第5話『3人目のGM』
シビルの頼み事、というのは別エリアの調査だった。
「マサキさんのエリアですね」
レヴィが地図を指す。南西、シビルエリアの横隣。
通路に入った途端、温度が下がった。
映像投影用なのか、薄暗い空間にグリッドラインが浮かび上がる。
無機質な壁が、まるでデジタルの迷宮のように続いていた。
角を曲がる前から、ソータの声が響いてくる。
「だから、そういう事は先に言えって」
苛立ちを含んだ声に、レヴィの耳が微かに震えた。
エリアに入った瞬間、ソータの鋭い眼差しが二人を捉える。
今日はショーの衣装ではなく、刀だけをベルトで下げた普段着姿だ。生成り色のシャツに、シンプルなジャケット。
「──よお。来るの遅いぞ、レヴィ」
壁面の不自然な斑点に、暗い人影が端末を向けていた。
短い黒髪に、チャコールグレイのシャツ。ネクタイだけが深い青。
その姿は、まるでモノクロ写真の中の一枚のように異質だった。
「そちらは?」
冷たい声音で、メモリを見上げる。瞳の青さだけが、その無機質な雰囲気に色を添えていた。
「マサキさん、こちらはプレミアム案内コースのお客様です。ちょっと、その、バグがありまして。同行中です」
「えーと、メモリ・オージュです」
一応自己紹介した方がいいかと、名乗っておく。
が、既に興味を失った様子で、マサキと呼ばれた青年は壁に向き直っている。
「この一週間で設備の誤作動が3件もあるんだと」
「ソータさん、外部の方の前です」
「どうせ施設課に報告上げるんだ。機密じゃねえよ」
レヴィにこそっと「俺、外した方がいい?」と聞くと、「いえ、目を離す方が良くないですから」と断られる。
(今更逃げないんだけどな)
「この壁、腐食ですか?」
「ええ。……耐久年数からしても早すぎる。異常値です」
ソータが壁の腐食痕を見つめる。
「これ自然現象じゃないな。薬品かなにか──」
「待ってください!」
ソータの手が壁に触れる寸前、レヴィの声が空気を切り裂いた。
「何か、居ます。この匂い……まさか、ジェリヴァイン?!」
その言葉と同時、三人が瞬時に反応する。
ソータの刀が鞘を離れる音。
マサキの銃が照準を定める音。
レヴィの杖が空を切る音。
「なんでそんなもんが居るんだよ!」
壁の表面が、まるで生き物のように蠢いた。
「あの、じぇりばいんって何ですか?!」
「融けたツタ状のバケモン!」
「──ほんとになんでそんなものが?!」
「おそらく壁の内側、鉄骨部分の隙間に入り込んだかと。腐食性体液を出して、樹脂を食うので──」
マサキが淡々と説明する横で、壁の腐食が広がっていく。
「一番弱ってるとこ何処だ!」
「二枚目の壁です」
「了解!」
ソータの刀が閃く。
青い水流が螺旋を描き、壁に突き刺さる。
パキン、という乾いた音。
壁が真っ二つに割れた瞬間──。
緑の触手が迸る。
濡れた光沢を放つ触手の先端が、四つに裂け、無数の棘を剥き出しにする。
マサキの短銃が火を噴き、弾丸が触手を貫いた。
「こいつらは本来地下水路辺りにしか居ない──」
「後だ! 凍らせろ!」
マサキが素早く弾を入れ替え、氷結弾を炸裂させる。
触手が青白く凍りついた。
「第二循環門を開き──」
追い打つように、レヴィが詠唱を始め。杖先が紫に輝く。
「おい待て!」
ソータが咄嗟に叫ぶ。
「俺らまで感電させる気か!」
ソータの刀が再び閃く。
凍りついた触手が、氷の結晶と共に砕け散った。
一瞬の静寂。
レヴィが小さくため息をつく。
「そこまでノーコンでは……」
少しだけしょんぼりと、手を止めた。凍ったジェリヴァインの欠片をマサキがカプセルに採集する。
そこへ、シビルへの通信が繋がった。
『マサキくん、データ保存できた? 何か起こってる?』
「……ジェリヴァインでした。俺のエリアの構造を知ってる人間が放したかもしれません」
設備の劣化情報を送り、マサキは感情の薄い声でシビルに答えた。
『ああ~、一部ハリボテだからか』
「ハリボテではなく、効率的な稼働壁と。それより、人為的な事故の可能性が」
『この間もパイプ破損してたね。あれは……アサハちゃんのエリアか』
マサキの青い瞳が一瞬だけ冷たく光る。
握るカプセルがぎし、と軋みを立てた。
「調査を組んだ方が良いのでは」
『まあ……もう少し施設課に任せよう。巡回も増やして貰おうかな』
「先走ってもしょうがねえからな。悪質な悪戯か。けど映像履歴も在る筈だろ?」
ソータが通信に割り込む。
『写りが悪くなってるカメラもあるからねぇ。まあ、ありがとう。こちらでも調べておくよ』
(あれで結構忙しそうだな、シビルさんって)
そう思いながらも、メモリはマサキの反応が気になっていた。
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【コグニスフィア掲示板】
「GM雑談スレ より」
最近のニュースまとめ
・マサキGM 同エリア内で事故。一部通行止め。
・レヴィGMのエリアでセキュリティ起動(真偽不明)
・シビル研究室、今週の実験事故3件(平常運転)
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