4


 7月8日の深夜。私は居間のテーブルで顎を右手に乗っけた状態で伏せ寝をしていた。


 まっったく眠れない…………。


 月沢つきさわくんとは3日前の昼休みに会ったきり、一度も会ってない。

 もしかしたら今日もベランダで待っててくれてるかもしれないのに――――。





 3日前の昼休み。


 キーンコーンカーンコーン♪

 5限の予鈴が鳴り響く。


「…星野ほしの、起きろ」


「んっ…」

 屋上で眠っていた私は月沢つきさわくんに頭ぽんされ、目をゆっくりと開ける。


 …あれ?

 リボンない……。


 え、ほどかれたリボンがスカートの上に落ちて…。


 右足を立てたまま座っている月沢つきさわくんがリボンを拾う。


「…星野ほしの


 私は月沢つきさわくんの顔を見る。


「…はい」

 月沢つきさわくんは、かっこいい表情で私を見つめてきた。


「っ…」


 脳裏に浮かぶ、しゅるっ、とリボンがほどかれる音と

 月沢つきさわくんの綺麗な手。


 思い出して、

 顔が熱い。


 私はパッとほどかれたリボンを受け取り、自分の胸元に押し付ける。


「…あっ、ありがとう」

「…教室戻るね」

 私は慌てて逃げるように屋上から出て行った。



 屋上の日陰になった場所で起きた出来事は、

 何度も夢かもしれないって思った。

 だけど……。


 ――――月沢つきさわくん、好きです。

 ――――心に絡まったリボンほどいて。


 私は伏せ寝をしたまま両目を見開く。


 あれは夢じゃない。

 完全に告白してた。


 その後のことがよく思い出せないけど……。


 まさか勢い? で人生初の告白をしちゃうなんて。

 それくらい月沢つきさわくんのことが好きだったなんて。


 私は右手に乗っけていた顎を離し、その手に顔を埋める。


 ああああああああああああ。

 どうしよう……。

 今日月曜日で明るくなったら高校行かなきゃいけない。

 高校休みたいよ。

 だけど氷雅ひょうがお兄ちゃんに少しだけ感づかれちゃってるし、

 これ以上、心配かけられないよ……。


「おい、ありす」

 氷雅ひょうがお兄ちゃんに声をかけられた。


 私は顔を上げる。

 グレーの長袖のTシャツに長い黒色のアンクルパンツの氷雅ひょうがお兄ちゃんが立っていた。


「…!?」


 なんで、氷雅ひょうがお兄ちゃんがここにいるの!?


「…え、バイトは?」


「誰かさんのせいで今日は早く上がった」


「そうなんだ…」


 玄関の扉開く音、全く聞こえなかった……。

 …って、あれ?


 私は首を傾げる。

「誰かさんのせい?」


「お前以外に誰がいんだよ」


 サァーッと私の顔が青ざめていく。


 私の…せい?

 だとしたら物凄くマズい。


 私は立ち上がる。

「…じゃあ氷雅ひょうがお兄ちゃん、私、部屋に戻って勉強してくるね」


「しなくていい。ここにいろ」


 私の体が、まるで氷のように固まる。


 え……。


「作ってくる」

 氷雅ひょうがお兄ちゃんはそう言ってキッチンに向かう。


 作るって何を?




 そして10分後。氷雅ひょうがお兄ちゃんがテーブルにカレーライスを2皿置いた。


 さっと炒めて煮たカレーには豚こま切れ肉に玉ねぎとえのきだけが入っていて、スプーンが突っ込まれている。


「え、しゃびしゃび…」


「短時間で作ったから失敗したわ」


 氷雅ひょうがお兄ちゃんは私の隣に座ってテーブルに右肘を立てる。


 私はふふっと笑う。

氷雅ひょうがお兄ちゃんがカレー初めて作ってくれた時も同じだったね」


「うるせぇ、忘れろ」

「つーか、笑えんじゃねぇか」


 あ……。

 もしかしてこのカレー、私を元気づける為にわざと失敗して……。



「何抱えてるのか知んねぇけど」

「空腹じゃ眠れねぇだろ」

「飯はちゃんと食え」

「それで食ってる時くらいは今みたいに笑ってろ」


 何それ……。

 そんなこと言われたら涙止まらなくなっちゃうよ。


「ったく、泣いてんじゃねぇよ」

 氷雅ひょうがお兄ちゃんがTシャツの袖で私の涙を拭う。


「……理由聞かないの?」


「お前が話したくなった時に聞くわ」


 私の胸がきゅっと痛む。


 そんな時は、きっとこない。

 月沢つきさわくんとのことは絶対に秘密だから。


 でも高校に行く元気出た。


「…氷雅ひょうがお兄ちゃん」


「なんだよ?」


「一緒に夜更かししてくれてありがとう」


 お礼を言うと、

 氷雅ひょうがお兄ちゃんは照れ臭さを隠す為か私の頭をぽんと叩いた。





 カレーを食べ終えた私は部屋に戻ると、鞄のチャックを開けてスマホを取り出す。


 スマホの時計を見たら2時。

 月沢つきさわくんまだ起きてるよね…?


 氷雅ひょうがお兄ちゃんは今キッチンでお皿洗ってるから大丈夫。

 よし。


「…月沢つきさわくんにラインしよう」


 私は月沢つきさわくんのトーク画面を開く。


月沢つきさわくん、話したいことがあります』


 送れた……え!?


 私はドキッとする。


 月沢つきさわくんから電話かかってきて…。

 マナーモードで良かった…。

 じゃなくて、どどどどうしよう。

 落ち着いて、私。

 とにかく出よう。


 私はドキドキしながら電話に出て、右耳にスマホを当てる。


「…何?」


 あ……、

 月沢つきさわくんの声、冷たい感じだ。


 もうだめかもしれない。


 私は両目の涙が零れ落ちないようにぐっと堪える。


 それでも、私、諦めたくない。



「…今日の放課後、屋上で待ってます」



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