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 動揺を隠せない姫乃ひめのちゃんの目が揺れ動く。


雪羽ゆきは、なんで来たの」

「早く逃げて」

 姫乃ひめのちゃんがそう言うと、わたしは姫乃ひめのちゃんの前に立ち、庇うようにバッと両手を広げる。


 ゆりちゃんに言い返せるようにはなったけど、わたしは、まだまだ弱い。

 だけど…。


 頬を流れ落ちていく涙。


 この高校で相可おおかくんと出会って、色々な経験をして、少しずつだけど強くなれてる。

 だから、わたしはもっともっと強くなるんだ!!


姫乃ひめのちゃんに手を出さないで下さい」


「黒ずきんちゃん、かっこいい」

金多かなた先輩が言ってただけのことあるな」


金多かなた…先輩…?」

 姫乃ひめのちゃんの顔がサァーッ、と青ざめていく。


金多かなた先輩って金髪ヤンキーの?」

 わたしが尋ねると、


「そうだよ。金多棘流かなたとげる先輩。今高2で別の高校に通ってる」

 青髪ヤンキーの青井くんは、にこっと笑う。


 金多かなた先輩とは中学が一緒だったって相可おおかくん言ってたから同級生かなって思ってたけど先輩だったんだ…。


「じゃあ今回は金多かなた…先輩…の?」

 姫乃ひめのちゃんが声を震わせながら尋ねる。


「違うよ」

金多かなた先輩とは電話で話しただけで」

「今回は君達がよく知ってる1年A組の女の子からの依頼」

 それを聞いたわたしの血の気がサァーッ、と引いていく。


 ゆりちゃんだ…。


「だから姫乃ひめの、心配ないよ」


 ――――グィッ!!

 青井くんが、わたしの顔を両手で覆う。


「俺の本命は黒ずきんちゃんだから」

 そう言って悪魔な表情で笑うと、わたしの全身が震えた。


 姫乃ひめのちゃんの顔が今にも泣き出しそうな顔に変わる。

「やめ…て」

雪羽ゆきはを…私と同じ目に合わせないで…」


 同じ目ってことは姫乃ひめのちゃん、過去に怖い思いしたんだ…。

 なら尚更、負ける訳にはいかない。


姫乃ひめのちゃん、大丈夫だから」

「わたし、黒ずきんだもん」

「こんなの平気だよ」


「だってさ」

「なら遠慮なく」


 わたしは、ぎゅっと両目を瞑る。


 このままキスされる!


 ……。

 …あれ?


 青井くんが、わたしの顔から両手で覆うのをやめる。


 なん…で?


 そう疑問に思った瞬間、青井くんが、わたしの腕をひいて、ぎゅっと抱き締める。


 え…何?


 青井くんは、わたしの耳元に唇を近づける。

「キスされると思った?」


「ごめんね」

「ちょっと痛めつけてっていうのが彼女の要望だから」


「黒ずきんちゃん、おやすみ」

 青井くんが抱き締める力を徐々に強めていく。


「ぁっ……」

 わたしはぎゅっと潤んだ両目を閉じる。

 徐々に涙へと変わっていき、睫毛に溜まる。


 怖い、痛い、苦しい…。

 相可おおかくん…助け…て…。


 パタパタッと駆けてくる音が聞こえた。


 バンッ!

 後ろの白色の扉が全開に開く。


 相可おおかくんは、青井くんを冷たい目で見る。


「おい、B組の青井」

「授業サボって何やってんだよ」


 ぁっ……ぁっ……。

 この……声は……。

 相可おおかくん……。


 相可おおかくんが林崎りんざきくんと一緒に教室に入ってきた。


「あー、ある女の子に頼まれちゃってさ」


「そのくらいにしとかないと先生に言うよ?」

 林崎りんざきくんがやわらかな口調で言い、にっこり笑う。


「それは勘弁して欲しいかな」

「ちょっと痛めつけて脅してって頼まれただけだから」

 青井くんがわたしを放して突き飛ばす。


「きゃっ…」


黒図くろず!」


 ぽすっ…。

 相可おおかくんがわたしを受け止める。


「じゃあね」

 青井くんは手を軽く振り、教室から出て行く。


黒図くろず、大丈夫か?」

 相可おおかくんが心配そうに尋ねてきた。

 その言葉で恐怖感が少しだけ和らいだ。


 本当は平気なんかじゃない。

 だけど強いわたしを見せたいから。


 わたしは、ふわっと笑う。


「うん」

「わたしは平気」


 そう嘘をついた。

 すると、相可おおかくんが、わたしの頭をふわふわと撫でてくれた。


姫乃ひめの!」

 崩れ落ちる姫乃ひめのちゃんを見て林崎りんざきくんが叫ぶ。

 すると相可おおかくんが、わたしから離れていく。


 あ……。


「俺が保健室連れてくわ」

黒図くろずのことを頼む」


「分かった」

 林崎りんざきくんが了承すると、相可おおかくんは姫乃ひめのちゃんに何も言わず、自分の肩に姫乃ひめのちゃんの腕を乗せる。


ぎん、大丈夫だから…雪羽ゆきはを…」


「何言ってんだよ!」

「大丈夫じゃねぇだろぉが!!」


「っ……」

 姫乃ひめのちゃんの目が涙目になる。


「行くぞ」


 相可おおかくんは自分の肩に姫乃ひめのちゃんの腕を乗せたまま立ち上がると、わたし達に背中を向け、支えたまま真っ直ぐ歩いていく。


 そして一緒に後ろの扉から教室を出て行った。


 相可おおかくん…。


 わたしは後ろの扉まで、のろのろと歩いて行く。


雪羽ゆきはちゃん?」

 林崎りんざきくんが名前を呼ぶと、わたしはふらつき、近くにある林崎りんざきくんの机に手をつく。


 すると急に体の力が抜け、わたしは扉の前にしゃがみ込むように崩れ落ちる。


雪羽ゆきはちゃん!」

 林崎りんざきくんは、ぺたりとしゃがみ込んでいるわたしの近くまで駆けてきた。


「大丈夫、ちょっと疲れただけで…」


雪羽ゆきはちゃん、もう大丈夫だよ」

「よく頑張ったね」

 林崎りんざきくんの言葉で少し和らいでいた緊張と恐怖が一気に和らぎ、わたしの目から一筋の涙が頬を伝う。


「ゴホゴホッ…」

 わたしは咳き込み、手で口を押さえると、


「手震えてる」

 林崎りんざきくんが、ぎゅっとわたしの手を握る。


「怖かったよね」

「ごめんね」

 林崎りんざきくんの顔が曇る。


 なんで、林崎りんざきくんが謝るの?


林崎りんざきく…」


雪羽ゆきはちゃん、俺達といて大丈夫?」

「一緒にいない方がいいんじゃないかな?」


 そう言った林崎りんざきくんの表情は、どこか苦しげで――――。

 胸が、きゅっと締め付けられる。


「え?」

 わたしは動揺する。


 なんでそんな突き放すこと言うの?

 わたしは何があっても、

 相可おおかくんやみんなの傍にいたいのに。


「りんりん、いたぁ!」

 そう言ってリボンで少し結び、ゆるふわな髪を流した女の子が教室に入ってきた。


 林崎りんざきくんのわたしの掴む手がパッと離れる。


 女の子が林崎りんざきくんの腕をぎゅっと掴み、わたしがまるでここにいないみたいに話し出す。

「先生がぁ、りんりんやぎんくんのこと心配してたよ?」

「早く戻ろ」


「待って」

雪羽ゆきはちゃん、保健室…」


林崎りんざきくん、ありがとう」

 わたしは林崎りんざきくんの言葉を遮るように言うと、眉を下げて笑う。


「大丈夫、一人で行けます」



 姫乃ひめのちゃん、大丈夫かな…。

 そう思いながら廊下を歩いていると保健室が見えてきた。


 あ、保健室の扉開いてる…。


 わたしは扉から中を覗く。


 開いたカーテンレールに、

 姫乃ひめのちゃんがベットの上で眠っていて、それを相可おおかくんが複雑そうな顔で見ている。


 相可おおかく…。


「――――!!」

 わたしは目を見開いた。


 眩しく暖かな光が2人を照らしていく。


 ギシ…。

 相可おおかくんは眠っている姫乃ひめのちゃんに向かって顔を近づけていく。


「っ…」

 わたしはその先を見れなくて保健室から離れ、自分の口を両手で押える。


 え、え?

 相可おおかくん、姫乃ひめのちゃんに何を…。

 もしかして…キス?


 わたしの心がズキズキと痛む。


 どうしよう、わたし、傷ついてる。


 ――――雪羽ゆきはちゃん、俺達といて大丈夫? 一緒にいない方がいいんじゃないかな?


 教室での林崎りんざきくんの言葉が、わたしの胸に重く響いた。


 …そっか。

 相可おおかくんと姫乃ひめのちゃんが両想いだから林崎りんざきくん突き放すことを…。


 相可おおかくんの隣の席になれて、

 姫乃ひめのちゃんや林崎りんざきくんとお友達になれて幸せで忘れてた。


 相可おおかくんの隣の席は、わたしだけじゃないってこと。

 “ 姫乃ひめのちゃんも隣の席”だってことを。


 わたしは、ふっ、と笑う。


 相可おおかくんの隣の席になれただけで、もう充分だ。


 わたしは保健室に背を向けて壁に手をつきながらゆっくりと歩き出す。


 わたしの両目から光が消え、闇が広がっていく――――。



 わたしは、みんなと一緒にいるべきじゃない。


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