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 それから文化祭の準備は順調に進み……、


「よし、明日の準備OK!」

 9月27日の夜。1年A組であかりちゃんが舌をペロッと出し、右手の親指を立てながら言った。


 そらくん、しゅんくん、美青みおちゃんは鬼雪おにゆき内でモメ事があったらしく先に帰って、

 耀ようくんはミスターコンのことで生徒会長に呼ばれ、今は生徒会室にいる。


「じゃあ、ゆきのん、帰ろっか」


「うん」


「ギャー! コーヒーがない!」

 級長が悲鳴に近い声で叫ぶ。


「えぇ!? ホットパイにコーヒーは絶対いるよね!?」

「ど、どーしよ」


「確かコンビニでスティック100個入り売ってたはず」

 級長が顎を掴み、考えながら言う。


「私、コンビニで買って来るね」


「あっ、ゆきのん!」

 あかりちゃんが叫ぶ中、私は走って教室から出て行く。


 そして高校近くのコンビニでコーヒースティックを1箱買い、

 走って教室まで戻る。


「はぁっ、はぁっ…」


 頭がズキズキする…。

 だけどそんなこと気にしてられない!


 ガラッ。

 私は教室の前扉を開ける。


 …あれ?

 あかりちゃん達、いない…。


 ピロン♪

 スカートのポケットに入れてあるスマホから音が聞こえた。


 あ、ラインかな?


 スマホを取り出して通知画面を見る。


『ゆきのん、ごめん!

 親に呼び出しくらって帰らないといけなくなった汗

 級長も、もっちーに呼び出されたから、

 悪いけど鍵閉めて帰ってね』


 そうだったんだ…。


『うん、分かった。

 気をつけて帰ってね』

 私はラインを開いて返すと、スマホをスカートのポケットに入れて中に入り、教室中を見渡す。


 改めて見ると内装綺麗…。

 眠りの森にいるみたい。


『かわいー!』


『これ着るのちょっと恥ずい笑』


 あかりちゃん、美青みおちゃんと衣装で盛り上がって、


『ホットパイ美味くね?』


『だね』


 春くんしゅんくん、耀ようくんと一緒に試食して、


『ほら、行くぞ』


 そらくんと高校近くのスーパーまで買出しに入ったり、


『届かねぇだろ、貸せ』


 教室の薔薇の飾りつけして楽しかったな…。


 文化祭準備のおかげで高校に夜までいられて、

 家にいる時間も減って嬉しかったけど、

 それも今日で終わりかぁ…。


 寂しい…でも。


 私は微笑む。


 明日の文化祭、絶対成功させたいな。

 コーヒー置いて私も帰ろう。


 私はコーヒースティックの箱が入った袋を教卓に置く。


 ガチャンッ!


 え、何!?


「ギャー! 皿割れたー!!」

 隣のクラスから女子の悲鳴が聞こえてきた。


 びっくりしたぁ、隣のクラスか…。

 お皿割れたんだ……。


 パタパタッ…。



雪乃ゆきのちゃん、大丈夫!?」



 駆けて来た耀ようくんが開いた扉に手を突き、声をかけてきた。


 え、耀ようくん!?


 耀ようくんは中に入って教室の前扉を適当に閉めると慌てて近づいてくる。


 生徒会室でのミスターコンの打ち合わせ終わったのかな?


「あ、うん、大丈夫」

「隣のクラスでお皿割れたみたい…」


 ズキンッ。


「ッ…」

 私はガラスが割れるような頭痛に襲われ、耀ようくんの胸の倒れ掛かる。


「あ、ごめ…」

 胸から離れようとすると、


「全然大丈夫じゃないじゃん」

 耀ようくんはそれを阻止して右手で優しく私の後頭部に触れた。


 え、え…?


 ど、どうしよう。

 胸から離れられなくなっちゃった…。


 あかりちゃんに申し訳ない!

 早く離れないと!


「よ、耀ようくん、あの私、もう大丈夫なので…」


 耀ようくんは悪魔な顔をする。



「…雪乃ゆきのちゃんってさ、“記憶喪失”なの?」



 私は目を見開く。

「え、なんで…」


「やっぱりそうなんだ」

「体育祭の時、思い出せて良かったです的なこと言ってたから」

「実は保健室でのりゅうとの会話聞いてたんだよね」


 えぇ!?


そらが来る前に立ち去ったけど」

「盗み聞きしてごめんね」


「ううん」

「記憶喪失というか、私、中2の夏の一部の記憶失ってるみたい…」

「だから時々頭痛が起きて…」

「この首のネックレスも姫の証だから外しちゃいけないってそらくんが…」


「姫の証?」



「私、りゅうくんの姫…になる約束したみたい…」



 耀ようくんは両目を見開く。

「それは確かなの?」


「分からないけど…りゅうくんからそう聞かされた」

そらくんも姫の証だって知ってるってことは聞いてたんだと思う」


「…雪乃ゆきのちゃんがりゅうと付き合ってるって噂されてるけど、まさか姫とはね」

「あかりはともかく、俺達の敵になるかもしれないってことだよね」


 あ……。

 でも私…。


 ぎゅっと両目を閉じる。


 そらくんと…みんなと離れたくない!


「大丈夫」


 え?


「少なくとも俺は離れる気なんてないから」

「だけど」


そらといるのはもうやめたら?」


 私は両目を見開く。


 え……。


「敵の姫になる約束をしたかもしれない君がそらと一緒にいるべきじゃない」

「それにそらは良い男じゃない。悪い男だよ」

鬼雪おにゆきも乗っ取ってさ」



そらといるから苦しむ」

「離れた方がもう苦しまずに済むんじゃないかな?」



 確かに離れた方が記憶を思い出さずに済むのかもしれない。


 ズキンッ。


「う…」


雪乃ゆきのちゃん!?」

「ごめん、厳しい言い方して」

「でも俺、雪乃ゆきのちゃんの苦しむ姿見たくないんだよ」


 耀ようくんは後頭部に触れたまま私の肩に顔を埋める。


「俺、雪乃ゆきのちゃんが好きだ」


 え……。


「この高校に入学した時、そらに頼まれたんだ」

「俺が登校するまで雪乃ゆきのちゃんを気にかけてやってて欲しいって」

雪乃ゆきのちゃんに話しかけることはなかったけどずっと見守ってた」


「そう…なの?」


「うん」


 私の両目が潤む。


 そらくんと再会する前、

 月籠つきかご高校はヤンキーガールとヤンキーボーイしかいなくて誰も話しかけて来なくて、

 クラスでずっとぼっちだって思ってた。


 それなのに。


 胸がきゅっと締め付けられる。


 耀ようくん、ずっと見守ってくれてたんだ…。


「それに一度だけ、雪乃ゆきのちゃんが空き教室の前でポニテに結んだのを見たことがあって」


 え、見られてたの!?



「天使みたいだな、綺麗で可愛いなって思った」



 私が天使!?

 綺麗で可愛い!?!?

 目、大丈夫!?!?


「それでそらが4月の終わりに登校して来て」

雪乃ゆきのちゃんと話すようになって5ヶ月」

「いつの間にか好きになってた」


「っ…」


雪乃ゆきのちゃんをりゅうにもそらにも渡したくない」

「明日のミスターコンで1位になったら俺の姫になって欲しい」


 耀ようくん――――。


 ガラッ!

 教室の前扉が開く。



「それは無理だな」



 そらくんが教室の前扉に右手を突きながら言った。


 え、そらくん!?

 なんで!? 帰ったんじゃ…。


 耀ようくんが私から離れると、そらくんは中に入って来て扉を閉める。


そら鬼雪おにゆきは?」


「特攻隊長と奇襲隊長の2人が同じ女取り合ってモメてて親衛隊長補佐じゃ止めきれず呼ばれて俺としゅんが喧嘩止めて最後に、美青みおの『あ゙ぁ?』でなんとか丸く収まったわ」


 えぇ!?


「それであかりに電話でまだ雪乃ゆきの達が高校にいるかもしれないって聞いて戻って来た」


 耀ようくんは悪魔な表情を浮かべる。

「戻って来んじゃねぇよ」

「無理ってなんだよ。ミスターコン出ないお前に関係ねぇだろ」


「関係ある」

「さっき、俺の代わりに出る予定だった奴と話つけてきた」


 え?



「明日、俺もミスターコンに出るわ」


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