Silver snow9*なんで本気にならないんですか?

1


 え、夢なのかな…?

 だって、

 わたしにキスしようとするはずないもん。



 12月10日の早朝。わたしは葉二蘭ばにら高校の1階の階段の隅っこで制服の着方をコーデしていた。


 本当は家で制服コーデしたかったけど、お母さんとお父さんに心配されちゃうから諦めて高校でやることに…。


 短くしたスカート、腰巻きカーディガン。

 髪は昨日、姫乃ひめのちゃんから借りたヘアアイロンで高校に着いてすぐにトイレで巻いてきたから大丈夫。


「できた」

 …けど、違和感が半端ない。


 わたしは床に置いてある鞄のチャックを開け、ポーチから手鏡を取り出す。


 手鏡に映るわたし。


 見てて恥ずかしくなる。

 でも慣れるしかないよね…。


 相可おおかくん、もう教室に来てるかな。

 胸がそわそわする。


「…教室、行こう」

 わたしはチャックを閉めて鞄を右肩にかけ、1階の階段を上がって行く。



「あ…んっ…」

 3階の廊下を歩いていると甘い声が聞こえてきた。


 …あれ?

 林崎りんざきくん、教室の前で女の子と何して…。


「――――!?」

 わたしは目を見開く。


 リボンで少し結び、ゆるふわな髪を流した女の子が林崎りんざきくんの胸に手を当て唇を塞いでいる。


  林崎りんざきくん、女の子にキスされてる…。


 3日前、林崎りんざきくんとふたりきりで教室にいた時に入ってきた女の子、“あずさちゃん”だ。


 白雪しらゆきあずさちゃんは林崎りんざきくんファンの中でもリーダー的存在の子で、

 林崎りんざきくんの隣の席になりたいと思っている。


 どうしよう、これじゃ教室に入れな…。


 一瞬、林崎りんざきくんと目が合い、ドキッとする。


 まずい、見つかっちゃった…?

 に、逃げよう。


 わたしは慌てて近くの階段を駆け下りていく。


 ツルッ。


「…………!」


 あ、足が滑って…。

 落ちる!


 ぽすっ……。

 誰かの胸の中に包まれる。


「…あっぶねぇ」

「大丈夫か?」


 この声は…。


 わたしと相可おおかくんは見つめ合う。


 相可おおかくん!?

 え、なんでここに!?

 って、わたし、格好…。


 わたしはバッと顔を背ける。


「…黒図くろずだよな?」


「あ…」


「一瞬、誰か分かんなかったわ」


 わたしの両目から光が消えた。


 それって分からないくらい変ってことだよね…。


 俯き、両目をぎゅっと瞑る。


 やっぱり、わたしにはこんなの似合わな…。


「可愛すぎて」


「え…」

 わたしはびっくりして顔を上げる。


 相可おおかくんの顔が赤い?


 相可おおかくんは右手で顔を隠す。


 いつも無表情なのに…こんな相可おおかくん初めてで、

 つられてわたしまで顔真っ赤になっちゃうよ。



「え!? 今日の黒ずきん、可愛くない!?」

 朝のHRホームルーム前、1年A組の教室で女の子達が騒ぎ始めた。


 短くしたスカート、腰巻きカーディガン、それに加えて、

 ふわふわの銀色チェックの膝かけ。


雪羽ゆきはちゃん、かわいいね」

 林崎りんざきくんが、さらりと褒める。


「あ、ありがとう」


 良かった…林崎りんざきくん、いつも通りだ。


 わたしはホッと息を吐く。


 わたしが林崎りんざきくん達のキス見てたの気づかれてなかったのかも…。


ぎんも何か言ったら?」


「…………」

 相可おおかくんは何も答えない。


「冷たいねぇ」


 “一瞬、誰か分かんなかったわ。可愛すぎて”。

 階段での相可おおかくんの言葉を思い出す。


 顔が熱い…。


 姫乃ひめのちゃんが、わたしの席まで歩いて来た。

雪羽ゆきは、一緒に写メ撮ろ」


「あ、うん」


「俺が撮ろうか?」


 姫乃ひめのちゃんは明るく笑う。

りん、ありがと」


 林崎りんざきくんが席から立ち上がると、

 姫乃ひめのちゃんが自分のスマホを林崎りんざきくんに手渡す。


 わたしと姫乃ひめのちゃんがピースをすると、林崎りんざきくんはスマホでパシャッと写メを撮った。


「はい」

 林崎りんざきくんは姫乃ひめのちゃんにスマホを返す。


 わたし達は早速写メを見る。


 相可おおかくんは褒めてくれたけど、やっぱり、

 姫乃ひめのちゃんはとてもよく似合ってるのに、わたしはこの格好全然似合ってない…。


 姫乃ひめのちゃんみたいになれたらいいのに。


ぎん、ちょっといい?」

 林崎りんざきくんが誘うと、


 ガタッ。

 相可おおかくんは席から立ち上がり、後ろの扉から一緒に出て行く。



雪羽ゆきはちゃんって、ほんと分かりやすいよね」

ぎんの隣の席になってから、みるみるかわいくなってくね」

 廊下でりんは腕を組みながらそう言い終えると、にこやかに笑う。


「何が言いたいんだよ」


「このままだと違う狼に食べられちゃうかもよ」

 りんはそう言って、わざと意地悪な笑みを浮かべ、耳元に唇を近づける。


「例えば俺とかね」


 ぎんの目つきが変わる。

「お前、毒林檎だろ」


「銀色狼と毒林檎なら銀色狼に砕かれて終わるかもしれない」

「でも、相手が羽が生えた雪の天使だったら」

「毒林檎の毒で眠らせることが出来るかもしれない」


「何? 宣戦布告?」


「そうだって言ったら?」


 ぎんりんは静かに見つめ合う。


「…俺は俺のやり方で守るだけだ」

 ぎんは、さらりとそう言うと教室に戻っていく。


「余裕かよ」

 りんはクスッと笑い、毒舌を吐いた。

「…ほんと邪魔だねぇ」

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