コグニション:コード~地味スキル持ち、異世界ゲーム施設で謎を解く~
蒼灯一二三
第0話 プロローグ ~インスタンスバトル~
『GMマルチアラウンド インスタンス戦──シノン 童話物語空間』
「昔々、青い砂漠のその向こうに──『ラングリエル』という名の美しい都がありました」
シノンの声と共に、景色が一瞬にして変容する。
パステルカラーの世界が、青と霞んだ藍の砂漠へ。夜が覆う。
水晶のかけら、透明な砂が、月光に踊る。
「黄金の髪をした若き皇子、ソール・ラングリエル。彼は水の舞踏に通じ──」
光と風の奏でる物語。かつて在った都市の栄光が、シノンの詠唱する言葉と共に紡がれていく。
ラングランの水流術!
彼がモチーフの童話か、と双短剣を身構えた。
「光と風の調べを奏でることが、出来たのです」
メモリの目の前で、砂粒が渦を巻き、一人の貴公子の姿を結ぶ。
深い碧色の瞳と金の髪。どこか繊細な表情を湛えた──この星で、誰もが羨む深き泉の碧緑色。
不規則に乱れる数値に、メモリは眉を寄せた。
ひどく読み取りづらい。
(やばい。これ、スキルと相性、最悪かも……)
「美しき都、ラングリエル。輝く水の、ラングリエル。たおやかな御手、星々の祝福。全て満ちたるラングリエル──けれど」
皇子の姿を結んでいた砂流が解かれ、鋭い刃となって襲いかかる。
「あっぶ!」
かろうじて転身、逃れてスキルを再展開する。
危険度──攻撃性──蒼光の粒子──全て入り乱れ、パターンを掴めない。
(今のは攻撃じゃない?! なんだこれ?!)
「ある時──日照りが続き。人々は、かの皇子と、神との契約を疑いました」
避けた先で砂が再び螺旋を描く。ワルツの如く円を描き、メモリの居場所へと迫ってくる。
魔術における師匠の言葉が脳裏に蘇った。シノンのスキルは、全てが『生ける物語』だと。
ぱらり、と新たなページがめくられる。
「さあ──開きましょう。開きましょう、第三循環の、門を開いて!」
その言葉に聞き覚えがあった。
魔術詠唱。紫の放電、雷の印。
「──ッ、シールド!」
即座に魔術防壁のアイテムを使う。
「過去を歌い、写し流し、光れ光れ輝きの道──人々が神を誹り、呪い始めます。ああ、なんてことでしょう、あんなにも美しかったラングリエルの都は乱れ、壊され──」
シールドを保持したまま、駆け抜ける。詠唱紋が遅れて、メモリを追う。
──まだ優しい、逃げ切れる速度だ。
とはいえ、逃げ続けていれば体力の限界が来る。引き付けて、発動を読むしかない!
視界には移り変わる青の砂漠。燃える都、崩れる石垣。
「皇子は舞踏を捧げます。精妙にして、巧緻な神への祈りを──弛まず、一手たりとも違わずに──」
美しく舞う水の踊り。
水流の流れ。
シノンの春の草原のような瞳が、運命を紡ぐ女神のように冷たく輝いていた。
「そう、祈りは届くと──人々に。信じて歌い、踊れ、光の、御業」
来る!
全力で、駆けた。背後に蒼光の輝きが舞う。
「──『レイン・レイ・ブラスト』」
厳かな祈りと共に光の雨が降り注ぐ。避け切れなかった分がシールドにぶつかり、消えていく。
僅かに、押し負け、削られる。だが、威力は以前見た魔術ほどじゃない!
(スペルだ。そのままなぞれば、使える筈──)
足を止め、踵を返す。
「……『第三循環の門を開き』……」
──間違ってたら恥ずかしぬな! けど、やってみるだけは!
『オブザーバーズ・アイ』を展開しながら、少しでも間を稼げる場所を探す。
「過去を歌い、写し流し、光れ光れ輝きの道」
当たりだ。詠唱が、紋様が足下から立ち上る。
シノンと同じ言葉を辿る。
「信じて歌い、踊れ、光の、御業」
──果たして。
手をかざす。目標位置の、詠唱紋が指先に合わせて、位置を変える。
「──『レイン・レイ・ブラスト』!!」
起動した!!
シノンの位置よりは少し手前ながら。音を立てて、シノンを守る結晶を割る。
「けれど」
割れた一粒一粒が物語の断片となって、青く輝き出す。悲劇的な色合い。メモリの抵抗すら、物語の一部のように。
「ああ、祈りは届きませんでした。美しき御業、正しき継ぎ子、王の血は絶え、その地は汚れ──」
青い水晶の、鋭利な雨が降る。
直感に従ってシールドを解き、後ずさった。躱し逃げるメモリの後を追うように、ざくざくと地面を削いで行く。
美しい癖に容赦がない。
見蕩れでもしたらお終いの『物語』が続きを紡ぐ。
「悲しきラングリエル。美しく、気高きラングリエルは失われ、忘れじの都、滅びの都となりました」
(……あれ?)
「再び、時は流れ」
何か、違う。存在として、何かが違う気がする。
ラングリエルと、皇子?
美化だとか改変じゃない、そもそも何か、元々違っている存在を描いているような。
何、とは言えない恐怖が足下から立ち上った。
身構える。どこから、何が。
読めるのか、データで、数値で。走りながら、唱える。
「第三循環の、門を開いて! 光れ光れ輝きの道! 踊れ、光の御業──『レイン・ブラスト』──ってあれ? 失敗?!」
後半、間違えた! 発動しない!
双短剣を構え、『なにか』に備える。
「伝承を追う戦士が、再び滅びの都を辿ります。悲しき跡を、掘り起こし、第二循環の、門を開き、辿り、辿り」
ぱらぱらとページがめくられ、シノンの美しき詠唱は続く。
「奏で、呼び、流せし、正しき皇子、美しき都。それら全て儚く過ぎ去る、されど──」
気付いた時には遅く、水流の渦に巻き込まれていた。
「その栄光を伝えんが為」
一瞬の間。水流が凍てつく氷となり、光を屈折させる。
無数の刃となって、四方八方から襲いかかる。
シールドを開き、防ぐも。限界が来た。シールドが、割れる。
「やば」
転がり、走った。場所を稼ぐ。水流、あれは。
予感そのままに身を翻す。短刀が、刀を模した氷を防いだ。
「戦士は勇士となりました。震え踊る、嘆きよりも尚、先を願い──閃く」
「──こっちが本命かよ!」
「美しき『ラウンド・ソード・ダンス』を古き地に捧げ!」
一斉に襲いかかる水流の剣。
その数、十重二十重。どれもが美しく、どれもが命を奪うために紡がれた剣の術式。
青く輝きながら、襲いかかってくる。
その一つ一つの動きが、確かな意志を持つように。
──駄目だ! 避け切れない!!
シノンのドレスが大きく翻る。
柔らかな微笑みの奥に、運命を司る女神の冷徹さが垣間見えた。
「再び勇士は、旅に出ます──。さあ、この物語はこれで、おしまい」
青い光が交差する中、ダメージ表示と共に視界が閃光に包まれた。
──バトル終了。
インスタンス空間が、静かに幕を閉じる。
目を開けると、シノンの緑の森に、戻っていた。
いつものベレー帽に、クラシカルなワンピース。甘やかで軽やかな、緩いウェーブの髪が零れ落ちる。
「──お疲れさま。いかがでしたか? メモリさん!」
「やられた……。でも、物語として、素晴らしかったです」
シノンに覗き込まれ、メモリが立ち上がる。
レベルが57に上がっていた。終了までの耐久サービスと、ダメージ割合分、か。それでも美味しい。
勝利獲得報酬は、なし。そりゃそうだ、負けたんだから。
頭の中には、未だ青い砂漠の幻影が残っていた。そして、何より気になるのは──。
(ラングリエル……どこまでが、本当の話と繋がってるんだろう)
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