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「おい、大丈夫か?」

 それから30分後、氷雅ひょうがお兄ちゃんが揺れ動く電車の出入り扉の横でぶっきら棒な口調で尋ねてきた。


 電車内はサラリーマンや学生達で、ぎゅうぎゅう詰め状態。

 そんな中私は、薄いブルーの半袖シャツを着た氷雅ひょうがお兄ちゃんに壁ドンされている。


「私は大丈夫…」


 氷雅ひょうがお兄ちゃんが守ってくれているから。


氷雅ひょうがお兄ちゃんこそ、凄い汗…」


「汗くれぇ大したことねぇよ」


 嘘。顔色だって悪いのに…。

 氷雅ひょうがお兄ちゃんはいつも私のことばっかり優先する。

 高校決める時だって――――。




 中2の夏休み前。


「あの、お母さん、進路のことなんだけど…」

 セーラー服姿の私は居間のソファーでくつろぐお母さんに声をかけた。


 お母さんは金髪の私と違って綺麗な黒のロングで、ほんわかなピンク色のマニュキアを爪に塗っている最中みたい。


「ありすは氷雅ひょうがと同じ 書庫蘭しょこら高校受験するんでしょ~?」


「え…」


「わーかってるって」


「あ、うん…」

 私はそう短く返事をすると自分の部屋に行く。


 部屋に戻るとベットに座り、隣に置いてある飾紐りぼん高校のパンフレットを手に取って見つめる。


「制服可愛いな…」



「ありす」


 開いた扉から学ラン姿の氷雅ひょうがお兄ちゃんが声をかけ、中に入ってきた。

 私は座ったままサッとパンフレットを背中に隠す。


氷雅ひょうがお兄ちゃん、帰ってたの?」


飾紐りぼん高校に行きてぇのか?」


 私の顔がサァーッと真っ青になる。


 見られてた…。


 私は首を横に振る。

「違う、たまたま見てただけで…」

「私、氷雅ひょうがお兄ちゃんと同じ 書庫蘭しょこら高校行くから」


「行かなくていい」


 私は驚く。

「え?」


「お前は飾紐りぼん高校に行け」


「え、え? なんで?」

「なんでそんなこと言うの? 私はっ…」


「ありすは俺より頭がいい。無理して合わせなくていい」

 氷雅ひょうがお兄ちゃんはそう言って背を向ける。


 私はベットから立ち上がり、氷雅ひょうがお兄ちゃんの学ランの裾を後ろからぎゅっと掴む。


「無理なんてしない!」

「私は氷雅ひょうがお兄ちゃんと同じ書庫蘭しょこら高校に行くんだもん!」

 

「は~、うるさいわねぇ~」

「喧嘩なら外でやってよ~」

 居間からお母さんの声が聞こえてきた。


「お前うるせぇし、高校も一緒だなんてうんざりだ」


 氷雅ひょうがお兄ちゃんは私を冷たく突き放す。


「俺が話しつけてくる」


「待って! 氷雅ひょうがお兄ちゃん!」


 ぱたん、と閉まる扉。

 私はその場で崩れ落ちる。


 涙があふれてあふれて止まらなかった。

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