3


「はぁっ、はぁっ……」

 10分後、私は全力疾走で階段を上り切り、屋上に着いた。


 私は扉のノブを回してみる。


 ガチャ。


 あ、開いた……。


 キラキラと輝く青空。

 もこもこの入道雲。

 高い手擦り。


 白の半袖シャツにチェックの薄い灰色とブルーのスボンを履いた月沢 つきさわくんが立っていた。


 顔を見たら胸がいっぱいになって何も言葉が出てこない。


「…星野ほしの


 私の体がびくつくと月沢 つきさわくんが近づいてくる。


「…今朝は悪かった」

「…冷たくしたの、アレわざとだから」


 え、わざと…?


 月沢 つきさわくんは私をぎゅっと抱き締めた。



「…凜空りくからさっき電話もらった」

「…星野ほしのが無事で良かった」


「っ…」


 私の両目がじわりと潤む。


 冷たくない。

 いつもの月沢 つきさわくんの甘くやわらかい声だ…。


 月沢 つきさわくんは私を離すと頭をぽんと優しく叩く。

「…疲れただろ」

「…座りながら話そう」


 私達は扉の横の壁に背中をつけて座る。


 走って来て、

 しかも月沢 つきさわくんに抱き締められたから余計に体が熱いな…。

 でもここ、ちょうど日陰になってて涼しい。


「…あの、わざとって?」


「…俺、不登校で有名だろ?」


「…だから俺のことよく思ってない連中がたくさんいて」

「…表立って仲良くすると星野ほしのが何らかの嫌がらせを受けることになる」

「…それが嫌で冷たくした」


「…でも話しかけた時点でアウトだったわ」

 月沢つきさわくんは自分の前髪に手の平を当てた。


「…これからはふたりきりの時だけ優しくするから」


「…あの、月沢つきさわくん」

「私達の関係ってなんですか?」


 やばい。


 私は両手で自分の口を覆う。


 自分から聞いておいて恥ずかしくなってきた。

 やっぱり、“お友達”かな?



「…ほどいてほどかれる関係」

「…プラス秘密多め」



 私はびっくりする。


 そんな発想はなかった……。


 あ、関係が分かって安心したら、また眠くなって…。

 今朝、電車の中で氷雅ひょうがお兄ちゃんの腕の中で眠ったのに…。


「…星野ほしの眠いのか?」

「…あ、リボン曲がって」


「さっき掴まれて、ほどかれそうになった…」


「…は?」


「このままほどかれたらって思ったら…すごく怖かった」

「嫌で嫌で仕方なかった…」


 頭もボーッとして、

 自分が何を言ってるのか分からなくなってきちゃった……。


「どうせほどかれるなら、ぜんぶ…月沢つきさわくんがいい」


「…何言ってんの?」

「…まだ、“ほどかないで”って昨日言ってただろ?」


 うん、そうだね。

 だけど――――。


 両目から大粒の光が止めなく流れる。



月沢つきさわくん、好きです」

「心に絡まったリボンほどいて」



 しゅるっ。

 月沢つきさわくんに制服のリボンを少しずつぼどかれていく。


 ふわっ……。

 ほどかれたリボンがスカートの上に落ちる。


 月沢つきさわくんが私の耳の横に右手を突いた。


 爽やかな甘い香り……?


 あれ?

 何かがゆっくり近づいてきて……。


 私の首から汗が垂れる。


 眠くてよく分からな……。


 ふわっと唇に何かが重なった。


「んっ……」


 とろけるような甘さを感じた瞬間、私は両目の瞼を閉じた。



「…やっぱ、来ねぇわな」

 その日の深夜。怜王れおはベランダで呟いていた。


「…ん? 電話?」

「…非通知?」

 怜王れおは右耳にスマホを当てる。


「…もしもし?」


怜王れお

 穏やかな声で名前を呼ばれた。


「…総長!」


「ははっ、俺はもう総長じゃないよ」


「…………」

「…のぞむ先輩、怪我大丈夫ですか?」


「あぁ、歩けるようになったよ」

「でもまだ少年院上がりの保護観察中だから」

「キャップで顔隠してるけどね」


「…………」


怜王れおは高校通い始めたようだね」


「…白い鳥、見たんすね」


「あぁ、怜王れおのことがたくさん呟かれていたよ」

「かっこいい! イケメン!! とか」


「…………」


怜王れお、暴走族黒雪くろゆきにも、もう嗅ぎ付けられているかもしれない」

「気をつけるんだよ」

「分かっているよね?」


「…はい」

 怜王れおの両目から光が消える。



「…暴走族黒雪くろゆきは必ず潰します」

「…俺の代で」


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