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 プシュー。


 …あ、日蜜ひみつ駅で降りないと行けなかったのに、扉閉まっちゃった。


 再び電車が動き出し、私は俯く。


 もういいや。

 帰っても氷雅ひょうがお兄ちゃんと気まずいだけだし……。

 このまま、いなくなろう。


「電車の外見てみて」

 他校のポニテの女子高校生が話しかけると、


 隣に座るショートの女子高校生が驚く。

「え、バイク!?」

「しかも特攻服着てる!」

「何々? なんかの撮影!?」


「電車と追いかけっこしてる!」

「白髪の男の子、かっこいい!」

 ポニテの女子高校生が目を輝かせながら言う。


 え、白髪の男の子?


 私は俯いた顔を上げて窓から外を見る。


 え、月沢つきさわくん、なんで…。


 やばい、また涙がこぼれて…。


 嬉しいなんて、思っちゃだめだよ。

 だめなのに――――。


 とにかく、このまま終点まで行こう。

 そしたら諦めてくれるよね?



 しばらくして、私は終点の真論まろん駅で降りた。


 自動販売機近くの椅子に鞄を置いて座る。


 途中で月沢つきさわくん見えなくなったし、さすがに諦めたよね。


 私は鞄からスマホを取り出す。


 わ、氷雅ひょうがお兄ちゃんからの着信履歴とラインでいっぱい…。


『ありす、帰って来い』


 スマホの画面に表示された最後のラインを読んで胸がきゅっと痛む。


 帰れる訳ないじゃん…。


 私はスマホの電源を切って鞄の中に入れチャックを閉めると俯き、ぎゅっと両目を閉じる。


 これから一人でどうしよう。


「…星野ほしの


 え……?


 私は両目を開け、顔を上げて隣を見る。


 白の特攻服姿の月沢つきさわくんが立っていた。


月沢つきさわくん…なんで…」


「…星野ほしの、帰りたくないなら俺も付き合うわ」


「別に付き合ってくれなくていい」

 私はそう言うと鞄を右肩にかけ、

 椅子から立ち上がり、月沢つきさわくんに背を向けて歩き出す。


「…星野ほしの!」

 月沢つきさわくんに右手を掴まれる。


「放して」

「だいっっきらいって言ったでしょ」


「…だったら振りほどいてみろよ」


「っ…」


「…俺から放す気ないから」


 私の右目から一筋の涙が零れた。

「…ずるい」


 月沢つきさわくんの手の力が緩まると私は右手を放し、振り返る。

 そして、ぽか、と胸を叩いた。


「大嫌い」


 私は胸をぽかぽか叩き続ける。


「大嫌い、大嫌い、大嫌い」

月沢つきさわくんも氷雅ひょうがお兄ちゃんも」


「でも一番大嫌いなのは自分」


氷雅ひょうがお兄ちゃんが暴走族黒雪くろゆきに入ったの、私のせいなの」

「私を守る為だったの」


「…だから黒雪くろゆきを潰すのをやめろって言いたいのか?」


「っ…」


「…それは出来ない」

「…あいつも有栖ありすを潰すのはやめない」


「だったら、有栖ありす黒雪くろゆきも潰れないように月沢つきさわくんが守ってよ!」


 私は拳を振り上げると、月沢つきさわくんが拳を受け止める。


「…俺が出来るのは有栖ありすを守ること」

「…お前を守ることだけだよ」



 月沢つきさわくんはそう言うと私をぎゅっと抱き締める。


 右肩から鞄が地面にずり落ちた。


 大粒の涙が溢れて溢れて止まらない。


「…星野ほしの、俺、離れる気ねぇから」


「私も…離れたくない」

「だけど氷雅ひょうがお兄ちゃんが…」


「…別れたことにすればいい」


「え?」


「…この後、バイクでお前を部屋まで送り届けて別れたこと、俺の部屋が隣なことをあいつにあえて伝える」

「…でもベランダのことは秘密のままな」


「上手く行くかな…」


「…上手く行かせるしかない」


「なら」

 私は決意の目で月沢つきさわくんを見つめる。


「私、有栖ありす黒雪くろゆきもどっちも守る」

「守ってみせるから」

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