Ice lolly3⋈お願い、バレないで。

1

 涙、お願い止まって。

 ……あ、

 リボンほどけそう。




「ただいま」

 7月3日の夜。いつも通り部屋にいるとバイトから帰ってきた氷雅ひょうがお兄ちゃんが声をかけてきた。


 私はドキッとする。


 氷雅ひょうがお兄ちゃん、高校の制服(半袖シャツ)着てるってことは高校からバイト先まで直行したのかな?


 平常心、平常心…。


「おかえりなさい」


「着替えたらすぐ晩飯作る」


「あ、うん」


 氷雅ひょうがお兄ちゃんは自分の部屋に向かう。


「はぁ…」

 私は両手で顔を隠す。


 氷雅ひょうがお兄ちゃんと話すだけで緊張する。

 こんなんでほんとうに家抜け出せるのかな…。


 でも約束しちゃったし、

 今日、仲間も来るって言ってたし、

 仲間の中に同じ高校の人いたらヤバいよね…。

 もし金髪のことバラされたら…。

 それに…、



 ただどうしようもなく会いたい。


「…喉渇いてきちゃった」

「アイスコーヒー飲んでこよう」


 キッチンまで行くと、私は冷蔵庫を開けてペットボトルのアイスコーヒーを取り出しコップに注いで飲む。


「冷たっ…」


 コーヒーは苦くて正直、あんまり好きじゃない。


 カフェインが多く含まれてて集中力アップして勉強中に感じる眠気を防いでくれる効果があるって氷雅ひょうがお兄ちゃんに進められて飲むようになって、

 今では飲むのは慣れたけど…。


 …あれ?

 そういえば氷雅ひょうがお兄ちゃん、着替えたらすぐ晩御飯作るって言ってたよね?

 まだ着替えてるのかな?

 それにしては遅いような…。


 私はコップをテーブルに置いて、氷雅ひょうがお兄ちゃんの部屋の前まで行く。


「あの、氷雅ひょうがお兄ちゃん」


「…………」


 何も返って来ない。

 やっぱり何か変だ。


氷雅ひょうがお兄ちゃん、開けるよ?」


 ガチャッ。

 私は部屋の扉を開けた。


 ほんのりスパイシーなシトラスの香りがする。


「…!」


 エアコンに学習机とベットだけのシンプルな部屋の中で、

 氷雅ひょうがお兄ちゃんが扉の横の壁に左手を突いて右手で顔を覆い、床に崩れ落ちていた。


 薄いブルーの半袖シャツのボタンは全て外れていて、

 ペンダントヘッドに雪のマークがついているネックレスが見えた。


氷雅ひょうがお兄ちゃん!」

 私は慌てて部屋の中に入り、氷雅ひょうがお兄ちゃんの隣にしゃがんで肩に手を当てる。


「大丈夫!?」


「あぁ、着替えてたらちょっと眩暈めまいがしただけだ」

「すぐ晩飯…」


「作らなくていい。私が作るからもう寝て」

 私は強く言う。


「お前作れねぇだろ。後で寝る」

「心配かけて悪かったな。もう大丈夫だ」


 私の両目が潤む。

「私が大丈夫じゃない」


「じゃあ」

 氷雅ひょうがお兄ちゃんは私をぎゅっと抱き締める。


 開いたシャツの隙間から直接触れる氷雅ひょうがお兄ちゃんの胸。



「抱き枕代わりに」

「お前の体、少しだけ借りるわ」


 だ、抱き枕の代わり!?

 どうしよう。

 昨日のベットでもそうだったけど、

 また甘く暑くなって…。


「あの、氷雅ひょうがお兄ちゃん、そろそろ…」


 氷雅ひょうがお兄ちゃんは離してくれない。


「晩御飯作らなきゃだから…」


「行かせねぇよ」

「もう少しだけ」


 心が痛い。

 痛くて痛くてたまらない。


 なんでそんなこと言うの?

 すぐ離して欲しかった。


 氷雅ひょうがお兄ちゃんに抱き締められたくなかった。


 だって私、氷雅ひょうがお兄ちゃんのこと裏切るから。

 ひどい妹だから。


「も…だめ…」


 あ…、

 やっと氷雅ひょうがお兄ちゃんが私のこと離してくれた。


「…晩御飯作ってくるね」



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