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 それからしばらくして、目が覚めた。


 ……あれ?

 タクシーは?

 ここ、私の部屋じゃない?

 なんで月沢つきさわくんベットに寝て……あ。


 帰りたくなくて月沢つきさわくんの部屋に少しだけお邪魔させてもらって看病するはずが、

 月沢つきさわくん先にベットで寝ちゃって、私も寝顔見ながら知らない間に伏せ寝しちゃったんだ……。


 あの日はみんなと居間にいたけど、部屋でふたりきりなんて不思議。

 バイクのヘルメットが壁掛けハンガーにかかってて、整頓されたかっこよくて綺麗な部屋……。

 ベットは月沢つきさわくんの甘い香りがする……。


 …あれ? スマホの着信音が鳴ってる?


 私はふわぁ、と欠伸あくびをしつつ、隣に置いてあるスマホの応答のボタンをタップし、右耳にスマホを当てる。

「…もしもし?」


『ありす』


 その声を聞いた瞬間、私の意識がはっきりとした。


「ひょ、氷雅ひょうが…お兄ちゃん…」


『ラインしても電話しても出ねぇし』

『お前、一体今、どこにいんだよ?』


 めちゃくちゃキレてる…どうしよう…。

 これはもう正直に言うしかないよね……。


「……月沢つきさわくんの部屋、です」


『あ?』


 ひいいっ。


「ごめんなさ…夜野やのくんからの電話で月沢つきさわくんが風邪ひいて倒れてるの知って」

「私のせいで雨に濡れたから、いても立ってもいられなくて……」


『だからって何時までいんだ? 今深夜3時だぞ』


 え、もうそんな時間に!?


『早く帰って来い。今日から学校だろぉが』


 そうだった……でも。


 スマホを右耳に当てたまま、ぎゅうっと握り締める。

「……やだ、行かない。休む」


『あーそうかよ。なら勝手にしろ』


「あ、あの、氷雅ひょうがお兄ちゃ…」


『…朝迎えに行く』


 ブチッ!


 電話切られちゃった……。


 私の両目がじわりと潤む。


 氷雅ひょうがお兄ちゃん、なんで?

 すぐ連れ戻しに来てもおかしくないのに…。

 気を遣ってくれたの?


「…星野ほしの


「あ、月沢つきさわくん…起こしちゃったね」


「…起こしちゃったね、じゃねぇわ」

「…なんで帰らなかったんだよ」


月沢つきさわくんの看病したくて…」


 月沢つきさわくんは寝たまま、腕で自分の両目を隠す。

「…あー、何俺寝てんだよ」

「…無理矢理にでも部屋に返すべきだったわ」


氷雅ひょうがお兄ちゃん、朝ここに迎えに来るって…」


 月沢つきさわくんは両目を見開くと腕を下ろす。

「…許可出たんかよ」


「うん、私もびっくり…」


「…最後の情けか」

 月沢つきさわくんがボソッと呟く。


 ヴーヴー。

 スマホのバイブ音が鳴り響く。


「え、私じゃない」


「あー俺だわ」

 月沢つきさわくんは枕の隣に置いてあるスマホの応答のボタンをタップし、右耳にスマホを当てる。


怜王れお

 穏やかな声が聞こえた。

 月沢つきさわくんはベットから起き上がる。


「…のぞむ先輩? なんで…」


 え、のぞむ先輩!?


『ワゴンタクシー、役に立ったかな?』

『偶然高校の裏通ったら凜空りくのバイクが停まっててね、しばらく張ってたんだ』


「…助かりました。ありがとうございます」


『今、一人?』


 月沢つきさわくんは私をチラッと見る。

「…いえ、星野ほしのも一緒です」


『なら代わってくれるかな?』


「…分かりました。星野ほしの

 月沢つきさわくんが私の右耳にスマホを当てる。


『ありす、話すのは初めてだね』


 なんて穏やかな声なんだろう。


「は、はい」


『そんな緊張しないで』

『君に伝えたいことがあるんだ。黙って聞いててくれるかな?』


「はい」


『暴走族有栖ありすはね、俺の彼女の名前からそのまま取ってつけたんだよ』


 え、彼女!?


『漢字で有栖ありすと書くのも珍しくて、長い黒髪がとても綺麗だった』


 黒髪の有栖ありす……。


『他校の中学だったけれど下っ端の時からずっと支えてくれていてね、俺が独立した時も一番に喜んでくれた』

『ずっと共にいられると信じて疑わなかった』

『でもその甘さのせいで、翼輝つばきとの闘争の日、有栖ありすは俺を庇って死んだ』


 え……死んだ?


 月沢つきさわくんは切なげな表情をする。


『だから君を見た時、彼女が生き返ったようで嬉しかった』


『どうかこの先何があろうとも生きて、怜王れおと幸せになってくれ』


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