第2話『シビルの危険な実験室』
■002
次に向かったのは、シノンのノベルエリア。
ファンタジックな森の中、巨大な図書館が佇む。
「あら、新しい人ね!」
ミルクティー色の髪をしたベレー帽の少女、シノンが本の山から顔を上げた。
その後はアサハの音楽エリア。
海や貝をモチーフにした螺旋階段の迷宮で、床を踏むだけで音が奏でられる。
「音は嘘をつかないもの」
藍色の長い髪をした和装の女性、アサハが静かに語る。
戦略エリア。
「ランクを上げろ。閲覧権限が低いままだと正確な資料が渡せない」
短い黒髪の青年、マサキは素っ気なく告げた。
「マサキくん、そんないきなり排他的な……」
「初心者プレイヤーをベテランの戦術の玩具にさせる気か?」
シビルのラボでは──
「えっ」
突如、足下が抜ける。
「うおあああ?!」
叫び声と共に身体が宙を舞う。その瞬間、風船が弾け、紙の蝶が乱舞──優しい布に包まれた。
その横に、すたんっ、とレヴィが着地する。
「シビルさん! なんって招待の仕方ですか?!」
「ごめんごめん驚いたかい?!」
シビルと呼ばれた女性が、両手を大きく広げながら満面の笑みを浮かべた。
グレージュから白の髪を後ろで無造作に纏め。
青空色に光を返す瞳に、前髪の片側が掛かっている。
神秘的な美貌をした妙齢の女性なのに──表情は元気いっぱいにくるくると変わっていく。
「こういうサプライズも無いといけないと思ってね!」
白衣の下からのぞく黒のタートルネックが、すらりとした首筋を引き立てていた。
白衣の裾が舞い、髪が揺れ、その仕草には、新しい実験道具を手に入れたばかり、とも見える無邪気な喜びが溢れている。
「どうだい!? びっくりしたかな?!」
実験装置の青い光が彼女を照らし、神秘的な雰囲気を纏う。
だが次の瞬間、子供のようにはしゃぎ、無邪気な笑顔を見せる。
シビルはシビルで、年齢のほどが全くうかがえない。思わず目が奪われた。
「ようこそメモリ君、私のラボへ!」
両手で引っ張られて体を引き起こされ、挨拶をする。
「ねえねえ、何か興味ある? 実験してみない?」
ぐいぐい来るな、この人!
「実験って、いきなり言われても……」
「そうだねえ……じゃあ、初心者向けに──」
急に真面目な顔になって、振り返る。
「水質分析、どう?」
(意外と普通!?)
透明な容器を手に取る。光に透かすと、水が微かに青みを帯びて見えた。
「昨日採取したばかりのサンプルだよ~」
分析装置に注ぐと、空中に数値が浮かび上がった。
横には比較用の数字も並ぶ。
「ん、あれ?」
思わず目を凝らす。シビルが興味深そうに覗き込んでくる。
「この数値、安全域だけど……突出してませんか?」
シビルの目が輝いた。
「ほほう! 平均の6倍……普通、安全域だからって見過ごすところなんだけどね!」
その言葉に「また余計なことに目を止めてた」とメモリが一瞬固まり。
シビルがにっこにこで笑いかける。
「責めてるんじゃないよ~? ──むしろ稀有な才能だ。異常値には何らかの理由があるのさ!」
元気いっぱいだ。
最近は自動判別任せでこういう『感覚』もなくなっちゃっててねぇ~とシビルは愉快そうに語った。
「生データ、実数は大事だよぉ~。見慣れればそこに息遣いが感じられるというかね? 分かるかなぁ~、同士求むなんだけどなあ~}
楽しそうに分析値に丸く印をつけ、シビルがデータをどこかに送る。
さて、と向き直った。
「ソータ君の足元、覚えてるかい? 水が噴き出す直前の青い光」
「あれは、ARの演出じゃ……?」
「違う違う。プランクトンが光る前兆現象なんだよ。水圧で発光するの。予測にも使えるんだ!」
「そんなのがあるんですか?」
「アオイロの神秘だろう!? 水流活動の予測にも今は使われていてね! サフィラ粒子じゃなくても光る要因は色々あって──これのようにプランクトンが集まっている原因は不明だが、もっと活用できるかもしれない。採集が捗るよ!!」
凄い勢いで早口歓喜絶賛され、両手をもって上下に振られる。
そして何を言っているのか分からないけど、ともかくテンションが高い!
こんな何しても楽しそうな人、久しぶりに見たな、と考えてしまった。
「いやあ……君、数値の比較に長けているのかな」
きらきらした目でシビルがメモリを見る。
「う~ん、いいね! 面白い才能だねえ! うちに来ない?」
一見ふざけていて不気味さすらあるエリアだけど、やっていることはちゃんとした研究──なのだろう。
初見の印象で決めつけちゃ駄目だったな、とメモリは反省した。
「好奇心は大事だからね。私のラボはいつでも君を歓迎するよ」
その時、ふと壁の掲示板が目に入る。その内容には──
『先週のレポート ※経理部には報告してません
・重力逆転:1回
・突然の虹色発光:3人
・予期せぬ爆発:2回
・原因不明の笑い声:無数(計測不能) 』
と。
「あ、それは見ちゃ駄目だ」
ぱぱっとシビルが手元を指示して、掲示板の電源を落とす。落として良いのか。そしてやっぱり初対面の印象って、大事!
早々にシビルに感謝と別れを告げ、メモリはレヴィと共に、逃げるようにラボを後にした。
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