第4話『壊れた首輪 -強制執行スキル-』
■004
リー・リンゼイとのやりとりを思い出し、メモリはポケットに入ったままのスキルボックスを確認する。
「どうしたんですか?」
何の疑問も持たずに近寄るレヴィに、ひやりとする。
「駄目、やっぱこれ……無理」
勝手に振り込まれた金は返そう、なんとかして。プレミアム案内コースとか、良い夢見たけど。
──って。
「え?」
目を疑った。スキルボックスが勝手に開き、起動している。
ぴん、とレヴィの耳と尻尾が反応した。
獣の警戒反応のように、瞳孔が細く絞られる。
「なに、何ですかそれ……危険なものじゃ」
レヴィがメモリの手からスキルボックスを取り上げようとして、もつれ合う。
セキュリティロボットが、こちらを向いた。
(あれに使ってしまえば──!)
セキュリティロボットに向かって投げる。
メモリは甘く見ていた。レヴィという獣の特性をもった人間の、その瞬発力と、動体視力を。
思わぬ素早さでするりと身を翻したかと思えば──レヴィが飛び込み、『それ』を手に捉えた。
瞬間。光の輪がレヴィを包み込み、収束する。
──『強制執行スキルを発動します』
「……っ?!」
レヴィの体が、揺れ、膨らみ、再び立ち上がる。
煙たいほど優雅な仮面が剥がれ落ちるように、表情が歪んだ。
「う……うううううう!」
耳が激しく震え、尻尾が逆立つ。首元を押さえ、苦しげに。
人の手をした指先の爪が、抗うかのように伸びかけては抑えられ。
激しい呼気を繰り返す口からは牙が除く。ばり、と制御しきれないような紫の雷が全身を覆う。
周囲で、おびえたようなざわめきが広がった。
さっきまでのレヴィの姿からは想像がつかない、恐ろしい形相──。
「嘘、なんで……レヴィ?!」
メモリの怯えを見て、レヴィがはっとした表情をする。
首を押さえて、よろめき、後ずさった。激しく呼吸を整え、体を震わせる。ひどい消耗が、見て取れた。
「──! ……失礼、しました」
苦しげに呻いて、レヴィが呆然と己の手を見詰める。
「権限エラー! 異常ヲ検知!」
警報が鳴り、セキュリティ・ロボットが攻撃行動に移る。
「危ない!」
レヴィがメモリを突き飛ばして背後に匿う。
しなやかな動きはまさしく獣のようで、その背中からも確かな強さを感じさせた。
「メモリさん、怪我は?」
振り返った顔は優しいものの、その目は狩りの最中のように鋭く周囲を警戒している。
「セキュアくん! ストップ! ──テック、早く来てください!!」
混乱の中、レヴィは咄嗟にメモリを抱え上げ、自身のエリアへと跳躍した。
遠ざかる背後で、誰かが──長い銀髪の男が用済みになったスキル・ボックスを回収した姿は、不思議な事に誰にも気付かれなかった。
*
無茶苦茶な上下運動と揺さぶりに、慣れない重力と加速。
メモリが完全にグロッキーになっている横で、レヴィが何処かと通信していた。
「……、僕の上位権限が書き換えられている……」
セキュリティロボットの暴走は、事故として処理済だ。
ただ、レヴィ自身にかかったスキルの正体が、分からない──として。
ネクタイを緩めた左側の首筋に、十字の痣のようなものが残っていた。
なんらかの、罪人の証のように。
「メモリさん……貴方、とんでもないスキルを持ち込んでくれましたね」
した、した、と尻尾が苛立つようにリズムを打つ。
「こんなもの使えば、一発で強制退場──どころか、更迭ですよ、更迭。何を考えてこんなことを」
「す、すみません……ごめんなさい……」
平謝りに土下座するメモリへ、レヴィが深々とため息を吐いた。
「……いえ、謝罪ではなく。僕は理由を聞いているんです。何故かを教えてください」
「それは、その……」
沈黙のあと、じっと黙ってメモリの言葉を待つレヴィに気圧され、ぽつぽつと話始めるメモリ。
メモリはリーとの出会い、コグニテック社の不正疑惑、強制執行スキルについてレヴィに説明した。
何一つ覆い隠さずに。
話を聞いていたレヴィの耳が怒りの角度からじわじわとぺったり、困った時の角度に変わっていく。
「なるほど……。気になる話ですね。ただ、メモリさん、どう考えても騙されてます」
「うん、や、あの、他に選択肢が無かったっていうか……」
「というか全方位で信用出来る要素が一つも無いです! 怪しすぎるでしょう!!」
しどろもどろなメモリに、レヴィがカッと目を見開いた。尻尾がしたんしたんと絶好調にその辺を叩きまくる。
抑えようとしてもままならないのか、ふう~っと息を吐いて顔を覆い。
「その上、コグニスフィアに不正? そんな余裕どこにあると思ってるんですか」
その内うなり始めそうなレヴィを見てメモリが頭を下げる。
「ごめん! もうほんと、すみません!!」
手慣れているほどの綺麗な角度の頭の下げ方に、レヴィが冷たい目を向けた。
「……軽いなぁ。もう……」
「軽いとかじゃなくて! ほんと! 俺もどうしていいのか分かんないから! 謝るしかなくって!」
レヴィの口元がむにむにと動く。怒りきれなくなってきたらしい。
ふうー、っともう一度深々としたため息を吐いて、メモリの前に座り直す。
「スキルは確かに効いた、ように見えました。でも、僕の意思はこの通り、残っている。それに、貴方を、その……傷付けかける事まで、出来ました、し。……失礼ながら。その、あの時は、すみません」
言いづらそうに、メモリを襲いかけたことを、謝罪する。
レヴィは自分の手を見つめた。爪がまだ完全には収まっていない。
「まるで誰かが、意図的にこうさせたみたいです」
冷静に呟くも、その尻尾は不安げに揺れていた。
レヴィの説明を聞くほど、ただただ気持ちが塞ぐ。
「使い方によっては非常に危険……不完全とはいえ権限を書き換えられるなんて……まずはテックに相談……と。セキュリティは一時的なエラーで済んだようです、が」
次々事務的に処理を進めていくレヴィに、メモリは項垂れた。
ここでもまた、自分は何の役にも立たないという無力感に苛まれる。
「レヴィ、さん、本当にごめん。俺……」
「レヴィでいいですよ。もう謝らないでください。それよりも、力を貸してもらえませんか?」
「え」
くるりとレヴィが振り返る。まだちょっと怒っているような顔をしているが、それはメモリに対してではない様子だった。
理不尽というか、問題にというか、何か、そんな感じだ。
「出来ることがあれば、何でも! やれることなら何でもやるよ!」
「はい、ありがとうございます。そのリーという人物、慎重に調べないといけません。それに──」
食いついていくメモリに、冷静に返してレヴィが思い悩むように目を閉じる。
「今のあなたの状況を考えると、私の居住区で過ごすのが最善でしょう。ここなら安全ですし、スキルの件も調査できます。今日はここまでにして、お休みしましょう。僕の家、空き部屋は沢山作ってもらってあるので」
「んっ? え、いいの? ありがとうございます?」
話が済めば即座に更迭でもされるのかと思っていたメモリは面食らう。
「ただし、メモリさん。あなたがこれ以上何をしでかすか分かりませんからね。当分の間は、僕の監視下に置かせていただきます!」
「は、はい。すみません、ごめんなさい」
「あのですね、貴方自身にも悪影響のあるスキルかもしれないんですよ? あなたは、騙された被害者かもしれない。ですからまずは上位権限のあるソータくんか、シビルさんに調べて貰──」
その時、バタンと大きな音を立てて扉が開いた。
刀を担ぎ、鋭い目つきの男が入ってくる。水流を操っていたバトルエリアのGM、ソータだ。ぶわりとレヴィの尻尾が広がる。
「おい、どうなってる」
「ソータさん! いえ、僕は。この通りです」
胸を張り、異常がないことをレヴィがアピールした。耳がぺったりと下がり、尻尾は太く震えたまま。
じっ、と冷たい金色の目がレヴィを観察する。
平然と余裕を見せるレヴィの、尻尾の先端は怯えるようにゆらゆらと揺れていた。
「──……大丈夫か。そこの」
自分のことだろうと、メモリが反射的に返事をした。
「はい! レヴィさんに助けて貰いました!」
ソータが顎に手を当てて首を傾げ、分かったと頷く。
「ロボットの暴走が原因か? しかしそもそも何でエラーになったんだか──悪ぃな、邪魔して」
「邪魔というか、ドアを壊さないでいただければ」
レヴィの返事にソータがにやりと笑った。
肌に刺さる程の、びりびりとした圧が消えてふっと楽になる。剣呑さが消えた。
「今のレベル8警報でGM全員飛び起きたぞ。ったく、びびった。まあ何も無いならそれでいい」
入口にそっと居た、ほんのり青い小動物にソータが振り返る。
「──ビット! 『問題なし』だ、『問題なし』。帰るぞ!」
がきょ、と変な音を立てるドアの向こうにソータが去り。
レヴィが床にへたり込む。今、鉄が変形した音聞こえたよな。
多分最初の一撃で既に壊れてるんだろうけど。丁寧に引き戻して行ったんだろうけど。開くのか、あれ。
「斬られるかと……」
レヴィが棚につかまりながら、立ち上がる。
分かる。めっちゃ怖かった。殺気というものがあるのだとしたら、あんなものなのかと、驚いた。
本当に、全身を締め付けられたように、動けなくなる。
見えないのに、触覚として感じる、痛みの針。
「……でも、良かった。ソータさんなら直ぐに、暴走も『解決』してくれるでしょうね」
安堵するようなレヴィの言葉はどこか信頼と、悲しみも混じっている。
暴走の解決という言葉が、さっきのロボットに向けてだけではないことを、感じさせた。
メモリは複雑な思いを胸に、したん、したんとしっぽを揺らすレヴィについていく。
支配下に置くどころか、監視下におかれてしまった──まさかの、予想もしなかった方向に進み始めていた。
強制執行は、『絶対的な味方』──あれ?
レヴィは、権限の書き換えだと勘違いしてたんじゃあないだろうか。
だって、普通なら、警備や外部へ即座に通報するはず。
何ならさっきのソータさんに引き渡されても、おかしくなかった。
それどころか匿ってくれるみたいな──。
もしかして、スキルは効いてないと言ったけれど……そうじゃないのかもしれない……?
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