3


 …もし、あの時、部屋でパンフレットを見てなかったら、氷雅ひょうがお兄ちゃんと同じ書庫蘭しょこら高校だったかもしれない。


 今となってはもう遅いけど。


 花果緒かかお駅に電車が止まった。

 扉が開き、続々とサラリーマン達が降りていく。


「じゃあ俺、ここで降りるから」


「うん…」


 氷雅ひょうがお兄ちゃんは私の頭をぽんっと叩くと、鞄を右肩にかけたまま開いた扉から出て行った。


 世界が変わってしまったかのようで少し寂しい。


 扉が閉まり、再び電車が動き出す。

 扉の窓から氷雅ひょうがお兄ちゃんの背中が一瞬だけ見えた。


 氷雅ひょうがお兄ちゃん、体大丈夫だよね…?


 髪のことは氷雅ひょうがお兄ちゃん以外秘密。


 高校行ったら月沢つきさわくんに会うかもしれない。

 もし会ったら、昨日ベランダで私が金髪だったこと秘密にしてもらうように言わなきゃ。



「――――では、復習しておくように」

 12時のチャイムが鳴り響く中、2年B組の壇上で白瀬しらせ先生が言った。


 白瀬しらせ先生は担任で、クールな男の先生である。


 4限終わっちゃった…。


 登校したら「昼休みに俺の教室まで来い。金髪バラすぞ」って脅されたりとか覚悟してたんだけど、小説みたいなことはなくて、


 まだ月沢つきさわくんには会えてない。


 同じ高校で同級生なら、もう会っててもおかしくないのに。

 本当に同じ高校なのかな?


 白瀬しらせ先生が教室から出て行く。


 よし、勇気を出して白瀬しらせ先生に聞いてみよう。


 私は白瀬しらせ先生を追いかけ前扉から出る。


「あのっ」

 後ろから声をかけると、白瀬しらせ先生が振り返った。


星野ほしの、どうした?」


「つ」


「つ?」


月沢怜王つきさわれおくんって知っていますか?」


 聞けた…。

 胸がドキドキする…。


「知っているも何も月沢つきさわはC組で」


 え、隣のクラス!?



「不登校で有名な生徒だよ」


 私の目が揺れる。


 月沢つきさわくんが不登校?


 胸がドクンドクン、と嫌な音を立てる。


「いつから…ですか?」


「高2の春からだ」

「みんなもうとっくに知っている」


 ショックで私の両目から光が消えた。


 そんな…。

 知らなかったの私だけ?


星野ほしの、無理に人と関われとは言わないが」

「もっと周りを見た方がいい」


「っ…」


「なぜ今頃、月沢つきさわのことが気になったのかは分からないが」

「あんなクズな生徒、気にかけるだけ時間の無駄だ」

「今すぐ忘れた方がいい。では」

 白瀬しらせ先生はそう言って廊下を歩いて行った。


 月沢つきさわくんが“不登校で有名でクズな生徒”?


 『…またな、星野ほしの


 月沢つきさわくんと話したのは深夜の一時。

 だけどそんなふうには見えなかった。


 嘘だよね? そんなの。


 私は確かめにC組まで歩いて行く。


「ちょ、月沢つきさわの机、ジュースやお菓子ばっか置かれてんだけど」

 男の子が言うと、その友達がどかっと椅子にわざと座る。


「おいお前、何、月沢つきさわの席に座ってんの?」

 男の子の友達が笑いながら問う。


「いいじゃん、どうせいつも空いてんだし」


月沢つきさわに怒られるぞ」



「あんなプラチナブロンドで、いっつも寝てて」

「授業は気が向いた時だけ受けて」

「態度悪いクズに怒られたくないわ」


 月沢つきさわくんって今は白髪だけどプラチナブロンドで、

 学校ではいつもそんな感じだったんだ…。


「てか月沢つきさわ、もう永久に学校来ないんじゃね?」


 私は胸元に両手を重ねて当てる。


 …そっか。

 なら、私が金髪の髪だってバラされる心配ないってことだよね。

 隣のクラスでも私が黒のウィッグつけてることは多分知らないだろうし。

 良かった……。



「ウチのクラスになんか用事?」



 前扉から出て来た男の子に尋ねられた。


 さらさらの黒髪に少女と見まがう線の細い顔立ち。

 ミステリアスな雰囲気だが爽やかさも持ち合わせ、落ち着いた物腰の優等生美男子。


「…!」

 私は慌ててB組に駆け戻る。


「はぁっ、はぁっ…」


 ――――あんなクズな生徒、気にかけるだけ時間の無駄だ。

 白瀬しらせ先生の言葉が脳裏にぎった。


 そうなのかもしれない。

 白瀬しらせ先生が言うように今すぐ忘れた方がいいのかもしれない。

 だけど…。



 唇に右手で触れてみたら、

 もう半日経ってるのに唇がまだ熱くて甘い。


 白いサワー味のアイスキャンディーの刺激的で甘酸っぱい感覚が忘れられなくて。

 また会いたいって思ってしまうの。

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