Silver snow13*ここはわたしの席だから。

1


 分かってる。

 だけど…だめ。

 ここはわたしの席だから。



 …あれ?

 なんで、わたし教室にいるの?

 歩道にいたはずなのに。


 ふわっ…。

 よく見るとわたしの体に天使の羽が生えていた。


 天使の羽生えてるってことは…。


 両手で自分の口を押さえる。


 わたし、死んじゃったの?


 …あ、春花はるかちゃん、またわたしの席に座って…。

 相可おおかくんと楽しそうに話してる。


 それだけじゃない。


 春花はるかちゃん、相可おおかくんの方を見ながら両手の平広げて、その手の平の上に銀のミルクの飴をふわっと降るように手渡してる…。


 一筋の涙が流れ、ぽたぽたとしたたっていく。


 相可おおかくんの右隣は、わたしだったのに――――。


相可おおかくん、気付いて」

「わたし、ここにいるよ」


 … だめだ。

 聞こえてないみたい。

 わたし、もう、見えてないんだ。


 わたしは俯く。

 するとガタッと音がして誰かが近づいてくる。


 …え?

 手?


 わたしは顔を上げる。


黒図くろず

 相可おおかくんが手を差し伸べながら優しく笑う。


 ぽたぽた、と涙がまるで光のように輝き、こぼれ落ちていく。


 あ…気づいてくれた。


 わたしは相可おおかくんの手をぎゅっと掴んだ――――。



「んっ……」

 わたしのまぶたがゆっくりと持ち上がった。


「―――― 黒図くろず?」


 相可おおかくんの優しい声…………。


 薄っすらと開くわたしの両目。


黒図くろず、大丈夫か?」


 わたしの目に光が宿り、相可おおかくんの顔が、ぼんやりと映る。


「…………」


 頭が、ぼーっとする……。


「おい、何黙ってんだよ?」

「答えろよ」

黒図くろず、しっかりしろ」


 くっきりと相可おおかくんの顔が両目に映った。


 わたしは声を必死に絞り出す。

相可おおか…くん?」


 隣に一緒にいる相可おおかくんは自分の口に右手を当て、泣きそうな顔をした。


「良かった…目覚めて」

「もう二度と目覚めないんじゃないかって思った」


 初めて、相可おおかくんのこんな切ない表情見た…。

 わたしの胸がぎゅっと苦しくなる。


 地面には鞄が横たわっていて、相可おおかくんが、わたしを抱き締めながら歩道に倒れていた。


 2車線の道路。

 こっちの歩道に木々がないってことは…。


 え、渡り切れてる?


 そっか…バイクに轢かれそうになったわたしを相可おおかくんが抱き締めて助けてくれたんだ…。


「あれ見て」

「やばいんじゃない?」

 様々な声が、ざわめいて飛び交い、人が集まってくる。


 その中の一人のサラリーマンがスマホで電話をかける。

「救急車2台、お願いします」


 相可おおかくんは起き上がると、わたしの背中に手を添え、優しくゆっくりと抱き起こしてくれた。


黒図くろず、痛いところは?」


「膝擦りむいたくらいかな」

相可おおかくんは大丈夫…?」


「あぁ、なんとかな」

「上手く一緒に転べたわ」


 わたしは、相可おおかくんの言葉を聞いて、ほっとする。

相可おおかくん が無事で良かった…」


 相可おおかくんは切なげな表情をする。

「良くねぇよ」


「バイクには逃げられるわ」

黒図くろずは嘘ついて勝手に帰るわ」

「窓から叫んだのに、なんで逃げんだよ?」


 相可おおかくんの声が震える。

「俺を置いて行くな」


「一人にするなよ」

「寂しいだろ」


黒図くろず! お前だけは絶対にいなくなるんじゃねぇ!」


 涙がぽたぽたとこぼれ落ちる。

「ごめんなさい…」


 相可おおかくんは、わたしをぎゅうっと肩から抱き締める。


「離して…みんな見てる」

 相可おおかくんは、わたしの言葉を聞かずに強く抱き締めて離そうとしない。


 震えた手で抱き締め返そうとする。

 でも出来ない。


「…ねぇ、相可おおかくん」

「こうしてぎゅっとしてくれるのは、わたしが隣の席だからだよね…?」


「…………」

 相可おおかくんは何も答えない。


「隣の席じゃなくなったら?」


「それでも隣にいて、ぎゅっとするよ」


 わたしの目から大粒の涙が零れ落ちる。


 嘘つきだね。

 隣じゃなくなったら、相可おおかくんは姫乃ひめのちゃんの隣に行くのに。

 そしてわたしの恋は終わるのに。


黒図くろず、もう喋るな」

「寝とけ」


 わたしは何も答えず、相可おおかくんの胸に顔を埋める。


 せめて終わりがくるまでは相可おおかくんの隣にいたい。


 再び両目を閉じ、眠りについた。



「ごめんね、手怪我させて」

 わたしは病院の待合室のソファーで相可おおかくんに謝った。


 上手く一緒に転べたわって言ってたのに…わたしに気を遣ってくれたのかな…。


「こっちこそ、膝擦りむかせてごめんな」


 隣に座っている相可おおかくんに、わたしは首を横に振る。


「でも良かった。黒図くろずが軽症で済んで」


相可おおかくんも…」


 相可おおかくんは、わたしの頭をぽんぽんっと叩く。


 わたしは鞄のチャックを開け、スマホを取り出して見る。


 お母さん、お父さん、林崎りんざきくん、 姫乃ひめのちゃん、そして…。


雪羽ゆきはちゃん、大丈夫!?』

『今、病院に向かってる』

『お願い、無事でいて』


 春花はるかちゃんからいっぱいラインと着信履歴が届いてる…。


ぎん!」

雪羽ゆきは!」

 林崎りんざきくんと姫乃ひめのちゃんが叫び、


 わたしはふと前を見ると、ハッと驚いた表情を浮かべる。


 春花はるかちゃんも一緒に駆けてきた。


 林崎りんざきくんが安堵あんどの表情を浮かべる。

「良かった、2人とも無事で」

「電話かけたりライン送ったりしたけど返事なかったからさ」


「あ、見てねぇわ、ごめん」

 相可おおかくんが冷たく返すと、


「だろうね」

 林崎りんざきくんがそう言ってにっこり笑う。


 そんな2人のやり取りを見て姫乃ひめのちゃんが、ほっとした表情を浮かべる。

「あー、本当に良かった!」

「イケメンから2人の交通事故のこと聞いた時、心臓飛び出たからね」


 姫乃ひめのちゃん…。


 春花はるかちゃんは、わたしをぎゅっと抱き締める。

「|雪羽ちゃん、良かった。ほんとうに良かったっ…」


 春花はるかちゃん…。


「みんな、心配かけてごめんなさい」

「来てくれてありがとう」

 わたしがお礼を言うと、春花はるかちゃんが相可おおかくんの手を見る。


 春花はるかちゃんが心配そうな表情で尋ねてきた。

相可おおかくん、手、大丈夫?」


「あぁ、大したことねぇよ」

 相可おおかくんがそう言うと、春花はるかちゃんは包帯で巻いた手を優しく握る。

 それを見て、頭にある疑問が浮かんだ。


 わたしにわざと見せつけてる?

 もしかして、春花はるかちゃん、相可おおかくんのこと…。


ぎんくん、痛くて可哀想」


 わたしは胸をズキンッと痛ませつつも苦笑いする。


 バッ。

 相可おおかくんは春花はるかちゃんの手を突き放す。


 春花はるかちゃんは、しゅんとする。

「あ、痛かったよね…ごめんね」


「…………」

 相可おおかくんは何も答えない。


雪羽ゆきは!」

相可おおか!」


 診察室の白い扉が開き、お医者さんからの説明が終わったお母さんと池田先生が叫び、駆けてきた。


 お母さんが、わたしの顔を見てほっとすると、わたしをぎゅっと抱き締める。

雪羽ゆきは、大変だったわね」

「無事で良かったわ」


「うん…」


「CT結果、2人とも大丈夫で先生安心したよ」

「警察からもさっき連絡があってバイクの運転手も無事に捕まったようだ。良かった良かった」

 池田先生がそう言うと、


「ちっとも良くないわよ!」

雪羽ゆきはをこんな目に合わせるなんて!」

 お母さんは、キッ! と相可おおかくんを睨む。


「土日出掛けるの禁止にして平日も真っ直ぐ帰って来るようにさせた意味が全くないじゃない!」


「お母さん…!」

 わたしが叫ぶと、


 春花はるかちゃんが、びっくりする。

「え…」


雪羽ゆきは、そうだったの?」

 姫乃ひめのちゃんに尋ねられ、わたしはコクンと頷くことしか出来なかった。


「あー、やっぱりね」


りん、知ってたなら教えてよ」


姫乃ひめの、ごめんね。詳しくは知らなかったからさ」

ぎんは全部知ってたみたいだけどね」

 林崎りんざきくんはそう言って、にっこり笑いかける。


「…………」

 相可おおかくんは無視して何も答えない。


「お母さん、相可おおかが助けたんですよ」

 池田先生が相可おおかくんをフォローすると、お母さんの怒りが収まる。


「そうだったの。ありがとう」


「いえ」


「下の名前は?」


ぎんです」


 お母さんはびっくりして動揺する。

ぎん…?」

「まさか…」


 お母さん…?

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