1章 コグニスフィア・チュートリアル編
第1話『アオイロへようこそ』
青く輝く通路の先で、宇宙船が静かに佇んでいた。
「これは、君の人生を変える切符になる」
殆ど誰も知らぬ辺境惑星への定期便──奇妙な組合わせである。
(アオイロ行き、か)
柔らかい笑顔で見送りにきた、裕福な身なりの男。
そして、高額チケットを手渡されるメモリと、
……不備があれば攻めどころ、と思いきや余りにも否応なく手配が完結し。逆に、退路を断たれた形になっている。
(この男の背後って本当に、一体なんなんだ?)
メモリの不審な眼差しを一顧だにせず、リンゼイは青い箱をメモリのポケットに滑り込ませた。
「最初に出会ったその『案内人』に使うこと。これが僕からの、ただ一つの指示」
「案内人……って?」
「説明が足りなくて申し訳ない」
リンゼイの声が、どこか懐かしむように揺れ、搭乗ゲートへ背中を押される。
「僕が書き換えて、安全化を施してある。絶対的な味方を、君に与えるはずだ。君なら、きっと──」
その言葉の続きは聞けなかった。
扉が音もなく閉まり、青い光の中へと飲み込まれていく。
(……これを使え? その割に使い方すら)
ポケットから取り出した親指の先ほどしかない、緻密な模様が入った青い箱。
何処をどう弄ってもほのかな明滅を繰り返すだけで、反応がない。説明が足りないとはその通り。
だったら使わなくてもいい、とメモリは判断した。
(俺のことを調査済みなら、──俺が危険な物を容認できる訳ない、って知ってる筈だ。それなのに、どうして……)
*
十数時間後。
深い群青の輝きに満ちた通路を抜けると、世界が一変していた。
「うわ……」
光が溢れ、メモリは思わず手で目を覆う。
光に慣れるに従い、目の前に広がる光景に息を呑む。
無数に舞うランタンが空を彩り、歩くたびにふわりと足元で青い砂が光の波紋を描く広場。
空気には、甘い果実、スパイス、そして潮風を思わせる香りが溶け合い、鼻腔をくすぐる。
獣耳や翼を持つ者など、様々な姿の人間が行き交っている。
中央の噴水からは青い液体が空高く舞い、光る霧となって降り注ぎ、虹色に瞬いている。まるで星屑が舞っているかのようだ。
(すごい……綺麗だ……)
機内で調べる時間もあればこそ──重力すら少し軽く感じる。
(ここはもう、別の惑星……違う星なんだ、本当に)
「はい、動かないでください」
背中に硬いものが押し付けられ、冷や汗が背筋を伝う。
まさか、銃口? 警備システム? それとも──。
視界に入ってきたのは、右目が赤紫、左目が紫がかった青の色違いの瞳。
紫がかった癖のある髪が風に揺れ、チャコールブルーのスーツに身を包んだその姿は、細身ながらも彼の上品さを演出している。
「メモリ・オージュさんですね?」
金の装飾が施された短い杖を手にし、悪戯のリアクションを期待した表情で覗き込む。
そして何より──ふわりと長く揺れる紫色の尻尾、つんと立った三角の猫耳。
「案内人のレヴィです。コグニスフィアへようこそ!」
にっこりと無邪気な笑顔を向けられた。小さな牙が少し覗く。
が。メモリの反応の薄さに、まずかったかな──とでも言いたげに耳が下がり、ぴくぴくと震えた。
「えっと、そう、だけど……。ごめん、その耳とか尻尾って……本物?」
メモリの最近の環境では見慣れないほど、表情が豊か過ぎて態度に戸惑ってしまう。
初対面の相手って、こんな馴れ馴れしいものだったっけか。
は、という風に口を開けた後──「本物です本物です!」とレヴィが慌てて耳を後ろに倒す。
「いやはや、すみません。僕のは比較的皆さんのより、よく動くようで」
照れ臭そうにしながら耳を撫でつけた。一歩引き、ちら、とこちらの様子を窺っている。
「ここの人たちって、耳とか、羽とか生えてるのが普通なの?」
「ええ──、いえ。僕たち『亜人種』は、全体の二割程度ですかね」
そこで気づく。
リンゼイに渡されたあの青い箱が、懐で微かに温かい。一瞬意識を奪われるも、直ぐにレヴィへと向き直り。
「なんだっけ、えーと。亜人種?」
獣人とまではいかない感じ、なのだろうか。
「じゃあ、開拓者の子孫ってことか?」
以前何処かで聞いたことがある。開拓を進める為に獣人の要素を敢えて取り込んだ惑星がある、と。
ただ彼らはとても生存的に危うく、危険性も指摘されていたはずだが──。
けど、目の前のレヴィからそんな不安は感じられない。
「はい! そうです、そうなんですメモリさん。ご理解が早いですね!」
レヴィが両手を広げて尻尾を揺らす。
その仕草は誇らしげで、朗らかな喜びに溢れていた。
レヴィの案内で進む道は、徐々にその姿を変えていく。
トランプ柄の石畳。穏やかな色合いの、それでいて少しづつ奇妙な街並み。
赤と黒の王冠型街灯、ハートの窓枠、赤い煉瓦の建物が並ぶ。
どこか懐かしい、おとぎ話のような風景だった。
「綺麗な──街並みだな、ここは」
メモリの言葉に、レヴィは尻尾を嬉しそうに揺らした。
「光栄です。ここが僕のエリアですので」
とレヴィが控えめに言う。僕のエリアとはどういうことだろう、住居ということか──と考えて居ると。
「まあ、まずはご体験を」
イタズラっぽく、にやりとレヴィが笑った。
音を立てて重厚な木製のドアを開けると、落ち着いた雰囲気の人々が談笑しながら、それぞれ遊戯に興じている。
高級ホテルのカジノを社交場にでもしたかのような広間だった。
古めかしいランプの灯りに照らされ、所々に設えられた丸テーブルでは、様々なゲームが繰り広げられている。
賭博の場と大きく異なるのはその和やかさ。皆、楽しげながらものんびりと。カードや駒を動かしながら、入ってきたレヴィに気付いて顔を上げる者も居る。手を振ったり視線で会釈するものも。
「御覧の通り、ここは
「コグニスフィアには6つの区画があり、それぞれに、僕のような『ゲームマスター』が一人ずつ」
空いたテーブルの上でカードがふわりと宙に浮き、光の粒子となって実体化した。
小さな騎士が剣を振るい、魔法使いが杖を振る。まるで物語の一場面のように、カードの絵柄が命を持って躍動していた。
「凄い……生きてるみたいだ」
「ええ。僕たち
レヴィが中央の木製テーブルへと手を引き、メモリを導く。
誇らしげに語られた意味は今ひとつピンとは来ないが、この魔法のような体験を導くのが、その役割なのだろう。──これが、案内人ということか。
「今日は特別に、メモリさんだけ、と」
レヴィがウインクをしてみせると共に、周囲の喧騒が遠ざかっていく。
人々の姿が消え、しいん、と二人きりの遊技場が出来上がる。蛍のような光が辺りを舞う。そう、僕は魔術師ですから、とレヴィが笑った。
「では。ようこそ、『
レヴィが杖を掲げると、小さな雷が走る。
ぱらぱらとカードが舞い、緑のフェルトの上で踊り始めた。
騎士が剣を構え、王が宝杖を翳す。ハートの女王が優雅に微笑み、道化師がふざけた一礼を。レヴィがカードを纏めると、輝く粒子になって消える。
「さ、物は試し……僕と一緒に、遊びませんか?」
レヴィの言葉と共に、ゆらり、と視界が溶けた。
磨き上げられたチェックタイルの大理石に、華美な装飾が施された水仙紋様の壁、神と御使いの舞う天井画。
何処かの王宮を思わせる広いホールに景色が塗り替わる。
「う、わ」
「ハイアンドローで!」
レヴィの目が肉食獣のように輝いた。
宣言と共に、レヴィの元へと巨大なカードが降りてくる。
メモリの隣にも──そして、黒く煌びやかなカードの背面を盾に、若々しい騎士装束の、少年が。
カードの内側で、にこり、と小さな短剣を掲げる。
レヴィもカードの黒幕の内側に、誰かが居るかの如き会釈をして。お互いの手札は見えないようにされている。
が、メモリのカードの数字を見れば『スペードの、エース』。
数が強さのルールでは──。
(うわ、負け確じゃん……)
くす、とレヴィが笑う。向こうはメモリの反応を見て、勝ちを確信したようだった。
「おやおや? 勝負になりませんか? それでは、ハウスルールを変えましょう。エースは11、ジャックと同等です」
レヴィが宣言した途端、小さな少年騎士がぐん、と育つ。
黒い鎧の騎士となって威風堂々と、メモリの前に立ち上がった。長剣を掲げ、悠然と構えを取る。
レヴィが杖を振るい、カードを一歩分、進めた。
「それでも、ジョーカーは最強ですが」笑うレヴィの手の内は見えず。
この分では、エースであることまで相手にバレて居るのだろう。
「──とはいえ、『ゲーム』です。命を賭けるやりとりではいけない」
(この言い方、絶対ジョーカーだろ、あれ!)
と、思うが。何かが引っかかる。
「では。ドローしますか?」
ふと、メモリは思い出す。
(あの人が言っていた『最初に会った案内人に使え』って『スキル』──)
レヴィの柔らかな笑顔が、妙に胸に刺さる。
誘うように、レヴィが手を広げた。
「ハイアンドローは、数字が大きい程強い。次に、貴方の手元に来るのは、クイーン? キング? どうでしょうね?」
ちらりと黒騎士を見て、メモリは自分の直感を信じた。
「いや、このカードで!」
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