第3話『俺の為に争わないで!』※バトル有り

 ぶわりとレヴィの尻尾が広がる。

 瞬間、部屋が視界から消え失せ、周囲の光景が赤レンガで組まれた複雑な迷宮に移り変わった。

 ゴト、ゴトと重い音を立てて、ブロックが落ちていく。

 抱えられ、上に跳びながら塔の小部屋へ。壁を背後にレヴィが釈明する。


「ソータさん! 待ってください、僕は──」

「迷宮作ってる時点で問答無用だろうが!!」


 ソータと呼ばれた男が、刀を抜くのが見えた。

 どごお、と横の塔が崩壊する音と振動が伝わる。

 

「降りてこい!」


 ソータの声と共に、メモリの居る塔に、ぐるりと青く光る水流が巻きついた。

 まるで実態のある蛇のように、煉瓦に食い込んで重く軋んでくる。


「うそ、だろ、なにこれ?!」

「ソータさん。バトルエリアのゲームマスターで……」


「お前自分のインスタンス、崩壊させてえのか! この馬鹿猫ォ!」


「直球の差別発言ですよ!! 猫じゃなくて亜人種です!」

 小窓から顔を出して叫んだ途端、水の矢が飛んでくる。レヴィは躱したが、後ろの壁は貫通して穴が開く。

 やりとりの間にも塔が足元からギシギシと崩れる嫌な音が響いてくる。


「ったら最初から逃げてんじゃねえ!」


「レヴィさん、あの人の言う事にも理があるよな。なんで逃げ込んだんだよ、俺を差し出せば良い話だろ!?」

 ごっ、と足元が崩れる。レヴィに抱えられ、再び跳ぶも──。


「第一循環門、開!重盾展開──セレストシールド!」

 ソータから放たれた光の礫を、レヴィが魔術の結晶板ではじき返す。

 続けざまにどおん、と蒼く光る水の柱が立ち上がる。

 瞬間、別の塔に着地するもレヴィが再び跳躍。

(跳んだり跳ねたりで割と吐きそう!)

 着地を感じると同時に、足元が崩れ落ち、更に跳ぶ。


「いやこれまずいって! レヴィさん降りて──」


 す、と眼下の剣士が刀を引き、身を沈めるのが見えた。と思うや目の前に迫るまで跳躍する。

 刀が煌き。

「フルグル・サージ・ランス!」

 レヴィが雷で叩き返す。


「おっまえ! マジか」

 ソータが更に水流で追うも、反動でレヴィとメモリが別の塔へと着地する。


「第一循環門を開き! 来たれ来たれ神気の──」

 ゴッ、とレヴィに引き倒された直ぐ上を蒼光の塊が薙いで行く。


 レヴィの詠唱が止まった。

 黄金が突っ込んでくる、と思うも瞬時。風圧。

 音と光に身をすくめた。音が消える。


「カフッ……」

 黒い外套。派手に流れる、金の髪。


 ──煉瓦に、首の皮一枚、刀で縫い付けられたレヴィの姿。

 ソータがレヴィの胸の上に膝を乗せ、制圧していた。


「レ、ヴィ、さん……?!」


「──……大丈夫か。そこの」

 ソータがぎろりとこちらを見る。寒気がした。メモリが反射的に返事をする。


「大丈夫、です。ってかレヴィさんは何も! 俺を守ってくれただけで!」

 離してあげてください、と頼めば。


「コイツに何かされたとかじゃねえんだな?」


「はい! むしろ、暴走したロボットから守って貰って……」

 肌に刺さる程の、びりびりとした圧が消えてふっと楽になる。剣呑さが消えた。

 ソータと呼ばれた男が顎に手を当てて首を傾げ、分かったと頷く。レヴィの上から退いた。

 

「け、ほ……」

 レヴィが起き上がる。


「おい。これ、解け。大体先に逃げるな。怪しいところがあると思っちまうだろ」

 黄昏色に赤レンガの迷宮が、ぱらぱらと崩れるように溶けて消えた。

 元通りの、静かな室内に戻る。


「酷いです……問答無用じゃないですか」

「逃げる方が悪い」


 ソータが刀を収めた。

 つい、驚いて飛び上がった猫みたいな逃げ方だったもんな、などと思ってしまうも口には出さず。


「ロボットの暴走が原因か? しかしそもそも何でエラーになったんだか──悪ぃな、医務室行くか?」


「だい、じょうぶ、です。後、ドアとか壊さないでいただければ」

 レヴィの言葉に、ようやくソータが笑みを見せた。

 

「さっきのレベル8警報、GM全員に飛んできたぞ。何も無いならそれでいい。ったく、ここんとこどうも施設の異常が多いな」


 入口にそっと居た、ほんのり青い小動物にソータが振り返る。

「──ビット! 『問題なし』だ、『問題なし』。帰るぞ!」


 がきょ、と変な音を立てるドアの向こうにソータが去り。

 レヴィが床にへたり込む。今、鉄が変形した音聞こえたよな。

 

 多分最初の一撃で既に壊れてるんだろうけど。

 丁寧に引き戻して行ったんだろうけど。


「ひどいめに……」

 レヴィが棚につかまりながら、へなへなと立ち上がる。

 逃げたのが悪いと言われればそうかもしれないが、流石にレヴィだけが悪いとは到底、言えなかった。

 

「医務室、ってあるんだな……行かなくていいのか?」

 レヴィが首元を鏡でチェックする。


「血が出てるじゃないですか……とても痛い……」

(いや、見るからにすっごい薄切りでかすり傷だけど)

 ごそごそと棚からシートのようなものを出し、自分でぺたりと張り付けた。


「メモリさん、あの乱暴者がバトルエリアのGM、今代最強と名高いソータ・ラングエールさんです」


「乱暴者って……」

 何だろう、凄く自業自得な気がしてしまう。守られておきながら、本当になんだけれど。

 

「とにかく今日はお休みください。明日、メモリさんのことは診て貰いましょう」


「えっ?」

 それはレヴィの身だって危険になるだろ、と言おうとして、遮られる。


「あのですね」とレヴィは続ける。

「あなたが何をするか分かりませんから、当分は僕の監視下に置かせていただきます、という意味です」

 身柄確保ということか。そういうことなら、と頷いた。


「はい。ではメモリさんは、暫く僕の邸宅で過ごしてください」


 想定外だ。不正調査どころか逆に監視下へと置かれる──そんな展開は予想していなかった。 

 普通なら即座に通報されるはず。

 あのソータに引き渡されても不思議ではなかったのに、匿うような行為を。

 

 レヴィは「スキルは効いていない」と言ったけれど……本当にそうなのか?


*


レヴィに連れてこられた建物は白基調ながら、天井が高く続く不思議な回廊のようだった。


 その奥の扉を開けると広がっていたのが、電子映像が無数に空間を埋め尽くす、電子空間のような場所。機器の中程に座っていたのが、白衣のシビルだった。ラボラトリエリアのマスターと言われるに相応しい光景だったが──。

 

「いらっしゃ~い、レヴィ君~」

 ふわふわした口調で、眠そうに階上の機械から降りる。白衣が翻り、ロングニットからショートパンツが露わになった。

 青白いヒールシューズを履いた足がふわりと床に降りた瞬間、光の波紋が舞う。


 研究者らしき姿のシビルは、青みがかった白髪を無造作に後ろで纏め、とろんとした青い瞳をしていた。

 サイドに前髪がかかり、ちょっとルーズにも見える。あまり頓着なさそうに、黒タイツの上へニットを被せ直した。


「昨日はお疲れさまだったねえ」

 シビルが空気中に舞う光を手で払う。

 

「あの、このふわふわ光ってるの、人体に悪影響とか……」

 当たり前のように空中を舞う光粒子が、昨日から気になっていたので、聞いてみた。

 

「ああ、サフィラ粒子ね」とポケットから、ほんのり泡が光っているボトルを手渡される。

「昔にはチェレンコフ光と呼ばれた類いの輝きなんだが周囲のガス星雲の配置のお陰かサフィラ粒子の特質かともかくこの惑星では可視的によく光るもので──、ま。いいや。摂り過ぎなければ無害だよ~。飲んでみる?」


 早口で説明を始めるも、メモリに全く興味が無さそうな気配を察したものか、突然に解説を取りやめた。


「え、いや、摂り過ぎたらどうなるんです?」

 恐ろしげにメモリがボトルを光に透かせる。


「高密度に限るけど。ひっどい下痢になる。この星の幼児の通過儀礼だね~」

「…………そんなもんなんですか」

 と引いているメモリの横からレヴィが手を出し、ボトルを振る。

「最初は驚きますよね。これは、着色料にも使われてて……」レヴィの手の中で、輝きが一層強くなった。

「無理はしなくていいと思いますが、子どもに人気のドリンクですよ」

 一口くらいは、と口に入れてみる。

 メープルシロップのような香りと強烈な甘さに、喉から奥までシュワシュワ弾ける感覚が残った。不思議な味だ。


「さて、調べた結果なんだけど」

 シビルの指が端末を踊るように操作し、モニタを目の前に下ろしてくる。

 画面上は赤警告だらけで、エラー音が鳴り続けていた。うっ、とメモリがたじろぐ。

「全然操作を受け付けないんだよね」

「なんと」

 レヴィの声は穏やかだったが、尻尾が一瞬だけ強張る。

 メモリからすれば大変な事態の筈だが、どうも二人に緊迫感がない。

 シビルは端末を弄りながら、ため息まじりに続けた。

 

「もっと上位権限……バックドアかな。大規模な調査が必要になるかも」

(とんでもない大問題だよな? なんだこの緩い感じ?!)


 シビルがメモリを見上げる。

「ええとね、メモリ君」

 明日の買い出し当番は君だよ、位の温度感で。


「君、ゲームマスターになってるんだ」


「「え?」」

 レヴィとメモリが思わず声を揃えた。


「プレイヤーなのにGMの権限を持ってて、レヴィ君の上に特殊権限が──」

「じゃあメモリさんが今の、僕の上司ってことですか?」


「まあそう。タイセイ君みたいなポジションに入ってるんだよねえ」

「……タイセイ?」

「えっ、どうして、何故ですか!?」

 レヴィの尻尾がふわりとふくらんだ。


(リンゼイさん、スキルを書き換えたって言ってたけど。何をどう弄って、そうなってるんだ?)


「管理者権限でもないと無理な筈なんだけどね」

 これ、メモリ君が悪党だったらとんでもない事態になってたよ、とシビルは困ったように笑みを浮かべた。正直困ってる場合じゃない。


「凄く丁寧に、限定的に書き換えられてて……なんていうのかな。実権のない名ばかり店長みたいな立場にされてるのがメモリ君」

 そういえば、と思い出す。リンゼイさんが「安全化を施した」とか言っていた筈だ。それのことだろうか。


「メモリ君、お店には居るけどスタッフ全員から無視されてて、実働は全部副店長が握って、発言権はないけど印鑑だけ使われてる~みたいな感じ」

 ゆるふわにえげつない比喩を持ち出された。

「……それ、俺はどうしたら」

「これタイセイ君がロストした旧管理者権限がないと無理かも……」


「じゃあそのタイセイって人に」

「ん~、連絡がね。一ヶ月くらい先になるかな……」

 全く危機感のないシビルたちに、思わずメモリが声を荒げてしまう。


「ここの危機管理どうなってるんですか!! 緩すぎるでしょう!!」

(不正調査で潜入してる人間が言う言葉じゃねえーーーー!)


 頭を抱えながらも、どうしても、我慢しきれなかった。何故かレヴィとシビルが視線を交わし、シビルが不可思議な笑みを浮かべる。


「レヴィ君の危機察知能力は確かだから。私もこれから本格的に調べるよ? 安心して」

 力こぶを作るようにシビルが華奢な腕をぐっと上げた……駄目だ。全然伝わってない。脱力してしまう。


「あと、ミスタ・オーナーにも報告しておくからね」

 その言葉にレヴィの尻尾がピンと跳ねた。シビルが意味ありげに微笑む。

「プレミアム案内コースの弊害かもしれないものね~」


「ミスタ・オーナーって?」

「現CEOだよ。富豪向けプレミアム案内コースを設定した張本人」シビルがくすりと笑う。


「お金持ちなら変なことはしないはず、なんて甘い考えで設定したのも彼なんだ。またいずれね」

(もう嘘だろ、全員ゆるゆる危機管理じゃないか!! なんでそれで重大インシデントが起こって無いんだよ?! 心臓に悪すぎる!!)


「あの……、因みになんですけどね。そんなに高額なんですか?」


「1チケット15万ケイドルほどだけど。なに、プレゼントでもされた?」


 その場に倒れそうになった。ボーナス三倍分。

「ええそう、そうです、富豪にプレゼントされましたよ!」

 ほぼ自棄っぱちで答えてしまう。

(誰が買えるんだよそんなチケット!  リンゼイさん!! 潜入どころか初手で目立つことしかしてないんですが?! 大富豪探偵かなにかかな?!)


「そっか~。まあそれはおいといて」シビルが端末を差し出す。

「いや、おいとく場合じゃ」


 ずい、と近寄られて思わず仰け反ってしまう。

「オラクルコア──中央演算システムが、君の『スキル』を決めたみたい」


「あ、え? 俺の?」

「そう。ただし、レヴィ君に継続監視してもらうことにはなる。いいかな?」

「はい。僕も気になりますし」

 レヴィもすかさず頷いた。レヴィならどうにか出来るという信頼だろう。


 勿論、こちらも暴れたりなんかすれば即拘置されても仕方ない、程度の分別はあるが──それは、俺の、常識である。この二人には通用しなさそうだった。


「確かに様子見は必要だけど」シビルの声が優しい。

「一応お客様だしね。ゲームを楽しむ権利はあるでしょう」

 と、柔らかな微笑と共に、ノート型と、腕時計リストバンド型の端末を手渡された。


(もう駄目だ、この人たちにセキュリティがとか言っても通じる気がしない)

 心底頭を抱えこんだ。これは俺のことを『泳がせ』て様子を見ようとしてくれてますように! と祈ってしまう。本人が強いせいで、危機意識が薄いんだろうか。


 謎の頭痛を抱えながらも、監視役のレヴィと共にラボを後にした。

 その上、リンゼイの狙いや目的が、ますます謎めいてしまっている。


 こんな丁重なVIP潜入捜査があってたまるか──、なんだけど、なんだよなあ俺の立場……!!

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