3


「…甘っ」

 放課後。私は高い手擦りの前で空を見ながらハルピスを一口飲んだ。


 ハルピス飲んだら少し気持ち、落ち着いたかも。

 これで扉、見れる。


 私は右肩にかけた鞄の脇ポケットにハルピスを入れて振り返ると、

 扉を見ながら祈った。


 月沢つきさわくん、来て。

 お願い。


 ガチャッ。

 屋上の扉が開く。


 月沢 つきさわくんが入ってきた。


 月沢 つきさわくんは鞄を右肩にかけ、黒のウィッグを被り、制服(白の半袖シャツにチェックの薄い灰色とブルーのスボン)を着ている。


「…凜空りくから聞いた」

「…何?」


「昼休みは逃げちゃってごめんなさい」

「その、恥ずかしくて…」


「だけど音楽室から教室に戻る途中で偶然、女の子の告白聞いちゃって」

「女の子が月沢つきさわくんのネクタイに触れたの見て思いました」


 私はぎゅっと鞄の肩紐を強く握る。

「私が触れたい。いっぱい触れられたいって」


 月沢つきさわくんは両目を見開く。


 恥ずかしすぎて、顔見れない。


「だから、その、えっと…」


「…あー、良かった」

 月沢つきさわくんは自分の前髪に手の平を当てる。


「…タガが外れて」

「…いきなりあんなキスしたから嫌われたんじゃないかって」


月沢つきさわくんのこと嫌いになるはずない」


「…どんなことしても?」

 月沢つきさわくんが無表情のまま聞き返す。


「うん」


「…そう」


「…じゃあ昼休みの続きするか」


 月沢つきさわくんに右手を掴まれ、扉の裏のはしごの場所まで移動する。


 こんな場所、あったんだ…。


 はしごの前にお互い鞄を置くと、はしごの隣に座った。

「扉の横じゃ…ないんだね」


「…誰にも見せたくないし」

「…見せられないことするから」


 私の顔が、かぁっと熱くなる。


「あ、月沢つきさわくん」

「私、ネクタイはまだ、ほどけそうになくて…」


「…ほどかなくていい」


「え?」


「…ほどかれると行けなくなる」

「…星野ほしの、この後、時間大丈夫か?」


「大丈夫だけど、どうして?」


「…のぞむ先輩にお前のこと紹介したい」


のぞむ先輩って」

「2つ上で仲良かったけど高校辞めちゃったって三月みつきくんが言ってた羽鳥望はとりのぞむ先輩…?」


「…そう」

「…実際は自ら辞めたんじゃなくて退学にさせられたんだけどな」


 私はびっくりする。

「え……」


「…俺の親父、転勤族の放置主義でたまにふらっと帰ってくる感じで」

「…そんなだから俺が中学生に上がる時におふくろに離婚され捨てられた」


「…部屋は親父が今も借りてて、ほぼ俺一人で住んでるけど」


「…のぞむ先輩が一人にはしてくれなくて」

「…俺が高2になる前までずっと一緒だった」


「…周りがなんて言おうと俺にとっては親代わりっていうか兄みたいな存在で」


「…大事な人だ」


 月沢つきさわくんの部屋に行った時からのぞむ先輩のこと、

 よっぽど大事な先輩だったんだろうなって思ってたけど当たってた。


「…星野ほしの、なんで泣いてんの?」


「…嬉しくて」

「両親やのぞむ先輩のこと話してくれたことが」


「そんな大事な先輩に紹介したいって言ってくれたことが」

「幸せで」


月沢つきさわくん、私、のぞむ先輩に会ってみたい」


「…会うっていっても一瞬になるけど、それでもいいか?」


「うん」

「それであの、月沢つきさわくん」

「興味あるの、星だけだからの星って…」


 しゅるっ。

 月沢つきさわくんが私のセーラー服のピンクのリボンを一瞬でほどく。


 ふわっ……。

 ほどかれたリボンがスカートの上に落ちると、

 月沢つきさわくんは私の耳元で甘く囁く。


「…星野ほしの以外、誰がいるんだよ」


「あ……」


 月沢つきさわくんは右腕を引っ張り、

 立った両膝の間に私を入れてぎゅっと抱き締める。


月沢つきさわく…」


 あ、唇が近づいてきて……。


 ……え、止まった?


「…いいよ、して?」


「え」


「…触れたいんだろ?」


 ふわっ……。

 私は月沢つきさわくんのネクタイに両手で触れた。


 あとは唇に触れるだけ。

 だけど――――。


「…まだ出来ません」


月沢つきさわくん、いっぱい触れて」


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