3


 甘い言葉。

 ほどけるのなら、ほどいて欲しい。

 だけど……。


「まだ、ほどかないで」


「…そう、じゃあ」

「…少しずつほどいてやるよ」

 月沢つきさわくんは扉に突いていた右手を下ろし、

 後ろから左腕でぎゅっと私を抱き締める。


 あ、抱き締められ…。


「…黙って家出てくんの勇気いっただろ」

「…“氷雅ひょうがお兄ちゃん”に」


「うん…」

「いつも大事にしてもらってるのに」

「私、裏切って…」


「…よく頑張ったな」


 そんなふうに言われたら、余計に涙が止まらなくなる。


 月沢つきさわくんと会ったのは、ほんの2日前。

 部屋に来たのは今日が初めて。


 なのにずっとこのままでいたいって思ってしまう。


「…あー、やばい」


「え…?」

 私は月沢つきさわくんの顔を見る。

 その瞬間、甘い唇が近づいてきた……。


 ガチャッ。

 部屋の扉が開く。


怜王れお、来たよ」

 黒髪の男の子が言う。


 え……。


 仲間と思われる3人が驚くと、月沢つきさわくんは私を離す。


 黒髪の男の子が月沢つきさわくんに笑いかける。

「…ごめん」

怜王れお、少し早かったみたいだね」


「…お前、絶対わざと開けただろ」


 月沢つきさわくんは複雑な表情を浮かべ、自分の前髪に手の平を当てた。


 あ、黒髪の男の子と目が合って…。


「あれ? 君って2年C組の前にいた子?」


「え?」


 ――――ウチのクラスになんか用事?

 昨日の優等生美男子の言葉が脳裏に浮かび上がった。


「…あ」

「もしかして昨日声をかけてくれた…」


「そうだよ」


 まさか、月沢つきさわくんの仲間の一人だったなんて!


「雰囲気が違うので全く気がつきませんでした」


「…こいつ高校では猫被ってるから」


「ん?」

 黒髪の男の子が、にっこり笑いながら聞き返すも月沢つきさわくんは無視する。


「…星野ほしの、紹介する」

「…俺と同じ2年C組の」


「…夜野凜空やのりく


 さらさらの黒髪、

 少女と見まがう線の細い顔立ちなのは変わらないけど、

 高校での爽やかさも持ち合わせたミステリアスな雰囲気に、

 落ち着いた物腰の優等生美男子とは変わって、

 色気のある不良男子な感じ…。


「よろしく」

 夜野やのくんは、にっこり笑う。


「…三月翔みつきしょう


 ハニーブラウンの髪、

 元気があふれてて、

 イケメンで可愛さもある兎っぽい男子…。

 

「よろしく~」

 三月みつきくんは明るい声で言う。


「…姫浦夕日ひめうらゆうひ

「… 凜空りくの秘密の彼女」


「え…!?」

 私が驚くと、


「こうやって紹介されると恥ず~」

 夕日ゆうひちゃんはそう言って照れ臭そうに笑う。


 肩までのピンクブラウンの髪、

 明るくて可愛い美少女で、

 ハートの女王ぽさもある…。

 夜野やのくんとお似合い…。


 夕日ゆうひちゃんは私の頭をぽんぽんする。

夕日ゆうひって呼んでいーよ」

「よろしくね」


「あ、うん、よろしくお願いします」

「私は星野ほしのありす。2年B組です」


「ありす?」

 夜野やのくんが驚くと、

 三月みつきくん、夕日ゆうひちゃんも驚く。


「…………」

 月沢つきさわくんは黙ったまま見守る。


 なんだろう?

 そんなに名前、おかしかったかな…。


「なるほどね、それで仲良くなったのか」

 夜野やのくんがにっこり笑う。


「それで仲良く?」

 私は聞き返す。


「可愛い名前だから怜王れおのお気に入りになれたってことだよ」


 え、可愛…?

 月沢つきさわくんのお気に入り!?


「ね、怜王れお


「…凜空りく、うるせぇよ」


怜王れお、照れた~」

 三月みつきくんが冷やかす。


「てか、お腹空いたんだけど」

 夕日ゆうひちゃんがそう言うと、


「そう言うと思ってカップラーメン持ってきたよ」

 夜野やのくんが袋を持った右手を上げる。


「さっすが凜空りく


「マジで!? 俺も」

 三月みつきくんも袋を持った左手を上げる。


「…じゃあ今日、ノンアル缶酎ハイあるし」

「…カップラーメンとサワーのアイスキャンディー食べるか」

 月沢つきさわくんがそう言うと、


 夕日ゆうひちゃんが夜野やのくんの背中をぽんっと叩く。

「じゃ、上がろ」


怜王れお、キッチン使わせてもらうね」

「俺も」

 夜野やのくんと三月みつきくんがそう言うと、


 3人は玄関で靴を脱いで上がっていく。


「…星野ほしの、おいで」


 2回目の“おいで”

 しかも電話越しではなく生声で。


「…うん」

 私もドキドキしながら靴を脱いで上がり、月沢つきさわくんに着いて行く。


 ベランダに続く扉のカーテンは閉まっていて、

 テレビにテーブル、ノートパソコン、ソファーがあり、

 シンプルな居間だけどオシャレに見える。


「…ソファー使って」

「…いつも俺が寝てるやつで悪いけど」


 え? 

 ここで寝て? 


「部屋は…?」


「…俺の部屋はあっち」

「…だけどここで寝落ちが多い」


「そうなんだ…」


 だったらなおさらドキドキして座れない。


「私も床に座るから大丈夫」


「そう」


 テーブルの前にすでに座っていた夕日ゆうひちゃんの隣に座ると、


「…じゃあ飲み物取ってくるわ」

 月沢つきさわくんも夜野やのくん達がいるキッチンに向かう。


 初めての缶酎ハイとカップラーメン楽しみだな。





「今日ノンアルなの、ありすちゃんの為だったんだね」

 数分後。キッチンの冷蔵庫を開けた怜王れおに向かって凜空りくが笑う。


「いっそのことアルコールで酔わせて襲えばいいのに」


「出た~猫被ってない凜空りく~」

 しょうが笑いながら言うと、


「ん?」

 凜空りくが、にっこり笑いながら聞き返す。


「…お前じゃあるまいし、ねぇよ」


 怜王れおが冷たく言うと、

 凜空りくの顔から笑顔が消え、

 悪魔のような表情に変わる。


「てかさ、これからどうするつもり?」



「暴走族有栖ありすの総長さん」


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