5


 凍るような寒さ…。


 え…冬の夜?


 倒れた小さな私に多数のバイク…?


 周りには暴走族達が倒れて…。


 なんで?

 一体何が……?


 黒髪の男の子が近づいて来た。

 男の子は背が高く、パーマをかけたショートボブの髪型をしている。


「素晴らしい」


 誰?

 俺様で荒い感じ…。


「気に入った」

「お前、俺の物になれ」


 ぶわっ。

 黒い翼の羽が降り注ぎ、男の子の姿が見えなくなった――――。



「…はっ」

 私は目を覚ます。


 今の夢?


「…大丈夫か?」


 え? 保健室?


 私は寝たまま窓の外を見る。


 外、もう真っ暗…。


月沢つきさわくんがここに…?」


「…あぁ」

「…軽いショック状態で保健の先生が水分補給と体を温めてくれた」


「全然覚えてない…」


「…そう」


速水はやみくん達は?」


「…お前が寝ている時に凜空りくから電話もらって」

「…生活指導の先生と一緒に警察に連れて行かれた」

「…残った先生達にさすが優等生だって感謝されたって言ってたわ」


「そっか…」


「…星野ほしの、飲む?」


「うん」


 私がゆっくり起き上がると月沢つきさわくんがふたを開けてスポーツドリンクを手渡してくれた。

 一口飲むと蓋を閉めて丸い椅子の上に置き、スカートからスマホを取り出す。


 スマホを見ると、氷雅ひょうがお兄ちゃんと表示される。


「あ、氷雅ひょうがお兄ちゃんから電話…」


「…俺のことは言うなよ」


「分かった」

 私は電話に出て、右耳にスマホを当てる。


「も、もしもし」


『ありす、無事か?』


「うん、今保健室にいる」


『怪我したのか!?』


「ううん、ちょっと疲れただけ」


『迎えに行く』


「大丈夫。今から電車で家まで帰るね」


『分かった。気をつけて帰って来いよ』


 電話が切れた。


「…星野ほしの、なんで泣いてんの?」


「まだ、帰りたくない」

 私はセーラー服の上から自分の胸に手を当てる。


「ここのリボン、触られた…」


 月沢つきさわくんが両目を見開く。


 ――――金髪なのは俺だけが知ってればいいだろ?

 ――――登校する時は必ず黒のウィッグ被ること、いいな?

 氷雅ひょうがお兄ちゃんの言葉が脳裏をぎる。


 約束、したのに。

 破るなんて許されないのに。


 月沢つきさわくんが、

 “暴走族有栖ありすの総長”かもしれないのに、


 今日だけは許して。


 私はぎゅっと布団を掴み、約束を完全に破る覚悟の目で見つめる。


月沢つきさわくん、ウィッグ取って」


 月沢つきさわくんは見つめながら私のウィッグを取る。

 そして自分のウィッグも取った。


 金髪と白髪。


 本当の私と月沢つきさわくんがあらわになる。


 ドサッ…。

 月沢つきさわくんは私をベッドに押し倒す。

 右手からスマホが床に滑り落ちた。


 しゅるっ。


 あ、セーラー服のピンク色のリボンがほどかれて……。


 月沢つきさわくんが色気のある甘い目で見つめてくる。

「…ほどいて」


 しゅるっ。

 私はネクタイを引っ張り、ほどく。


 セーラー服の中に右手が入ってきた。


 まるで心を掴み癒すように、

 白いブラのリボンをぎゅっと掴まれる。


 私が少し口を開けると、


 ギシッ……。


 月沢つきさわくんが私の横に右手を突く。


 近づいてくる甘い唇。

 静かに両目を閉じると月沢つきさわくんの唇が重なった。


 窓から見える真っ暗な夜空。

 真っ白な月が陰る。


 あふれる涙。


 もう声にすらならない。


 私の心に絡まったリボンが破れた。

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