Silver snow8*わたしの居場所だから。

1


 言ってしまった。

 だけどもう、わたし、諦めない。

 相可おおかくん達がいる世界がわたしの居場所だから。



「…良かった。まだ誰も来てない」

 12月9日の早朝。わたしは1年A組の教室にいた。


 幸いひどくならずに済んだ。

 1日で治るなんて、相可おおかくんが寒い中会いに来てくれたおかげかな。


 相可おおかくんに借りたままの黒のパーカー、許可も取らずに勝手に洗っちゃったけど大丈夫だったかな…。


 わたしはぎゅっと黒のパーカーが入った紙袋を抱き締めた後、相可おおかくんの机に置く。


 書いた手紙も一緒に紙袋の上に置いておこう。


 ガラッ。

 教室の前の扉が開く。


 え、相可おおかくん?

 どうしよう…。

 紙袋の黒のパーカー置いたら教室から出て行こうと思ってたのに。


 わたしの胸がドキドキと音をたてる。


 相可おおかくんが口を開き、優しい声で挨拶した。

黒図くろず、おはよう」


「お、おはよう」

 わたしが動揺しながら挨拶を返す。


 雪の羽なんてすぐに溶けてしまう。

 それでもあらがって飛び続ける。

 何度でも。


 昨日はそう強く思った。

 そして今、元気になってここにいる。


 だけど相可おおかくんが、姫乃ひめのちゃんに対して本気で怒ったり、

 保健室で姫乃ひめのちゃんにキスしようとしてた光景が頭からずっと離れなくて。


 どんなに嬉しい言葉をもらっても、いざ会ったら突きつけられる。


 “相可おおかくんと姫乃ひめのちゃんが両想い”で、

 “わたしは、みんなと一緒にいるべきじゃない”ってこと。


 だから…。


「ん? 何これ」

 ピラッ。

 相可おおかくんが手紙を手に取って読む。


 紙袋の黒のパーカー置いたら教室から出て行こうと思ってた。

 会いたかったけど会いたくなかったから。


 手紙の『パーカー貸してくれて、昨日も家まで来てくれてありがとうございました。でももう相可おおかくんの隣にいられません。』っていう“別れの言葉”を読まれてしまったらもうここにはいられない。


 逃げるなら今しかない――――。


 わたしは教室の後ろの扉から出ようとする。


 ガシッ。

 え…腕掴まれて…。


「『もう隣にいられません。』ってなんだよ」

「俺の隣はお前しかいねぇって昨日も言っただろ」

「パーカーだってこれからも貸すつもりなのになんで離れようとするんだよ」


 なんで、そんなこと言うの?

 期待しちゃうよ。


 わたしは抵抗する。

「放して下さい」

 そう言いながらもわたしは相可おおかくん から目を離すことが出来ない。


「放して欲しかったら直接言えよ」

「“ もう隣にいられません”って」


「っ…」


 相可おおかくんは面倒臭そうに、はぁ、と息を吐く。


「言えないならこんなこと書くなよ」

 そう言うと相可おおかくんは真剣な表情でわたしを見る。


「…一昨日おととい姫乃ひめのと保健室にいた時」

「廊下を歩いていく足音が聞こえた」

「あれ、お前だろ?」


「…!」

 え、え、バレて…。


「やっぱりな」

「何を勘違いしたのかは知らねぇけど」


「俺はお前を手放すつもりねぇから」

「この先、何があっても」


「え…」


 ――わたしは何があっても、相可おおかくんやみんなの傍にいたいのに。


 わたしは暖かな一筋の涙をこぼす。


 相可おおかくんも同じ気持ちでいてくれたの?


 窓から降り注ぐ暖かな光が教室の中をキラキラと照らしていく。


 相可おおかくんはきっと“友達として”言ってくれてるんだと思う。

 それでもいい。

 これからも友達として相可おおかくんの隣にいたい。


 ガラッ。

 教室の前の扉が開いた。


ぎん、今日も早く高校来てると思ったら、そういうことだったんだね」


 もしかして林崎りんざきくんに聞かれちゃった?


りん

 相可おおかくんが名前を呼ぶと林崎りんざきくんが近寄ってくる。


 相可おおかくんは林崎りんざきくんの首を見る。

「なんだよ、その白いマフラー」


「あーこれ? 知らない女の子に貰った」

「でも、俺にはこの色は似合わない」

雪羽ゆきはちゃんのが似合うね」

 林崎りんざきくんは自分の首に巻いたマフラーに触れながら言う。


 え、黒ずきんなのに?


 林崎りんざきくんが、わたしの耳元に唇を近づけてくる。


 あ、禁断の果実みたいな甘い香り…。


「…一昨日おとといは試すようなこと言ってごめんね」

「…姫乃ひめのみたいになって欲しくなかったから」

 そう林崎りんざきくんは甘く囁いた。


 え…それってどういうこと?


「おい、何してんだよ」


ぎん怒るなよ。“内緒の話”したからって」

「後は雪羽ゆきはちゃん次第だよ」

「どうする?」


 …知りたい。

 過去に何があったのか。

 だから、姫乃ひめのちゃんに聞かなければ。



「今日、ファミレス行く?」

 刻々と時間は過ぎていき、放課後。1年A組の教室で鞄を左肩に掛けた林崎りんざきくんが声をかけてきた。


「ごめん、りん

 わたしの近くに立つ姫乃ひめのちゃんが自分の両手をぱちんと合わせる。

「私と雪羽ゆきは、このまま教室に残るから」


 え、わたしも?


 わたしは姫乃ひめのちゃんと顔を見合わせる。


 あ、姫乃ひめのちゃん、話合わせて欲しいって言ってる。


「うん。林崎りんざきくん、ごめんなさい」


「分かった。ぎん、行こう」


 林崎りんざきくんがそう言うと、


 ガタッ。

 相可おおかくんは席から立ち上がり、わたしの頭をぽん、と叩き、後ろの扉からスタスタと教室を出て行く。


「…って、また勝手に一人で行くなよ」

 林崎りんざきくんは相可おおかくんの後を追いかけていく。


 相可おおかくんの頭ぽん、なんだか、“ 頑張れ”って言われてるような気がした。


雪羽ゆきは、座ったままでいいよ」

「私も自分の席で話すから」


 姫乃ひめのちゃんがわたしの方に自分の椅子を向けてガタッ、と座った。


 わたしも立ち上がり姫乃ひめのちゃんの方に自分の椅子を向けて座り直す。


 右隣のわたしと左隣の姫乃ひめのちゃん。

 その間に相可おおかくんの席がある。


「…………」


「…………」


 わたしと姫乃ひめのちゃんは黙る。


 姫乃ひめのちゃんとふたりきり。

 緊張する…。


 早朝に姫乃ひめのちゃんの過去、聞かなければ…って決意したけど結局まだ聞けてない。

 だけど…。


 “今が聞く時”。


「あの、姫乃ひめのちゃ…」


「ラインでも謝ったけど」

雪羽ゆきは一昨日おとといは怖い思いさせて本当にごめんね」

「ああ見えてゆり、B組の青井と仲いいからさ」


 わたしはびっくりする。


 え…ゆりちゃん、青井くんと仲良しなの!?


「B組の青井は、ゆりが好きみたいだけど」

「ゆりはぎん一筋だからね」


「昨日の電話でも分かったと思うけど」

ぎんが特定の誰かと話すだけでも許せないタイプでさ。ごめんね」


 座りながらわたしはスカートの上でぎゅっと自分の両手を握り締める。


 姫乃ひめのちゃんだって怖い思いしたのに…。


姫乃ひめのちゃんは何も悪くないよ」


「悪いよ」

「だって一昨日おとといぎんと保健室でふたりきりになっちゃったし」

雪羽ゆきはぎんのこと…」


「違うよ」

「友達として好きなだけだよ」

「だから大丈夫」


 わたしがそう答えると、姫乃ひめのちゃんは、あはっ、と笑う。

「…雪羽ゆきはってほんと、“昔の自分”に似てる」


 え…。


 わたしは動揺する。


「昔の自分?」


「うん…」


 窓の外で霧雨が降り出した。


 姫乃ひめのちゃんは目線を逸らした後、わたしを真っ直ぐ見据え直す。


「私もね、中2の時」

ぎんに『友達として好きなだけ』って言ったの」


 姫乃ひめのちゃんは過去をゆっくりと話し始めた……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る