Ice lolly10⋈最後まで、して。

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 会えたから…もういい。

 私も諦めないよ。

 …ねぇ、最後まで、して。



 7月15日の夜。私は部屋で勉強していた。


 今日は月曜日だけど海の日で高校はお休み。

 昨日のこともあって氷雅ひょうがお兄ちゃんとゆったり過ごしたけど、結局、勉強の習慣が抜けなくて大学の受験勉強しちゃってる。

 習慣って怖い……。


 ヴーヴー。

 私のスマホからバイブ音が鳴り響く。


 え、夜野やのくん!?


 私は勉強する手を一旦止めて、応答のボタンをタップし、右耳にスマホを当てる。

「も、もしもし?」


『ありすちゃん、突然電話してごめんね』

『今、一人?』

 耳元に響く色気のある声。


「あ、うん。氷雅ひょうがお兄ちゃんはバイトに行ってる」


『そっか、良かった』


「どうしたの?」


『あのさ、今から怜王れお達と高校で夜遊びすることになったんだけど、ありすちゃんも来る?』


 え、高校で夜遊び!?


「あ、えっと……」


『ありすちゃんが黒雪くろゆきについたことは怜王れおから聞いてる』

『でも俺、ありすちゃんのこと諦めたくないんだよね』

『きっとしょう夕日ゆうひも同じ気持ちだと思う』

『だからありすちゃん、今日だけでいいから来て欲しい』


 夜野やのくん……。


 頬が熱くなって泣きそうになり、

 スマホを右耳に当てたまま、ぎゅうっと握り締める。


「私も…諦めたくない」


『ならおいでよ』


「うん、氷雅ひょうがお兄ちゃんがバイトから帰ってくるまでになるけどいいかな?」


『いいよ』

『じゃあ高校の校門で待ってるね』

『気をつけて来なよ』

 その言葉を最後に通話が切れた。


 私は椅子から立ち上がるとだっさいTシャツに短パンから裾にリボンがついたオフホワイトのゆるTシャツとスカートに着替え、

 黒のウィッグを被り、部屋を出た。



 45分後。私は飾紐りぼん高校の正面玄関の前に着いた。


「ありすちゃん、こっち」

 袋を持った夜野やのくんが手招きする。


「来るの遅くなってごめんね、電車が遅れちゃって…」


「あー、事故か何か?」

「俺はさっき裏にバイク停めて歩いて来たばっかだから大丈夫だよ」


 夜野やのくんの黒髪、いつもよりさらさらしてて綺麗…。

 片耳ピアスに色気もなんだか増してる?


「何? じっと見て」


夜野やのくん、もしかして美容院行った?」


「よく分かったね。3連休最終日だし行って来たんだ」

「ありすちゃんは3連休何してたの?」


 氷雅ひょうがお兄ちゃんと血が繋がってないことが分かって家飛び出したり、

 黒雪くろゆきの初代総長に電話で脅されたり、

 月沢つきさわくんと別れて泣いたり、

 氷雅ひょうがお兄ちゃんと甘いこと?

 して教会で仲直りしたり……なんて絶対に言えない。


「……色々あって忘れちゃった」


「へぇ、濃い3連休だったんだね」


夜野やのくん、みんなは?」


「まだみたい」


 まだ来てないんだ…。


「そっか…夜野やのくんその袋何?」


「白いサワー。こっそり先に飲んじゃおっか」

 夜野やのくんは人差し指を自分の口に当てながら言う。


「え…でも…」


 夜野やのくんが袋から白いサワーの缶チューハイを手渡してきた。

 私は渋々受け取る。


 夜野やのくんは缶の蓋を開け、一口飲む。

「あ、もしかして酒だめだった?」


「分かんない」

「前に夜野やのくん達と部屋でノンアル酎ハイ入りのサワー味のアイスキャンディー飲んで体びっくりしたことあったけど、まだアルコールのは飲んだことなくて…」


「そっか、アルコールまだなんて勿体無いな。怜王れお、これ好きなんだよね」


「え、月沢つきさわくんが?」


「うん。でも無理しなくて大丈夫だよ」

 夜野やのくんは、にこっと笑う。


 月沢つきさわくん、アイスキャンディーもだけど、白いサワー味好きなんだなぁ…。

 よし…少しだけなら…。


 私も缶の蓋を開け、一口飲んでみる。


「お、どう?」


 私は答えず、半分くらいまで飲む。


「ありすちゃん、そんな飲んで大丈夫?」


「うん、美味しい。ワルになったみたい」


 夜野やのくんは、ふっ、と笑う。

「ワルって。それは良かった」

「あ、ライン」

 夜野やのくんはそう言って自分のスマホを見る。


「なんだ、もうみんな中庭にいるってさ」

「こっちに抜け穴あるから早く行こう」

 夜野やのくんが私の右手を掴む。


「うん」


 抜け穴を抜け、先生にバレないように校舎の中を静かに通っていくと、やがて、中庭の奥の木陰に出た。


 夜野やのくんが私の右手を離す。


「バレずに来れたね」


「うん」


 私はキョロキョロと辺りを見渡す。


 月沢つきさわくん達、いない…。

 おかしいな…。


「あの、夜野やのく…」


 あれ? ふわぁっとして……。


「ありすちゃん!」


 前に倒れると夜野やのくんは私の体を後ろから腕で支えた。


 カランッ。

 地面に蓋の開いた白いサワーの缶チューハイが2つ転がる。


「ごめんなさ…白いサワーが…」


「ううん、こっちこそ“酔わせて”ごめんね?」


 酔わ…せる?


 夜野やのくんは色気のある悪魔のような目をし、耳元で囁いてきた。

「…あんまり女の子に手荒なことしたくないんだ」

「…だから俺の言うこと聞くって約束してくれる?」


 私がコクンッと頷くと、そのまま抱えて歩いて行き、木の前で下ろす。

 そして背中をつけた状態で寝かせ、私の両手を上げ、木にロープでくくりつけた。


夜野やのく…なんでこんなこと…」


「“氷雅ひょうがの妹”だからだよ」


 私の両目から光が消える。


「…あ」

「やっと来た。遅せぇよ」


 ハニーブラウンの髪の三月みつきくんに肩抱えられたまま白髪の月沢つきさわくんが歩いて来た。


 月沢つきさわくんは白のTシャツにネイビーのTシャツを重ね着し白のスキニーパンツを穿いており、

 その後ろを肩までのピンクブラウンの髪の夕日ゆうひちゃんが歩く。


 え、月沢つきさわくん、顔色が…。


「…凜空りく、てめぇ何やってんだ?」

 月沢つきさわくんは汗を垂らしながら問うと、ゴホッと咳き込む。


「何って“夜遊び”だよ」


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