4


 2つの線香花火がパチパチと輝く。


「花火の相手、私でごめん」

 美青みおは謝る。


「は? 謝んなよ」


そらは中3の春、ろくに学校も行かずに夜道で一人で座ってた私に声をかけてくれたよね」

「それで私は拾われて鬼雪おにゆきに入ることが出来た」

「しかもそらが高1の春に鬼雪おにゆきの5代目総長になって」

「力を認めてもらって姫になるチャンスをくれた」


「時々、部屋に泊めてくれてパスタ作ってくれたりしたよね」

「コゲてたけど」


「おい」

 そらが怒ると、

 美青みおは、ふふっ、と笑う。


「それだけで充分だった」

「充分だったのに」


「高校で雪乃ゆきのちゃんの存在を知って」

「自分が偽りの姫だったことが分かって…」


 美青みおの両目が潤む。

「本物の姫になりたいと思った」

「欲張りでごめん」


 美青みおの目から大粒の涙が零れ落ちる。



「私、そらが好きだよ」



美青みお、お前のことを偽りの姫だって思ったことは一度もねぇよ」

「本物の姫だ」


そら…」


「でも俺はあいつを守らねぇといけねぇ」


「…うん」

そらの本当の気持ち聞けて良かった」

「ありがと」

 美青みおは泣きながら笑う。


 ポトッ。

 ふたつの線香花火が同時に落ちた。


 小雨が降ってくる。


「え、雨!?」

 あかりが驚く。


「砂浜の海の家は閉まったけど」

「階段上がったとこの海の家はまだやってるから行こう」

「…って、あれ? 雪乃ゆきのちゃんは?」

 耀ようくんが尋ねる。


「花火取ってくるって…なんで戻って来てねぇんだ?」

 しゅんが慌てると、


「俺が目を離してた隙に…クソッ!」

しゅん耀よう、あかり達を連れて先に避難しろ」

「俺は雪乃ゆきのを探しに行く」


「おう」


「分かった」


 ダッ!

 そらは走り出す。


「そんな遠くには行ってねぇはず…」

「!」


 転がった左右の靴が浜辺に落ちていた。


「これ、雪乃ゆきのの靴…」

 そらは靴を拾い、岩が多い場所まで駆けていく。



そら、久しいな」



 そらは驚く。

 師匠であるらい雪乃ゆきのを捕まえていた。


「なんでここに…」


 らい雪乃ゆきのが雨になるべく濡れないよう、岩の屋根のようになった場所の下に座らせる。


「久しぶりに遊ぼうか」

 ナップサックからインクタンク式ウォーターガンを取り出すと、

 シュッ。

 そらに向かって投げた。


 そらはそれをキャッチする。


 らいは自分の分も取り出す。


「この中には赤いインクの水が入ってる」

「当たった方が負けだ。いいな?」


「あぁ」


 らいは両手、そらは右手でウォーターガンをかっこよく構える。

 岩の屋根に溜まった雫が海に落ちた瞬間、

 連射が始まった。



 雨の…音?


「ん…」

 私は目を覚ます。


 え、岩?

 ここ、どこ?


 ハッとする。


 そうだ私、久世くぜさんに…。


「!」


 海の浅瀬で激しい連射と赤い水しぶき。


 え、久世くぜさんとそらくん!?

 なんで撃ち合って…。


 久世くぜさんは両足が水に浸かった状態でウォーターガンを両手で構え、銃口をそらくんの腹に向ける。

 ウォーターガンなのに、まるでマシンガンのような10連射。


 そらくんは浅瀬から出て地面を駆けながら瞬時に避け、

 体を右に少し捻り、両太ももに4連射を放つ。


 バシャバシャッ!

 久世くぜさんが浅瀬を駆けて避けると、そらくんは続けて首に2連射する。

 久世くぜさんは左右で素早く避けると、浅瀬から出て銃口を首に向けた。


 バシュッ!

 そらくんの右頬ギリギリを赤い水が真っ直ぐ流れ飛ぶ。


 そらくんは地面を思い切り蹴り飛ばし、空中で一回転し、久世くぜさんの左胸に銃口を向け、2連射する。


 久世くぜさんは後ろにバク転して避けると、砂を掴み、そらくんの顔目掛けてバラ撒く。


 ズズズッ。

 そらくんは右足を滑らせながらも左手を地面に突いて右足が少し浅瀬の水に浸かる場所に着地すると、左手を突いたまま上半身を起き上がらせる。


「終わりだ」

 久世くぜさんは銃口をそらくんの左胸に向けた。


そらくん…!」

 私は立ち上がり、駆けていき、


 そらくんを前から少ししゃがんで抱き締める。


 バシュッ!


「っ…」


 私は背中を撃たれ、パーカーに赤色のインクがついた。

 そらくんは両目を見開く。


 ズキンッ!

 私は頭の中に絡み合った茨が目覚めたかのような痛みに襲われる。


『もうやめて!』

そらくん死んじゃう!』


 ドカッ!

 背中を蹴られる。


『あっ…!』


雪乃ゆきの!』


 今と同じく庇う映像が流れた。


「うぅ…」

 私は抱き締めたまま崩れ落ち、その場に座り込む。


雪乃ゆきの!」


「これが実弾なら死んでいたぞ」

「彼女の勇気に免じて訓練は終わりだ」


 私は驚く。


 訓練…だったの…?


「そんなんじゃりゅうには絶対に勝てない」

「もっと強くなることだな」

 久世くぜさんはそう言うと、

 ウォーターガンを回収し、ナップサックに2つ入れて去っていく。


「大丈夫か?」


「あ、うん」

そらくんこそ大丈夫?」


「あぁ」


「守れて良かった…」


「ふざけんじゃねぇよ!」

 そらくんが怒鳴ると、


 私の体がびくつく。


「何一人で勝手に行動してんだよ!?」

「髪も結んでるしマジねぇわ!!」


「ごめ…」

 私が謝りかけると、そらくんはフードを被せ、抱き締める。


 いけない、こんなの。

 だって、そらくんは美青みおちゃんと…。


 私は離れようとするもそらくんは離してくれない。


そらく…」


「…振った」


 私は両目を見開く。

「え…? 振った…?」

美青みおちゃんを…?」


「あぁ」


「な、なんで…」


「いい加減、分かれよ」

 そらくんは抱き締める力を強める。


 そんなこと言われたら自惚れちゃうよ…。


 ねぇ、そらくん。

 なんで久世くぜさんに喧嘩を習ったの?

 乗っ取ってまで総長になりたかったのはどうして?

 聞きたいけど怖くて聞けないよ。


 それから背中をそらくんに見てもらい、

 パーカーの赤色のインクが雨で流れ落ちたことが分かると、


 しゅるっ。

 髪のゴムをほどかれる。


 私は渡されたゴムをパーカーのポケットに入れ、

 海の家までおんぶしてもらい、美青みおちゃん達と合流した。


雪乃ゆきの!」

「ゆきのん! よかったぁ」


 美青みおちゃんとあかりちゃんにぎゅっと抱き締められ、

 私とそらくんはタオルで髪やパーカーを拭く。


 そして雨が止むと、みんなで海の家から駅まで歩き、

 行きと反対側のホームから電車に乗る。


 隣には少し髪が湿ったそらくん。


 かっこよくて、色気もあって、


 揺れ動く電車の中、

 私は一睡も出来なかった。

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