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 月沢つきさわくんは転がった缶を見る。

「…お前、酔わせたのか?」


「うん、あの時はノンアルだったから本物で酔わせて襲いたくなってね」


 月沢つきさわくんの表情が強張る。


「酔わせて襲うだって!? 夜遊びにしては度が過ぎてるだろ!」

 三月みつきくんが言うと、続けて夕日ゆうひちゃんが口を開く。


「そうよ! 凜空りく、私がいながら勝手に黙ってこんなことするなんて!」

「どうしちゃったの!?」


「どうもしないよ」

「それより怜王れお、よくここまで来れたね」

「高熱と咳で立ってるだけでもやっとなのに」


 高熱と咳?

 もしかして昨日の雨で風邪ひいたんじゃ……。


しょうのバイクに乗っけてもらって来たの?」


「この状況でよくそんなことが言えるな」

「タクシーでみんなで来たんだ」

「服は俺が着替えさせた」

 三月みつきくんがそう弁明すると、夜野やのくんが、ふっ、と笑う。


「総長がタクシーって、ダサッ」


「…うるせぇ、お前が呼んだんだろ…ゴホゴホッ」


「あぁ、怜王れおと本気の勝負がしたくてね」


「本気の勝負って何考えてるの!?」

怜王れおがこんな状態で戦える訳ないでしょ!?」


「そうだぞ!」


 夕日ゆうひちゃんと三月みつきくんが続けて言うと、


 夜野やのくんは意地悪な顔で笑う。

「じゃあ、ありすちゃん好きにさせてもらうけどいい?」


「お前、卑怯だぞ!」


「そうよ、見損なったわ!!」


 夜野やのくんは悪魔のような目つきで2人を睨む。

「てめぇらは黙ってろ」


 三月みつきくんと夕日ゆうひちゃんの体がびくつく。


怜王れお、受けてくれるよね?」


「…あぁ。しょう放せ」

 月沢つきさわくんがそう言うと三月みつきくんは肩から手を放す。


月沢つきさわく…やめて…」

 私が必死に声を絞り出して言うと月沢つきさわくんがこっちを見る。


「…星野ほしの、すぐ助ける」

「…そこで見てろ」


 ふたりの目を見た瞬間、分かってしまう。

 本気で、もう止めることは出来ないって。


怜王れお、俺が勝ったら総長の座譲れよ」


「それはぜってぇねぇわ」

 月沢つきさわくんはそう強く言い切ると夜野やのくんに余裕の笑みを浮かべる。


「…凜空りく、一発で決めてやる。覚悟しろよ」



 月沢つきさわくんと夜野やのくんは静かに見つめ合う。


 そして、夜空に薄っすらと月が光り輝いた瞬間、

 夜野やのくんは地面を蹴り、空気を引き裂いて右拳を首元目掛けて撃つ。


 月沢つきさわくんが打突を右に避けると、夜野やのくんは左拳を首元に繰り出す。


 月沢つきさわくんは両頬ぎりぎりをかすめながら交互に避ける動きを何度か繰り返す。


 月沢つきさわくん…辛そう。

 頑張って……!


「避けてばっかでダッサ」

「一発で決めるんじゃなかったんかよ!」

 夜野やのくんはそう叫び、中段蹴りを繰り出す。


 月沢つきさわくんは両腕で受け止め押し返すと、

 続けて上段回し蹴りが繰り出された。


 体を反らし、バク転して回避するも月沢つきさわくんはよろける。


「もらったぁぁあああああ!!」

 夜野やのくんは顔面目掛けて右拳を鋭く突き出す。


怜王れおくん…!」


 私が必死に名前を呼ぶと、

 月沢つきさわくんは避けずに総長たる冷気を放ちながら夜野やのくんを睨み付ける。


 夜野やのくんはおくし、拳の動きがほんの一瞬止まった。


 月沢つきさわくんの握り締めた右拳が月の光で閃き、


 ――――ドスッ!

 その満ちた一撃が夜野やのくんのみぞおちに深く食い込んだ。


「がはっ…」


 月沢つきさわくんが右拳を離す。

 夜野やのくんは前に倒れ、月沢つきさわくんはその体を受け止めた。


 夜野やのくんの額から汗が垂れる。

「はぁ…さすが総長…やっぱ敵わねぇな」


「…なんでこんなことしたんだよ?」


「ありすちゃんのことお前が諦めようとしてるからだよ」

「お前、氷雅ひょうがにわざと殺されて自分だけが犠牲になればそれでいいって思ってるだろ」


 月沢つきさわくんの前髪が両目にかかる。

「…思ってねぇよ」


「いや、思ってる。いつも自分のことは後回しだからな、お前は」

「ありすちゃんはな、白いサワーの缶チューハイお前が好きって知っただけで無理して飲んだんだ」

「そんだけお前は愛されてんだよ」

「ありすちゃん達だけじゃない、俺達にも。だから」


 夜野やのくんは一筋の涙を流す。


「何がなんでも生きろ。なんも諦めんな」


 月沢つきさわくんは夜野やのくんの体を支えながら自分の両目を右手で隠す。

「…馬鹿野郎、泣かせんじゃねぇよ」


 それを見て、三月みつきくんと夕日ゆうひちゃんは言葉にならず泣く。


 夜野やのくん、月沢つきさわくんの為にやったんだ……。


 私の両目からも留まることなく大粒の光が零れた。


 その後泣き止むと月沢つきさわくんは夜野やのくんを夕日ゆうひちゃんに預け、私の前まで歩いて来た。


 月沢つきさわくんが木のロープをほどく。

 両手が解放されると月沢つきさわくんは私の前にしゃがむ。


「…星野ほしの、待たせたな」


月沢つきさわくん…!」

 私は、がばっと月沢つきさわくんを抱き締める。

 月沢つきさわくんも抱き締め返す。


「…こんな目に合わせて悪かった」

 月沢つきさわくんは悲痛な表情で言う。


「ううん…月沢つきさわくんに…会えたから…もういい」

「私こそ…ごめんなさい」

「風邪ひいたの私のせい…」


「…お前のせいじゃねぇよ」


 私は心配そうな表情を浮かべる。

「でも凄い汗…」


「…帰ってから濡れたまま着替えずにボーッとしてた俺が悪…ゴホゴホッ!」


月沢つきさわくん…!」

 私が叫ぶと月沢つきさわくんは決意の眼差しで私を見つめた。


「…はぁ…俺、諦めねぇ」

「…生きてお前らといることも」

「…星野ほしの、お前のことも」


「うん…私も諦めないよ」


「…ありす、俺はお前をぜってぇ幸せにする」


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