5


 しばらくして私はマンションの部屋に着くと、鍵で中に入る。

 お母さんのヒールがあり、恐る恐る居間まで歩いて行く。


「あ、お母さん、ただいま…」


「ふざけんじゃないわよ!!」


 バシャッ!

 顔に缶ビールをかけられた。


 え…………。


 前髪からビールがぽたぽたとこぼれ落ちる。


「夏休みだからってこんな遅くまで遊び歩いて!」

「何!?」

「あの日のことぶり返すつもりなの!?」


 あの日のこと?


 カンッ!

 お母さんは開いた缶ビールを地面に投げ捨てる。



「もうどっか行ってえええええ!!!!!」



 悲鳴に耐えられない私は部屋に逃げ込む。


 扉を閉めて崩れ落ちて泣いていると、

 スマホが緑色に光り、そらくんから救いのラインが届いた。


『部屋についたか?』


 私は既読をするも返信に躊躇ちゅうちょする。

 すると電話がかかってきた。

 私は慌てて電話に出るも、しまったと思う。


 電話だとお母さんの悲鳴が聞こえてしまうから。


雪乃ゆきの、大丈夫か?』


「…あ、うん」

 私は小声で答える。


『8月18日、空いてるか?』


「…うん」


『その日、お袋は?』


「…仕事だと思う」


『じゃあ夏祭りに行くってことで』


 夏祭りに行くんだ…。


「…みんなで?」


『ふたりで』


 えぇ!?

 ふたりで夏祭り!?


『18時45分にお前のマンションにバイクで迎えに行く』

『当日、ポニテな』



「あれ…私服…?」

 8月18日の夜。マンション前に行くとそらくんが停まった黒のバイクの前でかっこよく立っていた。


「最初の台詞それかよ」


「てっきり、特攻服かと思って…」


「夏祭りに特攻服はねぇわ」

「すぐ捕まるわ」


「だ、だよね…」


 そらくんは黒いヘルメットの顎下のハーネスのベルトを私の首元で固定するとシールドを降ろす。


 似合ってないポニテのまま、

 初めてそらくんのバイクに…緊張する…。


 ドキドキしているとそらくんは私を持ち上げてリアシートにまたがらせる。


 一瞬、触れられただけなのに、

 心臓、壊れそう。


 そらくんもシートに跨り、キーをひねると甲高い爆音が響き渡った。


 私はとりあえずバイクの車体につかまる。


「手はどこに…」



「俺んとこ」



 私はバイクの車体に掴まる両手を離し、ぎゅっとそらくんの腰に両手を回す。


 まずい。

 まずいって。

 心臓の音、聞こえちゃう。


「ちゃんと掴まってろよ」


「あ、うん」


「じゃあ行くわ」

 そらくんのバイクが走り出した。



 15分後。川の土手に着いた。

 ガードレールの向こう側には向日葵ひまわりが綺麗に咲き乱れている。


「ここって中2の夏に来たよね?」


「あぁ。自転車で2人乗りしてな」

「俺の家からだと5~10分で着く」


「そうだったね」

「なんでここに?」


「約束しただろ」


「約束?」

 私は首を傾げる。



「またここで一緒に花火見ようって」



 その時、ヒュー…。

 突然、大きくて綺麗な青い羽に包まれた赤オレンジ色のハートの花火が上がり、


 ドォォン…。

 夜空にキラキラと輝いた。


 ズキン!

 頭の中の絡まった茨が一気に眠りから覚め、物凄い痛みに襲われる。


「ああっ!」


雪乃ゆきの!」

 そらくんは叫ぶと隣から私を抱き締めた。



 中2の夏の映像が頭の中を駆け流れていく。


 黒髪のそらくんとポニーテールの私。


『ハートの花火、綺麗っ』


『内緒で来て良かっただろ?』

雪乃ゆきの、来年もここで一緒に花火見ような』


『うんっ、約束だよ』


 私は満面の笑みでそらくんと指切りをした。


 花火が終わると、

 裏道を自転車をひいて歩くそらくんと隣を歩くロングボブで右の手首にシュシュをつけた私。


 特攻服を着た水色髪の男子が現れる。



『誰の許可取ってここを歩いてる?』



 ガシャーンッ!

 そらくんは自転車を水色髪の男子に倒して、私の手をひいて逃げる。


『ざーんねん! もう逃げられないよ』

 水色髪の男子がにっこりと笑った。



「嫌ぁっ!!!!!」

 私は悲鳴を上げる。


雪乃ゆきの、落ち着け!」


 そらくんの…胸の温もり…。


 私はそらくんの服を両手でぎゅっと掴む。


「ハァ、ハァ、ハァ…」

 息を切らすとそらくんは抱き締めながら私の頭を撫でる。

 頭痛は徐々に落ち着いていった。



 全ての記憶を思い出すのも近いのかもしれない。



 そらくんの切なげな顔を見て、

 私と同じことを思ったように感じた。


 私が落ち着いた頃には花火は終わっていた。

 行きと同じでそらくんの黒いバイクの後ろに乗り、マンションに向かう。

 すると前から白いバイクが走ってくる。


 え、りゅうくん!?


 そらくんが危ないと思いバイクを停めると、

 氷浦ひうらの特攻服を着たりゅうくんも隣でバイクを停めた。


「…まさか姫がこんなに美女だったとはな」

「…文化祭、楽しみにしてるぜ」

 りゅうくんが凍るような怖い顔でボソッと呟くと、


 そらくんは鬼の形相で宣誓布告をする。



「…てめぇにだけは絶対雪乃ゆきのは渡さねぇよ」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る