2


 中3の2月の終わり。


りん、おかえり」

 ゆるふわな髪をし、お洒落な格好の母が笑顔で言った。


 いつも、だらしのない格好の母さんがお洒落をして笑顔の時は決まって男の家に行く時。


「今度はいつ帰ってくるの?」

 白のカーディガンに学ランを着たりんは真面目な顔で尋ねる。


「すぐよ」

「じゃありん、行ってくるわね」


 りんは母の手を掴もうとする。


 だけど届くことはなく――――母は可愛らしい鞄一つを持って家から出て行った。


 りんは前髪をくしゃっと掴み、はぁ、とため息をつく。

「…またしばらく一人か」


 りんのスマホの着信音が鳴った。

 りんは電話に出る。


「もしもし? めい?」


りん、会いたい』


 めいは彼女で俺の救い。


「じゃあ俺の学校で」


 数分後、中学校に着くとセーラー服を着た女の子、水無瀬みなせめいが立っていた。


 めいは雪羽ゆきはに似た顔立ちで性格は明るく人魚姫のような女の子だ。


 りんは驚く。


「めい、そのセーラー服どうしたの?」

「俺の中学のだよね?」


姫乃ひめのに借りた」

りんの中学、入ってみたかったんだよね」

「楽しみ」


 めいが、にっこり笑うとりんは耳元で甘く囁く。

「…ほんと、悪い子だね」


 しばらくして鍵の開いた教室に入ると、めいはカーテンが閉まった窓の下に座り、めいの膝にりんは寝転がる。


「…そっか」

「またお母さん、出て行っちゃったんだね」


 りんの顔が暗くなる。


「ねぇ、りん


「ん?」


「卒業式の時、手、ぎゅってしに来てくれる?」


「いいよ、約束」

 そう言ってりんは起き上がると、めいの唇を奪う。


 そして制服のリボンをしゅるっと外し、

 ドサッ……。


 押し倒すとめいは、


「やっぱり、りんは白のカーディガンが似合うね」

 そう言ってりんの髪を撫でて笑った。


 その笑顔が溶けて泡のように消える。


 最後なんて思いもせずに。


 そしてめいの中学の卒業式の日。


 りんはその日卒業式ではなく、学校が休みだった為、めいに会いに中学校に行くと、めいはいた。


 しかし、めいは男の子と抱き合っていた。


 ナイフを心臓に刺されたかのような痛みが心に走った。


「…なんだ」


 母さんと一緒か。

 もう二度と本気になんかならない。


 儚い桜の花びらが降り注ぐ。


 りんは背を向け立ち去っていく。


 手、ぎゅっとしたかった。



「――――その翌日に俺も中学を卒業した」

 林崎りんざきくんはそう言って、わたしから目を逸らす。


「後からぎんに聞いたけど」


「めいと抱き合っていた男の子は、めいが好きでいきなり抱きついてきただけで」

「めいは断ったらしい」


「それからずっと俺を待ち続けて俺が来なかったショックで大泣きして帰ったって」


 林崎りんざきくんは切ない顔を浮かべる。


「どうして信じられなかったんだろう」

「あの時帰らずに、めいと手をぎゅっとしてたらどうなってたかな」


「…なんて、つまらない話してごめんね」

 林崎りんざきくんははかなげに笑う。


 その笑顔にぎゅっと胸が締め付けられる。

「いえ…」


 林崎りんざきくんはスマホを見る。

「あ、もう時間だね」


 もう30分経ったんだ…。

 あっという間だったな。


雪羽ゆきはちゃん、これあげる」

 ズボンのポケットから飴を取り出す。


 あ…林檎の飴…。


 わたしは入学式のことを思い出す。


 怖いけど…入学式の時のこと聞いてみよう。


「あの」


「ん?」


「入学式の時、銀のミルクっていう飴、貰ったことがあって」

「その時、相可おおかくんの隣にいたの、林崎りんざきくんですよね?」


 どくどくどく、とわたしの心臓の音が速まる。


「うん、そうだよ」

 その答えを聞いて、ほっと胸を撫で下ろす。


相可おおかくんが銀のミルクの飴くれたんですよね?」


 林崎りんざきくんは、にこっと笑う。

「飴はどっちなんだろう?」


「え」


 林崎りんざきくんは悪魔な表情を浮かべて言った。


「まだ教えてあげない」


「っ…」

 なんで意地悪言うの?


「親にはコンビニでアップルティー買ってくるって言って出てきたんだよね?」


 林崎りんざきくんはガタッと椅子から立ち上がる。


「コンビニまで送って行くよ」



 それからチェリバから出てコンビニの近くまで来た。


林崎りんざきくん、ありがとう」

「ここでもう大丈夫です」


「…………」

 林崎りんざきくんは何も答えない。


 林崎りんざきくん、何かを見て…。


 ゆるふわな髪をし、お洒落な格好の女性がだらしない男性と手をぎゅっと繋いで楽しそうに反対側の歩道を歩いていた。


 あの人って、もしかして林崎りんざきくんのお母さん?


 林崎りんざきくんは手を口で押さえてしゃがみ込む。


林崎りんざきくん!」


「休めば大丈夫だから、コンビニでアップルティー買って今日はもう帰って」


 林崎りんざきくん達を含めてみんな元気で、弱いのは、わたしだけだと思ってた。

 でも違ってた。


 わたしは相可おおかくんが好き。


 だからこんなの間違った感情だって分かってる。

 でも、わたし今、


 林崎りんざきくんの手、ぎゅっとしたい。


 わたしの両目が潤む。

「寂しかったよね」

「痛かったよね」


「でももう大丈夫」


 わたしは手を差し出す。


林崎りんざきくんはもう一人じゃないよ」


 林崎りんざきくんは、ゆっくりと手を伸ばす。


 わたしと林崎りんざきくんの手がふわりと重なった。


 林崎りんざきくんは、わたしの手をぎゅっと握って立ち上がる。


黒図くろず?」


 この声は…。


 まさか、相可おおかくんと会うなんて。


 黒色のダッフルコートを羽織った相可おおかくんは繋いだ手を見る。


「これは違っ…」


 林崎りんざきくんは繋いだ手を放さない。


「こっちはデート。ぎんは?」


「ジュース買いに来ただけ」

「じゃあな」


 あ……。

 待って、相可おおかくん――――。


雪羽ゆきは?」


 手を放し後ろを振り返るとエコバッグを右手に持ったお母さんが立っていた。


「あ、お母さん…」


 わたしの顔が青ざめると、相可おおかくんも立ち止まって振り返る。


「ピアスつけた黒髪のヤンキーに」

「ピアスつけた、ぎ、銀髪のヤンキー!?」

 お母さんは信じられないという顔を浮かべる。


「電話でお父さんから聞いたわ」

雪羽ゆきはが一人でコンビニにアップルティー買いに出て入ったって」

「嘘だったの?」


「あ、違…」

 わたしがそう言いかけると、相可おおかくんが口を開く。


「違います」

「俺達は黒図くろずと同じクラスで」

「アップルティーを買い来た黒図くろずとさっき偶然に合っただけです」


 お母さんは相可おおかくんを睨みつける。

「あなたには聞いてない」

「銀髪ヤンキーが話しかけてこないで」


 お母さん、なんでそんなこと言うの?


雪羽ゆきは、帰るわよ」


「うん…」

 わたしはお母さんに連れられ歩いて行く。



「庇ってくれなんて頼んでないけど?」

 りんがそう言うと、ぎんが口を開く。


黒図くろずをフォローしただけだ」


「フォローになってないじゃん」

「まずいね、あれは」

雪羽ゆきはちゃん、出禁にされるかもね」


「…………」

 ぎんは黙ったまま複雑な表情を浮かべ、自分の前髪に手の平を当てた。



 数分後、家に着くと居間に連れて行かれる。


「お父さん!」


「母さん、どうしたんだ?」

「そんなに声を荒げて」


雪羽ゆきは、黒髪と銀髪のヤンキー2人組とコンビニ近くにいたのよ」


「なんだって?」


 どうしよう…何か反論しなきゃ。

 でも隙がない。


 お母さんは、ふぅ、と息を吐く。

「最近、おかしいと思ってたら、こういうことだったのね」


 お母さんはわたしを心配と怒りが入り混じった表情で見つめる。


「土日に出掛けるの禁止」

「平日も真っ直ぐ帰ってくること、いいわね?」

 お母さんは厳しくそう言った。


 そんな…。



 部屋に戻ると一気に疲れてベットに崩れ落ちる。


 なんでこんなことに…。


「ゴホゴホッ…」

 わたしは咳き込む。


 息するの苦し…でも心の方がもっと苦しくて痛い。


 やだ、やだよ。

 お願い、禁止にしないで。


 わたしは、しゃくりあげながら願いをぽつり呟く。



「…ぎんくん、助けて」


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