5

 え…?


 自分の頬に右手で触れてみる。


 嘘…。

 私、なんで泣いて……。 


 …あ、そっか。

 月沢つきさわくんに会えたのが嬉しいんだ。

 でもそんなこと恥ずかしくて言えない。


「…これ、食べるか?」

 月沢つきさわくんは袋に入った白いサワー味のアイスキャンディーを仕切り板の穴から手渡してきた。


「うん、食べる」

 私は仕切り板に近づいてとっさに手を伸ばす。

 袋に入った白いサワー味のアイスキャンディーを受け取った瞬間、今日も指先が触れた。


「…泣いてごめんね」

「勉強疲れ溜まってるのかも」


「…勉強疲れ?」


「…氷雅ひょうがお兄ちゃんに言われて毎晩大学受験の勉強遅くまでやってるから」


「…大変だな」


 私は誰にも聞こえないような声でぽつり呟く。



「…ほんと心に絡まったリボンほどいて欲しい」


 月沢つきさわくんは無表情なまま私を見つめる。


「… 月沢つきさわくん、私ね、高校では金髪隠してるの」

氷雅ひょうがお兄ちゃんと登校する時は必ず黒のウィッグ被る約束してて」

「だから…」


「…昨日ここで金髪見たこと秘密にして欲しい?」


「あ……うん」

「それを今日、高校で言うつもりだった」


「……」

 月沢つきさわくんは黙る。


 震える唇から消え入るような声を絞り出す。

「… 白瀬しらせ先生に聞いた」

「不登校のこと」


 月沢つきさわくんの両目にふわりと前髪がかかる。

「…高校には行く気ない」


「なんで?」


「…溶ける、早く食べろ」


「あ、うん…」

 私は袋を破る。


「…俺も食べよ」

 月沢つきさわくんも袋を破った。


 昨日は一人でアイスキャンディー食べたけど、

 今日は月沢つきさわくんと一緒に食べてる。


 嬉しい。

 もっと近くで話してみたい。

 だけど、


 ベランダの仕切り板を飛び越えることは出来ない。


「…金髪見たこと秘密にしてやるよ」


「え?」


「…その代わり俺とここで会ってるのも秘密で」


「分かった」


「…それから」


 月沢つきさわくんがじっと私を甘く見つめる。



「…明日の深夜、俺の部屋に来ないか?」


 私の思考が一瞬だけ停止する。


 え…今なんて……。


「…仲間も来る」


 あ、ふたりきりじゃないんだ…。


「どうやって部屋に…?」


「…仕切り板壊す」


 ええ!?


「バレたら大家さんに怒られて弁償しないといけないし…」

「それに氷雅ひょうがお兄ちゃんにバレたら困るので…」


「…じゃあ、玄関から」


 玄関からって…。


 氷雅ひょうがお兄ちゃんを裏切れって言うの?


 そんなの無理だよ…。

 氷雅ひょうがお兄ちゃんに絶対バレちゃう。


「…来なかったら秘密バラすかもな」


 ええ!?

 金髪見たこと秘密にするって、さっき言ってたのに…。


「…い、行きます」


「…スマホ持ってるか?」


「うん」


「…じゃあID交換な」


 仕切り板の穴からお互いのスマホを合わせる。

 胸がドキドキでいっぱい。


 友だち

 お母さん

 お父さん

 氷雅ひょうがお兄ちゃん


 そして…


 月沢怜王つきさわれお


「…家族以外初めて」


「…俺、友達第一号?」


「うん」

 私はそう短く答える。


「…頭になんかついてる」


「え、どこ?」

 私は月沢つきさわくんに頭を見せる。


 穴が空いた仕切り板から月沢つきさわくんの右手が伸びてきて、

 私の頭に優しく触れた。


「…嘘だから」

「…出る時、ラインか電話して」

「…星野ほしの、また明日な」

 月沢つきさわくんはそう言うと手を引っ込め、部屋に入って行った。


 嘘って……。


 ドクドクドクドクと、私の心臓が物凄い音を立てる。


 顔が熱い。

 呼吸止まるかと思った。


 月沢つきさわくんに頭、触られちゃった…。


 それだけじゃない。

 ID交換までしちゃった。


 私はアイスキャンディーの空袋と一緒にスマホをぎゅっと抱き締める。



 だめだって、

 許されないって分かってるのに。

 分かってたのに。


 だけど、

 もう止められないの。

 ごめんね、氷雅ひょうがお兄ちゃん。


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