第2話『紫の魔術師と青い箱』
「中々の思い切りですね」
それでは、とレヴィが笑う。
お互いを隔てていたカードがぱらり、と翻る。黒騎士が剣を振るい──相手が飛びのいた。
レヴィの札は、ダイヤの2。
「えっ?!」
赤い衣装の小姓がかろうじて黒騎士の黒剣を受け止め、ぺたんと尻もちを着く。
あっさりと、勝負ありとなった。
「はい、メモリさんの勝ち、ですね」
黒騎士が輝き、その黒剣で敬礼する。赤い衣装の小姓が申し訳なさそうに頭を下げて、消えた。
同時に白い王宮の景色が薄れ、再び周囲のざわめきが戻って来る。
「嘘だろ?! 今の、完全にブラフ?!」
「少しは引っかかってくれたんですね! 光栄です♪」
嬉しそうにレヴィが笑う。
「いや勝った気が……むしろ気持ちを弄ばれた……!」
「読み合いを楽しむのが僕のエリア。勝って奪っては趣旨ではない。楽しんでもらえれば、何よりです」
レヴィが横を向いて「とはいえ、ですよ」と鼻で笑う。
「僕のブラフに乗ってくれたら、ドローで引き直せたんですけどねえ。残念、残念」
自らその感動をぶち壊すようなスタイル。
勝ち手を用意されて、その上で勝った、のだから。
素直に喜べばいいのはその通り──なのだけれど、それってつまりやっぱりレヴィの掌の上だったって事じゃないか!!
「くっそ……やられた」
「ええー、メモリさんの勝ちですよ? 喜んでくださいよ~」
左右に揺れながらわざとらしくレヴィが耳と眉を下げて申し訳なさそうな顔をする。
嬉しそうで腹立たしいとも、思う、けれど。
──うん。正直、面白かった。
こんな風に、屈託なく一喜一憂させられるなんて、随分久しぶりな気がする。
それじゃ次は、と森へ差し掛かる煉瓦道をレヴィが案内する。
ここは人が居ないな。そう、思った瞬間。
リンゼイの青い小箱が、メモリの懐で異常に熱く感じられる。
(発火とかじゃないだろうな?!)
思わず取り出してしまい──何か、指が。スイッチを押したような。
カチリ、と。
青い箱が、突如として脈打つように輝き始めた。
「どうなさ──……なに、何ですかそれ……」
レヴィの耳がピンと立つ。
紫の瞳が一瞬、獣のように細くなった。
瞬間、ぶわりと臨戦態勢になる。
(まずい。こんなのレヴィさんには……!)
「ごめん! これなんか火を噴くかもしれないから下がって──」
セキュリティロボット近くへと投げきった瞬間──思わぬ速さで、レヴィの姿が閃光のように駆け抜ける。その掌が青い箱を掴んだ瞬間。
「レヴィさん、待って、危な……!」
光る数式の紋様が展開し、レヴィの体を包み込む。光が弾けるように炸裂した。
「これ、『上位スキル』──、なぜ、一体何の?!」
──『強制執行スキルを発動します』
響く電子音声と共に、レヴィの体を赤の光帯が包み込む。
周囲の空気が一変した。
まるで青い花火が舞うように、光が弾けた。
──が。
「あれ?」レヴィが首を傾げる。
「今のは……?」
特に何も起きた様子もなく、レヴィは相変わらず優雅な立ち姿のまま。
ただほんのりと鱗粉のように、光がまとい付いていた。青い箱は、塵と消えている。
「何も? 効果が……ない?」
「何が起こったんだ……?」
メモリも戸惑う。リンゼイが渡した箱の正体は、結局──?
その時、警報が鳴り響いた。
「権限エラー! 照合不能危険物質! 緊急排除ヲ行イマス──」
金属音が四方八方から迫り、セキュリティロボットの赤い照準が、二人を捕捉した。
「危ないっ!」
レヴィの動きは見えない。
気付けば、メモリは思わぬほど強い腕に庇われていた。
奥からぞろぞろとセキュリティロボットが集まってくる姿に、流石に相手にしてられないと考えたのか。
「──失礼っ!」
レヴィがメモリを抱え上げ、跳躍する。
「とりあえず姿をくらまします! 目と口は閉じておいてくださいね!」
叫び声と共に、レヴィの脚が床を蹴る。
重力すら無視するような跳躍。
無茶苦茶な上下運動と揺さぶりに、慣れない重力と加速を受けながら、メモリはどこかへと運ばれた。
レヴィの住居らしき場所に避難して、ようやく事態が落ち着く。
「セキュアくんの暴走なんて初めて見ましたよ」レヴィが通信機を取り出しながら呟く。
「あれ一体でも結構、損害が……流石にあの数を破壊したら膨大な借金を抱えてしまいます。テックさんに収集を頼まないと」
(なんかせちがらい事言ってるな)
「それにしても……あのスキルは一体」
レヴィが自身の身を再度確認するように、腕や尻尾を見る。
「あの。……レヴィ、さん……詳しくは言えないけど、あの箱のことは、俺の責任で……」
けれど、レヴィは気にした様子もない。
「いえいえ、大丈夫です。お客様にもお怪我がなければ」
相変わらずの軽やかさで、レヴィは尻尾を揺らす。
セキュリティロボットの暴走は、事故として処理済とのこと。
ただ、レヴィ自身に使われたスキルの正体が、分からない──と。
契約書も報酬の話も殆どないまま、ただリンゼイの言葉だけを頼りに引き受けてしまったのは自分。
けれど──、不自然なほど早く進んだすべての手配。異様な状況。
むしろ知られれば、レヴィの身が危険かもしれなかった。
(話すわけには。その責任は、俺が取らないと)
「唯一の問題は、ですね」
レヴィがメモリの前に座り直す。
「あのスキルボックス、『強制執行スキル』と……名前が、どうも引っかかります」
電子音声が響いた。スキルの名だろう、とレヴィにも知れてしまっている。
ふむ、とレヴィが自身の指の爪をきゅう、と尖らせ、メモリに自身の牙をくわっ、と見せた。
が、なんというかやや横を向いたお上品な開け方でどうにも迫力がない。
「人間種には恐ろしい姿でしょう、僕の爪と牙は」
(いや、牙と言うより八重歯って感じでちんまりしてるし……)
メモリは空気を読んで「うん、おそろしいな」と返した。
「こんな僕に、その、なんですか、『強制執行』という名前のスキルがかかっているなんて、……どうしたって怖がらせてしまうじゃないですか」
沈痛に語るレヴィへ、メモリは神妙な面持ちを全力で維持する。
「うん、ものすごくだめそうだな」
「僕たちも出来る限りその、獣性は見せないようにと、気を遣っているのですが」
「そっかー、そうだよな」
むしろ俺が捕まりそうだ、倫理的な意味で、とメモリが胃を傷める。
とはいえ、その尻尾は不安げに揺れていた。レヴィもこう見えて混乱しているのかもしれない。
「レヴィ、さん、その……スキルって」
「レヴィでいいです。あなた自身、危険な立場かもしれないでしょう、被害者として。ですから、もっとよく調べて──」
その時、バタンと大きな音を立てて扉が破られた。
刀を担ぎ、鋭い目つきの男が入ってくる。黒い外套、腰にはベルトに下げられた刀が揺れている。
黄金の髪と、金色の瞳。耳も牙もないが、それでもどこか獅子を思わせる青年だった。
纏う気配は剣呑どころではなかったが。
「──おい、どうなってるレヴィ」
空気が凍るような重圧が、襲う。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます