5


「…あ、涼しい」

 月沢つきさわくんと一緒にベランダに出ると熱が少しだけ冷めた。


「…酔わせてねぇから」


「分かってる」

「多分、初めて缶酎ハイ飲んで体がびっくりしたのと」

「このウィッグのせいだと思う。熱込もるから」

 私はそう言って苦笑いする。


「…カップラーメン、ほんとはカレー味食べたかった?」

 月沢つきさわくんが無表情で尋ねてきた。


「…!」


 え、バレて…。


「なんで分かったの?」


「…あー、目線で」


 月沢つきさわくんは頭をぽんぽんする。

「…刺激的なのは、また今度な」


「っ…」


 また今度?


 あ、月沢つきさわくん、優しく笑って…。

 月沢つきさわくんが笑ったの初めて見た…。


 昨日までは隣のベランダに私はいて、

 仕切り板の穴から月沢つきさわくんを見てた。


 だけど今、同じベランダに、

 月沢つきさわくんの隣に私はいる。


 でも、家に帰ったらもう、


 “2度と会えないかもしれない”


 私は急に不安に陥り、曇った夜空を見上げた。


「もし、会えなかったら?」


「…星野ほしの?」


 私の我儘わがままだって分かってる。

 だけど――――。


 私は涙をこらえながら月沢つきさわくんをじっと見つめる。



「ベランダだけじゃなくて、こうやって」

「高校でも会いたい」



 兎がいそうな大きな満月は雲に隠れるのをやめて姿を現す。

 昨日より更に欠けていて、

 夏の夜空の星々はそれに負けずとキラキラと輝き始める。


「…分かった。時間もねぇし」



「… 星野ほしの、俺、明日から高校行くわ」




「…じゃあ、かけるぞ」

 ベランダから居間に戻って食べ終わった後。月沢つきさわくんが私の髪にドライヤーをかけた。


「これで少しは香り消えるだろ」


 私は床に座っていて、ゴーッとドライヤー音が部屋中に鳴り響く。


 温風モードで熱い……。


「ドライヤー前に消臭スプレー私達がかけたし」

「これでお兄ちゃんにバレずに済むね」

 夕日ゆうひちゃんが右手の親指を立てる。


「みんな、ありがとう。ラインも」


 友だち

 夜野凜空やのりく

 三月翔みつきしょう

 姫浦夕日ひめうらゆうひ


 カップラーメンを食べてる時にラインのID交換をして、『お兄ちゃんに黙って出て来たから香りでバレたらマズイ』って言ったら、みんな協力してくれた。

 名前は月沢つきさわくんにだけ知っててもらいたくて言えなかったけど…。


 ドライヤーのスイッチが切り替えられ、冷風が背中に当たる。


「ひゃっ」


「…星野ほしの、変な声出すな。やりずらい」


「ごめんなさい」


 でも冷風、気持ちいい。


「思い出すなぁ。のぞむ先輩のこと」

「仕方ないねって」

のぞむ先輩も夕日ゆうひに頼まれて、こうやってドライヤーかけてたっけ」

 三月みつきくんが懐かしがりながら言う。


のぞむ先輩?」

 私は聞き返す。


羽鳥望はとりのぞむ先輩」

「2つ上の先輩で仲良かったんだけど高校辞めちゃってさ」


しょう

 夜野やのくんが止めると、


「…ベラベラ話てんじゃねぇよ」

 月沢つきさわくんが怒りを交えた声で言う。


「しゃあーせん」

 三月みつきくんは頭を下げて謝った。


 月沢つきさわくんが怒るなんて…。

 よっぽど大事な先輩だったんだろうな。


「…出来た」

 月沢つきさわくんはドライヤーの電源をオフにする。


月沢つきさわくん、ありがとう」

「これで帰れます」

 私は床から立ち上がる。


「…玄関まで送る」

 月沢つきさわくんがそう言うと、


「ありす、また高校でね~」

 夕日ゆうひちゃんが手を降った。


 私も振り返し、月沢つきさわくんと一緒に玄関まで歩いて行く。


 そして靴を履き、扉の前に立つ。


「…今日、来れて良かった。楽しかった」

「…月沢つきさわくん、明日、高校来るよね?」


 月沢つきさわくんは靴を履き、私を隣からぎゅっと抱き締めた。


 私はドキッとする。


「…あぁ、約束」

 月沢つきさわくんは耳元で甘く囁くと私の頭をぽんぽんして、


 ガチャッ。

 鍵を開け、右手で扉を開ける。


 私は涙を堪えながら外に出ると、扉がぱたんっ、と閉まった。



怜王れお、“明日、高校”ってどういうこと?」

 後ろから凜空りくが腕を組みながら尋ねる。


「…はぁ、聞いてたのか」

「…そのまんまの意味だけど?」


「ありすちゃんに近づいたの」

「“名前がありす”だけじゃないよな?」

「あの子、何者?」


「…………」

 怜王れおは無言で靴を脱ぎ、居間に戻っていく。


 凜空りくは戻って来た怜王れおの右腕を掴む。

「明日から高校って本気かよ」


「え」

 夕日ゆうひは驚く。


怜王れお、マジで!?」

 しょうが聞くと、


「…あぁ、本気だ」

 怜王れおが真面目な顔で答える。


怜王れおが登校したら恐らく暴走族黒雪くろゆきにも情報流れるだろうね」

「俺達はいいけど1番危険なのはありすちゃんだよ」

「総長なこともバレるかもしれない」

 凜空りくがそう忠告すると、怜王れおは掴まれていた手を払う。


「…大丈夫だ」

「…それに」


 怜王れおは、ふっ、と笑う。

「あいつら相手すんの」

「…ナンバー2の凜空りく

「…ナンバー3のしょうがいれば余裕だろ?」


「そそ、孤人こびとの集まりなんて余裕よね?」


「総長と夕日ゆうひに言われたらもう応じるしかないね」

 凜空りくは、にっこり笑う。


 しょうが頭を下げる。



「総長、明日から高校でも全力で守らせて頂きます」




氷雅ひょうがお兄ちゃん、まだ寝てて良かった…」

 私は部屋でトップスとショートパンツに着替えていた。


 黒のふわロングのウィッグを取って、それ専用のハンガーにかけ、スマホの時計を見る。


 え、もう3時!?

 月沢つきさわくんの部屋に3時間いたんだ…。


 ……あ、月沢つきさわくんからライン!?

 マナーモードにしておいて良かった…。


 私はトークをタップし、ラインのトーク画面を開く。


『…部屋着いた?』


 月沢つきさわくんと初ライン…ドキドキする。


『うん。バレずに済んだよ』


『…良かった。星野ほしのおやすみ、また明日な』


『うん。月沢つきさわくん、おやすみなさい』


 トークが終わると私はスマホをぎゅっと抱き締め、鞄の中に隠してベットに寝転がる。


「……疲れた」


 夢みたいな一日だったな。


 両目にじわりと涙が浮かび、

 きらきらと星のように光っては頬から零れ落ちていく。



 今日はもう、

 興奮して眠れそうにないや。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る