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氷雅ひょうがお兄ちゃん出来たよ」

 20分後。作ったお茶漬けをおぼんに乗せて氷雅ひょうがお兄ちゃんの部屋に再び入る。


「なんだ、茶漬けかよ」

 いつもの長袖Tシャツに着替えた氷雅ひょうがお兄ちゃんはベットに座ったままぶっきら棒に言う。


「嫌なら無理して食べなくていい…」


 氷雅ひょうがお兄ちゃんはおぼんごと手に取る。


「立ったままじゃ疲れるだろ」

「隣、座れよ」


「あ、うん」

 私が氷雅ひょうがお兄ちゃんの隣に座ると、


「お前、飯は?」

 そう尋ねてきた。


「もう先にお茶漬け食べてきた」


 ほんとはまだ食べてないけど、

 そう言わないと氷雅ひょうがお兄ちゃん、『俺が作る』ってまた言いかねないし。


「そうか」


 氷雅ひょうがお兄ちゃんはベットに座ったままスプーンで一口食べる。


「クソまずい」


「え」


「湯入れすぎ。味しねぇ」


 お湯入れすぎちゃった!?


「あ、作りなお…」


 氷雅ひょうがお兄ちゃんはスプーンでお茶漬けを食べ続け、完食してくれた。


 空の器をおぼんの上に乗せ横に置くと、

 私を抱き締め、頭を優しく撫でる。


「え、氷雅ひょうがお兄ちゃ…」



 氷雅ひょうがお兄ちゃんの手が離れた。


 なんだか氷雅ひょうがお兄ちゃんが遠くに行ってしまったみたいに感じた。



「今のは礼だ」

「もう寝る」


「…分かった」

 私はベットから立ち上がっておぼんを持つ。


「ちゃんと晩飯食べろよ」


 え、お茶漬け食べてないのバレてる!?


「お、おやすみなさい」


「ん、おやすみ」


 私はおぼんを落とさないように気をつけながら部屋を出た。

 祈るようにぎゅっと両目を瞑る。



 お願い、このままバレないで。




 深夜0時前、私はスマホを左手に持ったまま氷雅ひょうがお兄ちゃんの部屋の扉を右手で少し開ける。


 氷雅ひょうがお兄ちゃん、熟睡してる…。

 これなら行けそう。


 私は右手で扉を閉める。


 ほんとに氷雅ひょうがお兄ちゃんを裏切っていいの?

 やめた方がいいんじゃ…。


 私は首を横に振る。


 黒のふわロングのウィッグ被って、


 だっさいTシャツに短パンの方が絶対バレないのに、

 こんなウエストに大きなリボンがついたライトブルーのTシャツに着替えておいて今更戻れないよ――――。


 私は涙ぐみながらも自分の部屋に行く。


 ラインか電話、どっちにしよう。

 ラインの方が気づかれにくいとは思うけど…。


 月沢つきさわくんの声が聞きたい。


 左手のスマホを見る。

 スマホの時計がちょうど0時になった。


 私は月沢つきさわくんのラインのトークから電話をかけ、左耳にスマホを当てる。


 月沢つきさわくんと繋がった。


 あ、どうしよう。

 何か言わなきゃいけないのに。

 もし話し声で氷雅ひょうがお兄ちゃんが起きたらと思うと、

 怖くて声が出せない…。



「…星野ほしの、おいで」



 月沢つきさわくんの甘い声が耳元でふわりと広がる。


 私は部屋を出て忍び足で玄関まで歩いて行く。

 そして玄関の扉を静かに開けた。


 外に出ると扉をゆっくり閉めて、隣の部屋まで歩く。


 ガチャッ…。

 隣の部屋の扉が開いた。


 月沢つきさわくんは月のマークがついた指輪を左手の中指につけ、

 ネイビー色のTシャツに白のTシャツを重ね着し黒のスキニーパンツを穿いている。


 昨日までベランダだったのに、

 目の前に月沢つきさわくんが…。

 これは夢?


 私は月沢つきさわくんに腕を掴まれ、中に入る。


 不思議な世界つきさわくんのへやに迷い込んじゃった…。


 ぱたんっ…。

 月沢つきさわくんが扉を閉める。


「…あの、仲間は?」

 私は目線を逸らしながら問う。


「…まだ来てない」


 じゃあ、今、ふたりきり?


 氷雅ひょうがお兄ちゃんを裏切った罪悪感と、

 月沢つきさわくんとふたりきりなのが嬉しい気持ちが交じり合って…。


 どうしよう。

 涙出てきちゃった。


 私は涙を見られたくなくて、

 扉の方に体の向きを変える。


「…星野ほしの?」



 涙、お願い止まって。



 ……あ、

 ウエストのリボンほどけそう。


「…リボン、ほどけそうだな」

 私はドキッする。


「…心にもリボン絡まってるんだっけ?」


 え?


 『…ほんと心に絡まったリボンほどいて欲しい』


 昨日、ベランダで月沢つきさわくんに聞こえない声で呟いたのに、

 聞こえていたの?


 私の顔が、かぁぁっと熱くなる。


「あ……」


 私の体を覆うように後ろから右手が伸びてきて、扉に突いた。

 

「…ウエストのリボン、完全にほどけたな」


 月沢つきさわくんが耳元で甘く囁く。



「…星野ほしの

「…心のリボンも俺がほどいてやろうか?」


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