1.幽 霊

でんでんみかん

1.幽 霊

 もし、「キミは幽霊とは一体どんなものだと思いますか?」と聞かれたら、あなたはなんと答えるであろうか?

 そもそも幽霊とは、死者の魂や霊魂が現世に現れた存在とされるものである。多くの文化や宗教において、幽霊は人々の死後の世界や霊的存在に対する信念に関連している。

 日本でも幽霊は昔から物語や伝説に登場し、人々の恐れや興味を引いてきた。日本の幽霊文化には、古くからの伝承や仏教の影響が強く関わっている。

 仏教では、死後に成仏できない魂が地上にとどまり、幽霊として現れるという考えが存在する。特に、強い恨みや未練を抱えた魂は、成仏できずにこの世に留まると言われている。こうした幽霊は、人に害を与える存在と見なされることもあるが、時にはただ自分の無念を伝えたいだけの場合もある。

 つまり、幽霊は恐怖の象徴であると同時に、死後の世界や人間の心の深い部分を考えさせる存在なのだ。人々の未練や感情がどのようにこの世界に影響を与えるかについて、幽霊の存在は一種の警告としても機能しているかもしれない。



 夕方の空が薄暗くなり、辺りは静寂に包まれていた。

 誰もいない荒れ果てた廃虚の一角に、ひっそりとたたずむ「幽霊成仏社」の看板が、風に揺れながら軋む音を立てている。周囲には人影はなく、まるで誰もここに訪れることを許されないかのような、異質な空気が漂っていた。

 事務所の中には、少女の姿があった。彼女は窓際に座り、手元の古びたノートに目を通していた。柔らかい光に照らされたその顔には、微かな憂いが漂っている。その傍らには、小さな黒猫が丸くなって座っている。黒猫の名は「さくら」。ふわりとした毛並みが、まるで影のように黒い。

「今日はどんな依頼が来るかな…?」
少女――「みずほ」は、静かに呟いた。声に大きな感情は込められていないが、その言葉にはどこか予感があった。

 人は、亡くなるとあの世と言われる場所に行く。いわゆる「成仏した」というものである。

 しかし、中には現世に思い残しがあったり、伝えたい思いがあったりして成仏したくてもできない「幽霊」と呼ばれる者もいる。(幽霊的には、さっさと成仏した方が無駄な霊的エネルギーを消費することなく楽に過ごせるらしいが。) ここは、成仏したい幽霊たちを手助けする「幽霊成仏社」といわれる場所である。みずほとさくらはここの担当者である。

 ちなみに、みずほは人間でも幽霊でもなく、彼女はあの世からこの現世へ派遣された「モノノケ」だ。また、彼女の相棒であるさくらは、ただの猫ではない。かつては何百年も前に亡くなった魂が、あの世で黒猫として再生されたモノノケである。

「さくら、今日は何か違う感じがするね。」
 みずほは椅子から立ち上がり、窓の外を見つめる。風が吹き抜ける音が耳に響く中、さくらもじっとその瞳でみずほを見つめ返す。何かが、確かに迫ってきている。

「みずほ、キミも感じてる?」さくらは、口を開かずともテレパシーで彼女に語りかけた。

「うん、今日は普通の幽霊じゃなさそうだね…。」みずほは一瞬、苦笑を浮かべた。

 彼女はこの事務所ができてから千年間、この世の未練を抱えた魂たちと向き合ってきたが、近頃は普通の成仏案件では済まないことが増えていた。

 この現世とあの世のバランスが崩れ始めたのは、令和の時代に入ってからだ。急激な社会の変化とともに、成仏できない魂が次々と現れ、その数は増え続けている。放っておけば、現世に未練を持つ霊たちがあふれ、いずれ現世とあの世の境界線が崩壊する恐れがあった。

「私たちの仕事も、もっと忙しくなりそうだね。」

みずほはさくらを撫でながら、ふと外の暗闇に目を凝らした。

 その時、事務所のドアがノックされた。これは誰かが彼女たちの助けを求めているということだ。

「行こう、さくら。今日は大物が来るみたい。」
 みずほは軽やかに立ち上がり、ドアへと向かった。その背中にはどこか神聖なオーラが漂っている。彼女は、この世の未練に囚われた魂たちを救うために存在している。そして今日もまた、一つの新たな物語が始まろうとしている。

 入り口の扉が開かれ、冷たい風が吹き込んだ。みずほとさくらは、その風を感じながら、未知の依頼に向けて足を踏み出す。

「さあ、成仏の時間だ。」

 次の幽霊との出会いが、二人をどこへ導くのか。それはまだ、誰にもわからない――。

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