2


黒図くろず、今日はゆっくり休め。明日は無理して登校しなくていいからな」

 池田先生が優しくそう言うと、わたしは、ふわりと笑う。


「大丈夫です、明日も来ます」


 お母さんは眉毛を下げ、両目に薄っすらと涙を浮かべる。

「ほんとにこの子は…。なんていい子なの」


「今後、このようなことがあれば学校通わせるの考えますので」

雪羽ゆきは、タクシーで帰るわよ」


「うん… ぎっ……」

 名前を呼ぼうとした時、肩にもたれかかってしまう。


 相可おおかくんが肩に、ぽんっと手を乗せ、耳元で囁いた。

「…明日の早朝教室で」


「…うん、約束」



雪羽ゆきはちゃん、帰っちゃったね」

 りんがそう言うと、池田先生が口を開く。

相可おおか、車で送ってく」


「いえ、大丈夫です。歩いて帰れます」


 池田先生は困った表情をする。

「でもなぁ」


「じゃあ、私が付き添…」

 春花はるかがそう言いかけると、

 

「先生、ぎん姫乃ひめの送って行って下さい」

 りんが被せるように頼む。


 姫乃ひめのが、びっくりする。

「え、りん!?」


「分かった」

相可おおかいばら、行くぞ」

 池田先生がそう言い、ぎん達は着いて歩いて行く。


ぎんとふたりきりで帰れなくて残念だったね」

雪羽ゆきはちゃんの真似、下手くそ」

「交通事故も作戦?」


「まさか」

 春花はるかの顔つきが悪魔な表情に変わる。


「真似だってバレてたんですね」

「私のこと好きになったと思ってたのに」


 りんは、にこっと笑う。

「なる訳ないよ、ブス」

「俺、雪羽ゆきはちゃん一筋だから」


林崎りんざきくんだって過去話して同情引いてたくせに」


「日曜日、聞いてたの?」


「はい、チェリバにいました」

「私、ストーカーですから」

「どんな手を使ってもぎんくんを手に入れる」


「キミには一生手に入らないよ」

雪羽ゆきはちゃんには、なれないから」

 りんがさらりと言った。


「そうですね」

雪羽ゆきはちゃんは一生手に入らないと思います」


「いつも相可おおかくんの2番手な林崎りんざきくんもね」

 春花はるかはそう言って笑った。


 りんが悪魔のような表情を浮かべる。

「次は何するつもり?」


「マラソンで勝つ」


 りんはフッと笑う。

「なんだ、正当じゃん」

「なら俺も本気でマラソン走ろうかな」



 12月15日。8時いつもより、1時間早く登校した。


 わたしは廊下を駆け足で走る。


 楽しみのあまり、昨日、眠れなかった。

 相可おおかくん、もう教室に来てるだろうな。


 わたしは、ハァハァ、と息を切らしながら名前を呼んだ。

相可おおかくん」


 ガラッ、と教室の扉を開ける。


「――――!!」


 …え?

 なんで春花はるかちゃんが教室にいるの?


 わたしは、春花はるかちゃんを見て固まる。


 相可おおかくんしか約束知らないはずなのに――――。


 目が合うと、春花はるかちゃんはかすかに笑う。

雪羽ゆきはちゃん、おはよう」


 その笑顔に違和感を感じた。

 わたしはどうしていいか分からず、ただ茫然と立ち尽くす。

「あ、おは…」


「今日は早いね」

「誰に会いに来たの?」


「それは…」


「この桃色のパーカー、相可おおかくんに借りたんだ」

「フードもさっきまでいた相可おおかくんが被せてくれたの」


「桃ずきんだからって」

 春花はるかちゃんは頬を少し赤らめ、見せつけながら満面の笑みを浮かべる。


「え?」

 それを見たわたしは複雑な気持ちになった。


 わたしの動揺した顔を見ると 春花はるかちゃんは、にこっと笑う。

「ははっ、雪羽ゆきはちゃん分かりやすすぎ」

相可おおかくんのこと、大好きなんだね」


「っ…」

 わたしは図星を突かれ、何も答えられない。


「嘘だよ」


「桃色のパーカーは私の」

相可おおかくんまだ来てないし、フードも自分で被った」


「ここにいるのは昨日、2人が病院の待合室のソファーで約束してたの聞いてただけ」

相可おおかくんじゃなくてごめんね」


「なんでそんなこと…」


「分かってるくせに」

「私も相可おおかくんのことが好きだからだよ」


 やっぱり…。


「だから雪羽ゆきはちゃんの真似をして相可おおかくんに近づいた」

「そしたら隣で話せた」

「手にも触れられた」


 わたしと春花はるかちゃんは見つめ合う。


「一つ言っておこうと思って相可おおかくんより先に来て待ってたの」


相可おおかくんの隣、雪羽ゆきはちゃんだけじゃないから」

姫乃ひめのちゃんも隣の席だから」


 わたしは、もっともなことを言われ黙る。


 確かに。

 姫乃ひめのちゃんは相可おおかくんの左隣だ。


 数秒間、沈黙が続いた後、

「黙ってないでなんか言えよ」

 春花はるかちゃんは生意気な態度で聞き返す。


 わたしは泣きそうになる。


「分かってる」


 だけど…。


「なら」


 え、わたしの席に座って…。


 春花はるかちゃんの両目に暗闇が広がって行くのが分かった。


 春花はるかちゃんの顔が悪魔のような表情に変わり、バッと頭からフードを脱ぐ。

「さっさと諦めて、雪羽ゆきはちゃんの席、私に譲ってよ」


 わたしは真っ直ぐ春花はるかちゃんを見つめる。


「だめ」

「ここはわたしの席だから」


 ガラッと教室の前の扉が開く。


「何やってんの?」

 相可おおかくんが教室に入ってきた。


 相可おおかくんは、ぽんっとわたしの頭に手を乗せ、何も言わずにただ冷たい顔で春花はるかちゃんを見つめる。


 春花はるかちゃんの表情が、か弱い表情に変わり、力なく笑う。

「体調悪くて雪羽ゆきはちゃんの席借りてただけ」

「少し休んだらよくなった」


雪羽ゆきはちゃん、ありがとう」


「…………」

 わたしが黙ると、耳元に春花はるかちゃんの唇が近づいてきた。


「…明日のマラソンで私が勝ったら席譲ってね」


 負けたら席替えの前に恋が終わってしまう。

 最悪、高校にも通えなくなるかもしれない。


 それでも、わたしはこの相可おおかくんの隣の席を守りたい。


 春花はるかちゃんがコソッと言うと、わたしは答えた。

「…分かった」



 春花はるかちゃんと約束してしまった。

 もう、負けられない。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

2024年12月17日 22:00
2024年12月17日 22:00
2024年12月20日 22:00

今日も隣の席でぎゅっとして。❄︎ 空野瑠理子 @sorano_ruriko

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画