5


 天川あまかわくんが驚く。

「え、ありすちゃん、総長の妹!?」


「嘘だろ、総長に妹が!?」

 下っ端達が騒ぎ出す。


 氷雅ひょうがお兄ちゃんの後ろにいるバイクに乗った黒髪の男の子はただ黙って見つめている。


「なんで…バイクに乗ってるの?」

「そんな服着てるの?」

「総長って何……?」


 氷雅ひょうがお兄ちゃんはバイクから降りる。


「ありす、ずっと黙ってて悪かった」

「俺は」


 なんで謝るの?


「あ、分かった」

「総長のコスプレしてるだけだよね?」

「そうなんでしょ?」


「ありす」


 なんでそんな真面目な顔で名前呼ぶの?


「それか、こんなの夢、だよね?」


 だって氷雅ひょうがお兄ちゃんが総長な訳ないもん。


「夢じゃねぇよ」


「俺は暴走族黒雪くろゆき2代目総長だ」


 どうして……?

 こんなの、知りたくなかった。


 涙があふれて止まらない。


 ねぇ、氷雅ひょうがお兄ちゃん、

 嘘だって言ってよ。


 ブォオン

 ブォオン

 ブォオオオンッ!


 バイクが3台走ってきた。

 氷雅ひょうがお兄ちゃんが前に目線を向ける。


「やっとおでましか」

月沢つきさわ


 え?


 私は恐る恐る後ろを見る。


 綺麗な白髪。

 両耳にはピアスをつけ、

 有栖と背中に書かれた白の特攻服を着て、

 月のマークに有栖の文字がついた指輪を左手の中指に嵌めている。


月沢つきさわくん……」


 え……。


 月沢つきさわくんの後ろにいる夜野やのくんと三月みつきくんも同じ特攻服着て、

 夜野やのくんの後ろに特攻服姿の夕日ゆうひちゃんが乗って…。


 夜野やのくんは納得した顔を浮かべる。

「なるほどね、そういうことだったのか」


「みんなも暴走族だったの…?」


「そうだよ。今まで隠しててごめんね」

「俺は暴走族有栖ありすのナンバー2、夜野凜空やのりく


「そして俺が暴走族有栖ありすのナンバー3、三月翔みつきしょうだよ」


 2人が暴走族だったのもびっくりしたけど、

 夕日ゆうひちゃん、ナンバー2の彼女だったんだ……。


「ありす、驚いたわ」

「まさか金髪で氷雅ひょうがの妹だったなんてね」

 夕日ゆうひちゃんにそう言われ、


「っ…」

 私は言葉に詰まる。


「…これで分かっただろ、事実だって」

 月沢つきさわくんが切なげな顔で言う。


 そんな……。


月沢つきさわ、これは一体どういうことだ? あ?」


「…どういうことも何も」

 月沢つきさわくんは軽やかにバイクから降り、私の腕を引っ張り立たせ、抱き寄せる。


「…ありすは俺の女だ」


 初めて名前で呼ばれた……。


「ありすが何か抱えてるのは知ってたが、てめぇか!」

「ありすをたぶらかしやがったのは!!!!!!」


「…たぶらかす?」

 月沢つきさわくんは氷雅ひょうがお兄ちゃんに聞き返す。


月沢つきさわは俺の大事な黒雪くろゆきを潰す目的でお前を利用したんだ」


月沢つきさわくん…そうなの?」

 私は震えた声で尋ねる。


「…最初は知らなかった」

「…けど星野ほしのから氷雅ひょうがの名前を聞いてひょっとしてって思うようになって」

「…写メを見せてもらった時、氷雅ひょうがの妹だって分かったけど」


「…本気だし、氷雅ひょうがにだけはぜってぇ渡したくねぇって思ったわ」


「…でも黒雪くろゆきを潰すにもいいと思ったのも事実だ」


「ありすに本気だ!?」

黒雪くろゆきを潰すにもいいと思っただと!?」

月沢つきさわ、てめぇ!!」

 氷雅ひょうがお兄ちゃんは声を荒げながら叫ぶ。


「もういい!」

 私は叫ぶと月沢つきさわくんから離れる。


「…星野ほしの?」


「ふたりとも、だいっっきらい!!!!!」


 私は涙でぐちゃぐちゃになった顔で叫ぶ。


 ――――ダッ!

 私は右肩に鞄をかけ、一人で走って逃げていく。



「ありす!」

 氷雅ひょうがが叫ぶ。


 ガッ!

 氷雅ひょうが怜王れおの胸倉を掴む。

月沢つきさわ、殺す」


 怜王れおはバッと手を払い除ける。

「…悪いけど、お前に付き合ってる時間は一秒もねぇよ」


 きょうからウィッグを奪い取り、


「…後は頼む」

 怜王れおはバイクに跨ぎ、追いかけていく。


「なーんだ、タイマン張るより女取るなんて…だっさ」

 きょうあざ笑う。


きょう

 氷雅ひょうがの声にびくつく。


「総長、しゃあーせん!」

「知らなかったんです」

「ありすちゃんが総長の妹だって。だから…」


「ありすちゃんだぁ!?」


 ――――ドカッ!

 氷雅ひょうがきょうの腹を思い切り蹴り飛ばす。


 きょうは壁に激突した。

 凜空りく達と下っ端達は驚く。


 氷雅ひょうがきょうの髪を強引に掴む。


「総長、残りの奴ら全員倒すんで見逃して下さい」


「てめぇは1度ならずも3度も勝手な行動をした」

「そんなお前を許すことは出来ねぇ」

「ありすを傷つけたお前を俺が生かす訳ねぇだろ」


 物凄い勢いで氷雅ひょうがきょうを殴り続け、

 きょうは地面に倒れ、ピクリともしなくなった。


 余りにも残酷な光景に周りは唖然とすると、


 氷雅ひょうがは冷酷な表情を浮かべる。

「いいか」


「次、俺のありすに手出したら誰でもこうなることを心に深く刻んでおけ」



「はぁっ、はぁっ」

 私は右肩に鞄をかけたまま裏道を走っていた。


「…星野ほしの!」


 え、月沢つきさわくんがバイクで隣走ってる!?


「…話がある。止まれ」

「… 星野ほしの受け取れ」


 ふわっ。

 月沢つきさわくんはウィッグを投げる。


 私はウィッグを受け取って被った。


 あ、駅だ。


 私は無視して駅の階段を駆け下りていく。


「…星野ほしの!」


 え、後ろから月沢つきさわくんが走って駆け下りて来て…。


 あ、電車止まった。

 早く電車に乗らなきゃ。


 電車の扉が開き、学生やサラリーマン達が出てくる。


 私は電車に乗る。


「…星野ほしの!」

 月沢つきさわくんは右手を伸ばす。


 プシュー。

 その手を掴むことはなく、扉が閉まった。


 月沢つきさわくん、まだ私のこと呼んで…。


 電車が動き出す。

 私は扉に両手を突く。


 月沢つきさわくん!


 月沢つきさわくんの姿が見えなくなった。


 突いた両手が震える。

 私は俯いて泣く。


 未だに信じられないよ。


 月沢つきさわくんは暴走族有栖ありすの2代目総長で、

 氷雅ひょうがお兄ちゃんは暴走族黒雪くろゆき2代目総長で、


 私は月沢つきさわくんの敵だなんて。


 それに……。


「…思い出しちゃった…ぜんぶ」


 保健室で見ていた夢は現実りあるで、


 氷雅ひょうがお兄ちゃんが暴走族黒雪くろゆきに入ったのは自分のせいだって。


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