2


ぎん、良かった」

 姫乃ひめのちゃんは安心した表情を見せる。


「どうやら寝坊だったみたいだね」

 姫乃ひめのちゃんに続けて林崎りんざきくんがそう言うと、


 ――――ダッ!

 わたしは膝の痛みを堪えながら駆け出し、ガラッと後ろの扉を開け、


「こら! 黒図くろず、戻って来い!」

 日向ひゅうが先生が叫ぶのを無視して教室から出て行った。



 途中で何度か転びそうになりながらも走って階段を降りていき、しばらくして、1階の下駄箱の前に着いた。


 わたしは下駄箱で靴に履き替え、走って玄関から外に飛び出す。


 外は花びらのように雪が舞っていた。


黒図くろず!」

 相可おおかくんが前から駆けてくる。


 わたしは相可おおかくんの前でしゃがみ込む。


 それを見て相可おおかくんは驚く。


「おい、黒図くろず!」

「大丈夫か!?」


 わたしは相可おおかくんの顔を見てほっとする。


 はぁ、はぁ、と息を整えた。


「良かった…もう高校に来ないんじゃないかって…」


りん達から聞いたのか?」


「うん…」

 そう短く答えると相可おおかくんが真剣な顔をする。


「中3の時、突然、両親が出て行ってそれっきり中学には行かなくなった」

「それでも2人から仕送りはあってなんとかバイトしながら高校には通えてるけどな」


 そうだったんだ…。


 ぽたっと涙が零れ落ちる。


 相可おおかくんの過去が知れて嬉しい。


「今日は寝坊で遅れただけ」

「泣くなよ」

 相可おおかくんは、わたしの涙をそっと手で拭う。


「泣くよ」

「だって」


 ぽたぽた、とまた2粒落ち、制服のスカートを濡らしていく。


相可おおかくんがいなかったら隣の席になった意味ないもん」


 …あ。

 わたし、何言って…。


 わたしの顔がカァァッと熱くなる。


 これじゃまるで告白してるみたい。


 ふわっ…。


「…………!」

 一瞬、何が起こったのか分からなかった。

 ほのかに甘いバニラの香りがわたしを包み込む。


 わたし、今、相可おおかくんの胸の中にいる。


 暖かさがわたしの体に染み透っていき、ドキン、ドキンと鼓動が速くなっていく。


 相可おおかくんは困った表情を浮かべる。


「隣にいるって言ったくせにな」

 そう言うと相可おおかくんは切ない顔をした。


「今日は教室で待ってなくてごめん」

「昨日も上手くフォロー出来なくてごめんな」


「ううん、相可おおかくんは何も悪くない」

「わたしがぜんぶ悪いの」


「昨日はお母さんがごめんなさい」


「気にしてない」

「それより、あの後、何言われた?」


 わたしの両目が揺らぐ。

「何も…」


「嘘つくなよ。言えよ」


 わたしはぎゅっと両目を閉じる。

 涙が止まらない。


「土日に出掛けるの禁止だって」

「平日も真っ直ぐ帰ってくることって言われた」


「もう相可おおかくん達とは遊べない」


「それでも俺の隣にいろよ」

「絶対離れるな」


「うんっ…」


 相可おおかくんは、生まれたての子うさぎを撫でるかのように、髪をふわふわと優しく撫でる。


 花びらのように舞っていた雪が止んだ。


 空から降り注ぐ暖かな光が、わたし達を照らしていた。



 そして、放課後。わたしは相可おおかくんや林崎りんざきくん達と一緒に廊下を歩いて帰る。


 ――――スッ。

 右肩に鞄をかけた女の子がわたしの隣を通り抜けていく。


 あれ?

 何か落ちてる?

 林檎のストラップ?


「桃ずきんちゃんのじゃない?」

 林崎りんざきくんが、わたし達の前を歩く黒髪の女の子を見ながら言う。


 黒髪の女の子は桃住春花ももずみはるかちゃん。

 わたしと同じ1年A組。セミロングで見た目はわたしと似ていて、パッと見いじめられるタイプに見える女の子。


 相可おおかくんが林檎のストラップを拾い、

「渡してくるわ」

 そう言って駆けて行き、林檎のストラップを手渡す。


「え、林檎のストラップ!?」

「わー、鞄のチェン千切ちぎれてる!」

 桃住ももずみさんは驚く。


「わ、わざわざありがとう」

 桃住ももずみさんは頬を赤くしながら可愛らしい声でお礼を言う。


相可おおかくん」


 あ…桃住ももずみさんと目が合って…。


 桃住ももずみさんはかすかな笑みを浮かべる。


「じゃ、じゃあ、失礼します」

 桃住ももずみさんは逃げるように駆けて行く。


 わたしは自分の胸に手を当てる。


 なんだろう、胸がもやもやする。



 苗字で呼ぶの、わたしだけかと思ってたのに。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る