全に『敗者』の感覚と一体化していた。殴打など、傷など受けていないのに、全く同じように痛む──。


「ストップ! ちょっとまった!! メモリ君引き摺られ過ぎ!!」

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