第4話『商店街の人々』
(特殊スキル……俺に合ってるスキルか。もしかして、この状況を変えられる強いスキルかも?)
期待と不安で胸を膨らませながら、画面を開く。
そこに表示されていたのは──《データ観測》
(……)
(…………え、地味!!)
周囲の情報を数値化して見えるようになった。ただし、自分の知識の範囲内でしか表示されない。
──うーん、普通に地味だ!
とはいえ、データの意味が分かればきっと活用できる、筈だ。
(まあそもそも俺、それが生業だった訳だしな……)
まずは知識を増やそう。
そう納得して立ち上がった背中を、レヴィがトン、と叩く。
「うわ! 気配消して急に背後に来ないでくれる?! レヴィ……」
「いえいえ僕は監視役ですから。それで? メモリさんのスキルは、どのようなものに?」
「……『データ解析』だって」
「え。じ……、すご、堅実な感じですね?」
言葉に詰まったのを誤魔化すように耳をぱたぱた弾いてレヴィが言う。
「地味って言おうとしただろ。正直、俺もそう思う」
「いえそんな。実用的とか重要とか……ですよ」
レヴィが目を逸らす。
(『とか』って。完全に地味って言いかけたな)
「スキルが分かったのなら、折角ですから、買い物にも行きませんか?」
にこにことレヴィに手を引かれ、中央広場の商店街へと連れられた。
「ご新規さんですね! タイセイ様時代からの名物、ファル商会へようこそ!」
商人の言葉にレヴィの耳がピクリと動く。
さっきも聞いた名だ。
「タイセイさんって?」とメモリが尋ねると、
「ああ、以前の総GMですよ!」商人が目を輝かせる。
「三年前までここ、コグニスフィアでは『無敗』として知られたタイセイ様の!」
少し困ったような顔をして、レヴィが説明を引き継いだ。
「コグニスフィアを変えた人です──こういうもの、すべてを」
レヴィが杖を掲げると、青白い小さな光が杖に集まる。
「誰でも扱えるように」
(へえ……魔法みたいに見えるけど)
よく見ると、むしろ光の粒を集めて、それを放電させているみたいにも見える。
メモリが手を伸ばすと、指先でピリピリとした振動を感じた。
「昔は魔力と呼ばれるものだったんでしょうね」レヴィが杖を振ると、集めた粒子が青白い雷となって走る。
「今では僕たちの
「スキルって、これかな」メモリは自分の『データ観測』を展開する。
「それはまた別──いえ、同じですかね。
でも、とレヴィが続ける。
「メモリさんは今、──ゲームマスターと同じ」レヴィの耳が不安げに揺れる。「本来ならあり得ない状況なんですが」
「えっと。その、タイセイさんは今どこに?」
レヴィの耳が下がるのを見て、慌てて話を変えようとした。
「引退されました」レヴィの尻尾が静かに揺れる。「だから、今は僕たち6人のGMで運営しています」
空中商人が話に加わるように、降りてきた。「レヴィ様もお強いですよ!」
「どうですかあ~レヴィ様! 新入りさんにぴったりのものがありますよ?」
商人が取り上げたのは、青く輝く短剣。
「セラフブレード! 武器として使えるのはもちろん、中のサフィラ結晶で魔力を増幅できます。レヴィ様のお連れでしたら特別に、500ケイドルで!」
レヴィが小声で解説してくれる。
「10ケイドル、メモリさんのところの通貨換算で15倍ほどですね」
意外とするもんだな、と思ったが定価からすれば三割引だった。
魔術防御もついているらしく、かなり得といえた。そもそも必要かどうかを悩んだ末に購入を決める。
「支払い方法って──」
「プレミアムコースには商品購入特典が含まれてまして」レヴィが耳を揺らす。「一定額まで、追加料金なしでお求めいただけます」
(……まあ、あの金額だもんな……)思わずメモリも納得した。
次に出合った商人が見せてくれたのは、まるで生きているように薄っすらと光が表面を撫でていく、濃灰色の革ベルト。
「いらっしゃい! 今日の目玉はこれだよ!」
「セイバーベルト! 装着するだけで防御力が上がる上に、軽くて使いやすいよ! 武器を手持ちしなくていいロック付き!」
商人の言葉と共に、濃灰色の革ベルトが宙に浮かび、ゆるやかに光を纏いながら舞い踊る。
両側には武器や道具を下げられる留め具が並んでいた。
「それに、このベルトは装着する武器に合わせて形を変える。どんな武器でも、まるで無重量のように身につけられるんだ」
装着してみると、微かに武器の重みを感じる程度。
むしろ適度な重さで、携帯している実感があって丁度良かった。
最奥の店は、透明な棚に様々な装備品が浮かんでいる。
「まあ、ゲームマスターのレヴィ様がご案内とは。これは特別なお客様ですね」
店主は月白の長い髪を優雅に束ね、琥珀色の瞳が印象的な女性。狼の耳と尻尾を持ち、立ち居振る舞いに気品が漂っていた。
「ルカ・シルヴァーウルフと申します」
その名に相応しい銀色の光沢を帯びた狼耳が、愛想良く傾ぐ。
レヴィがこっそり耳打ちした「ここは何でも高級品です。でも、どれも価格にふさわしい性能ですよ?」
「へえ……」メモリが、ふと目に留まった棚の奥を指す。
「グラビティブーツ?」
「あら、目利きですこと!」ルカが手を翳すと、黒く重厚そうなブーツが浮かび上がる。
「亜人種のように自在な動きを可能にする、当店の目玉商品なんですよ」
「亜人種のように、って?」
「はい!」レヴィが嬉しそうに説明を引き継ぐ。「僕たち亜人種は生来の身体能力で壁を走ったり、高く跳べたりするのですが──」
「このブーツなら、人間種でも同じように。重力制御で、まるで猫のように軽やかに」
「ブーツの補助があれば、メモリさんでも壁を足場に動けますよ?」
レヴィの言葉にルカが頷く。狼耳がふわりと揺れる。
「そうです。ブーツ底部のサフィラ結晶が重力を調整してくれますよ──お試しに?」
ルカの琥珀色の瞳が微笑んだ。
メモリたちが中央市場を後にする頃には、日が傾きはじめている。
「本当にいい買い物ばかりでしたね! メモリさんは運が良い」
レヴィがふわふわと尻尾を揺らした。
「や、けっこーな金額になったけどね……特にルカさん、御薦めが上手すぎる」何しろブーツが最高額だ。けど普通のブランド品と変わらない出来で、試し履きのバッチリ具合も他に考えられないほど。その上でアフターケア付きとなれば買うしかなかった。
そんな会話をしながらも、ふとメモリはひと気のない奥の壁に違和感を覚える。
「あれ?」
メモリの視界に数値が浮かんだ。
(あの壁だけ、強度が急激に低下してる。69%……45%……)
「後はあちらで軽食でも──」レヴィが笑顔で勧めるのを遮り。
「あのさ、レヴィ……数値が、おかしい。腐食性物質の反応値……前職で見たことある」
「え?」レヴィの耳がピクリと動く。
「壁に、腐食剤が仕込まれてる。なんでだ? いたずら?」
悩むようにレヴィが耳を下げる。
「ええ? 壁、ですか。僕の危機察知は、僕自身に危険が及ばないと分からないですが……あっちは森のエリア深部との境界壁で──」
言葉の途中で、突如。レヴィの瞳孔が細まり、杖を取り出した。戦闘姿勢に入る。
「壁の向こうに何かいます!」
レヴィの警告の直後、壁の下部が、轟音と共に崩れ落ちた。
青く輝く半透明の巨獣──角と蹄は鋭く研ぎ澄まされ、狂気に満ちた獰猛な表情の獣が壁を砕き、瓦礫の上に乗り上げる。
鹿を思わせる優美な姿でありながら、獰猛に頭を振り、体表からは制御を失ったサフィラ粒子が溢れ出している。
「ナイトセルヴス!?」
青白い光を纏った巨大な影が、瓦礫を蹴散らしレヴィに狙いを定めた。
心拍数276、体内魔力量457%、暴走レベル:危険──。
「なんかアイツ暴走してる?!」
「ええ、制御不能になってますね、こんなことは──」レヴィがメモリを抱え込んで飛び退いた。
レヴィの杖が光る。「スタン・ニードル!」
おそらくは足止め魔法。だが、捕らえた筈の光の針が、ナイトセルヴスの纏うサフィラ粒子で瞬時に融かされていく。
「厄介な。サーフェイス・フェンス!」
青白い光の障壁が広がり、巨獣を一定の区間に閉じ込めた。とはいえ、内部で激しく暴れ周る。サフィラ粒子が溢れる角で打ち付け、触れた箇所が綻んで行く。そうはもたないだろう。
まだ近くに居た数人の人々が悲鳴を上げて逃げ惑った。
「皆さん、広場の方へお戻り下さい! ここは僕が治めます!」
レヴィが魔術を使いながら、誘導する。
(この数値、パターンがある?)
「レヴィ! あいつ、曲がる時に必ずスピードが落ちる!」
「え、ああ? そうですね、それは」
「エネルギー値が70%まで低下する。その瞬間なら──!」
レヴィの目が輝いた。
「分かりました! その瞬間に足止めします!」
レヴィの詠唱が響く。「第二循環門を開き──フルグル・サージ・ランス!」
紫電がナイトセルヴスの進路を阻む。
巨獣が方向を変えようと減速した瞬間──。
「今!」
レヴィの雷の針が、ナイトセルヴスを地上に縫い付ける。メモリが駆け出した。セラフブレードが青く輝きを増す。
(ここだ──角の付け根の間、防御力12%!)
額の弱点に、刃を振り下ろした。粒子が絡みつく奇妙な抵抗がある。
それを押してガキン、と突破した。途端、頭ごと振り回される。
「メモリさん! 危険なことは──!」
慌てるレヴィの声が聞こえる。が、メモリは振り回された反動を使って、ナイトセルヴスの背に乗り上げた。
「暴走で、可哀想だけど!」腕に力を込める。
「害獣のデータです! 同情してる場合じゃないです、メモリさん!」
なら容赦不要、ともう一度、とセラフブレードを押し込む。
ばちっ、とナイトセルヴスの体に亀裂が走った。メモリの周りに暖かな光が輝き走る。
ぎぃい!!とナイトセルヴスの吠え声が響き、弾けるように光の粒子となって、消えた。
「お見事です!」レヴィが駆け寄る。
「いきなり走り出された時は驚きましたが……」
「いや、レヴィの足止めのおかげ。あの壁、どうする?」
「そうですね。そもそも壁が壊れるなんて──あれ? なんですこれ?」
レヴィが瓦礫から光るカプセルを拾い上げた。途端、クラッカーのような音が炸裂し、空中に文章が浮かぶ。
流麗な流れ文字が描かれ、そして空気に解けていった。
『タイセイはコグニスフィアを使って人々を支配しようとしている』
「な……」
メモリが意味を受け取りかねている横で、レヴィが怒りに体を震わせた。
「冗談でしょう、まだこんな馬鹿げた話を信じる人が……辞めてまで、タイセイさんをなんだと思ってるんですか……!」
レヴィの瞳が獣のように細まる。初めて見る、この穏やかな案内人の憤怒の表情。
「こんな破壊活動をする輩です、くだらないデマを──だいたいタイセイさんはですね」
その時、パチッ、と新たな文字が浮かび上がった。
『奴が去った後、亜人種への風当たりは強くなっているはずだ。騙されるな』
レヴィが絶句する。
水を浴びせられたように耳が、尻尾がへたりと力を失った。
「違います……そんなことは、ありません。どうしてこんなことを、再び──」
レヴィの耳が、悲しそうに下がる。
──タイセイ、って。慕われてたのか? それとも──。
メモリはまだ何も知らない。だがこの瞬間、確かに感じ取っていた。
この世界が抱える、複雑な影を。
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