Silver snow5*わたし、体が弱いの。

1


 なんで…隣にいるの?

 わたし、嘘ついたのに。

 一緒に走ってくれるの?



「キャー! ぎんくん、りんりんかっこいい~!」

 12月6日の朝。校庭に女の子達の甲高い声が響いた。


 相可おおかくんは上が白で下が紺色のジャージを気崩し、林崎りんざきくんは、かっこよくジャージを着こなしている。


 今にも雨が降ってきそうな曇り空で冷たい風が吹き荒れる。


 朝の1限から持久走…地獄なはずなのに。

 相可おおかくん達に全集中。

 女の子達に混じって相可おおかくん達を応援している。


 今、男の子15人が校庭のトラックを走っていて、わたしを含めた女の子15人は待機中である。


 走ってるだけなのに相可おおかくん達のオーラがすごい…。


「男子、もういいぞ」

「次、女子!」

 体育の日向ひゅうが先生がそう言うと、女の子達が嫌そうな顔を浮かべ、


「はーい」


 とやる気のない返事をし、わたしは女の子達と一緒にトラックに並ぶ。


黒図くろず、今日はサボるなよ」

「先生ずっと見てるからな」


 わたしの顔が曇り空と同じように曇る。


「はい…」


 気持ちで負けていたらだめ。

 気合を入れよう。


 わたしは上が白で下がピンク色のジャージのポケットに入っていた予備のゴムで髪をきゅっと結ぶ。


「…あんなおっさん、気にしなくていいからね」

 隣にいるいばらさんがボソッと言って、ひまわりみたいに笑う。


 今まではずっと一人だった。

 だけど今は、


 こうやってフォローしてくれるクラスメートの女の子いばらさんがいる。


 ううん、それだけじゃない。


 ――何も諦めるな。

 ふと、相可おおかくんの言葉が脳裏に浮かんだ。


 一緒に冬の花火を見た日、相可おおかくんが、そう言ってくれた。


 だから大丈夫。

 それだけで走れる、頑張れる。


 ピー、と日向ひゅうが先生の笛が鳴って、わたし達は地面を蹴り、走り出す。


 分かってはいたけど、どんどん追い抜かされていく。

 そしてゆりちゃんがわたしを追い越す瞬間、

 肩が軽く当たり、バランスを崩し倒れそうになるも堪える。


「はぁっ……、はぁっ……」


 く、苦しい……。

 どうしよう…疲れてきちゃった…。


「大丈夫?」


 いばらさんが心配そうな声で尋ねてきた。

 わたしの両目が揺れ動く。


 え、いばらさん?

 なんで…隣にいるの?


 わたしはへらっと笑う。


「うん、大丈夫。先に…」


「行かないよ。一緒に走る」


 カラオケ店に行った時、わたし、嘘ついたのに――――。


 わたしの両目に、じわりと涙が浮かび上がる。


 一緒に走ってくれるの?



 雪羽ゆきは達を見ていたぎんは自分の袖を捲り上げ、トラックまでスタスタと歩いて行く。


「あ、おい、ぎん!」

「…ったく、仕方ないなぁ」

「俺も行きますか」

 りんぎんの後を追いかける。


相可おおか林崎りんざき、どこへ行く!?」


「俺達もう一周、トラック走ってきま~す」

 体育の日向ひゅうが先生にりんがさらりと言うと、りん達はトラックを走り出す。


 日向ひゅうが先生は2人に向かって怒鳴る。

「こら、女子に混ざってトラック走るな!」



「え、ぎんりん!?」

 いばらさんが走りながら声を上げた。


 わたしの顔が熱くなる。


 なんで相可おおかくん達がいるの?

 夢みたいだ……。


黒図くろず、こっち見るな。前向いて走れ」


「ちゃんと隣で見てるから」


 相可おおかくんまで隣を一緒に走ってくれるの?


 わたしの視界がぼやけ、たくさんの暖かな光が浮かび、きらきらと揺れ落ちていく。

 わたしは涙を手で拭いながら走り続ける。


 相可おおかくんの言葉が嬉しくて涙が止まらない。


「何アレ、黒ずきん最悪なんですけど~」

「大丈夫、ゆりがなんとかしてくれるって」


 ツインテールとショートボブの女の子達が話してる言葉さえも気にならないくらいに――――。



「――――今日はみんなよく頑張ったな。解散」

 体育の日向ひゅうが先生の言葉で1限の持久走が終わった。


 日向ひゅうが先生、にこやかだ。


 林崎りんざきくんと相可おおかくんが心配そうな表情を浮かべる。


黒図くろずちゃん」


黒図くろず、大丈夫か?」


「はぁっ、はぁっ……うん」

 わたしは息を整えながら笑って返す。

 すると相可おおかくんは、よしよしと頭を撫でてくれた。


 いばらさんが優しい笑みを浮かべる。

「頑張ったね」


 持久走、初めてやり遂げられた。

 相可おおかくん達が一緒に走ってくれたから。


 曇り空から少し霧雨が降ってきた。


 あ、雨……。


 ゆりちゃんが近寄ってくる。


姫乃ひめの、ちょっといい?」

 ゆりちゃんが尋ねると、


「いいよ」

「雨降ってきたし、ぎん達、先に教室戻ってて」

 いばらさんはそう言うと、ゆりちゃんと一緒に歩いて行く。


 あ…いばらさん達の背中が遠くなって…。


 いばらさん、大丈夫かな…。


黒図くろず

 わたしは相可おおかくんに呼ばれる。


「行くぞ」



「あのさ、余計なことしないでくれる?」

 自動販売機の前で、ゆりが刺々とげとげしい口調で言い放つ。

 近くには、手洗い場とテニスコートがある。


「余計なこと?」

 姫乃ひめのが聞き返すと、ゆりの顔が不快な表情に変わる。


「黒ずきんと一緒に走って」

「更にぎんくん達まで巻き込んで」


 姫乃ひめのは強い眼差しでゆりを見つめる。

「巻き込んでないよ」

「一緒に走ったのはぎん達の意思だよ」


「はぁ~?」

ぎんくんの幼馴染で隣の席だからって調子のんな」

 ゆりが手を振り上げた――――。



「だめっ……!!」

 わたしはいばらさんの前に割って入った。


 びっくりしてゆりちゃんの手が、ぴたりと止まる。

 同時にいばらさんも固まった。


「なんで…ぎん達と教室に戻ったんじゃ…」

 いばらさんが動揺しながら言うと、わたしはゆりちゃんを見ながら、ゆっくりと話し始める。


「教室に戻ろうとしたけど…出来なかった」

「一緒に走ってくれたから…」

 わたしの両目に光るものが滲み、体がかすかに震え出す。


 いばらさんとは正反対で、

 あだ名は黒ずきんで顔は普通。


 体は弱くて、本当、だめなわたし。


 強くなりたい。

 強くなりたい。

 強くなりたい。


 そう、願うだけで精一杯。

 こんなわたしなんて、大嫌い。


 だけど、相可おおかくんの隣の席になって、

 今まで諦めてたことが少しずつだけど出来るようになった。


 だから、もう逃げない。

 負けない。


 わたしは零れ落ちないように涙を右手で拭う。


「文句があるなら、これからはわたしだけに言って下さい」

いばらさんを巻き込まないで」


「今まで雪みたいに固まってたくせに」

ぎんくんの隣走れたからって生意気言うな」

「黒ずきんなんか溶けちゃえばいいのよ!」


 ゆりちゃんが振り上げた手をわたしの頬に向かって振り下ろそうとした時、わたしはその場で崩れ落ちていく。


「え」

 ゆりちゃんといばらさんの声が重なった。


黒図くろず!」

 相可おおかくんが林崎りんざきくんと一緒に駆けてくる。


姫乃ひめの、大丈夫?」

 林崎りんざきくんが真剣な顔で尋ねると、


「うん、私は大丈夫だけど…」

 いばらさんは、わたしを見ながら言葉を詰まらせた。


「はぁっ……はぁっ……」


 持久走の疲れが出たみたい…。

 息するの苦しい…。


「一歩遅かったみたいだね」

 林崎りんざきくんが、ゆりちゃんに微笑みかける。


りんくん違うから」

 ゆりちゃんは慌てて否定する。


 林崎りんざきくんは、ゆりちゃんの耳元で甘く囁く。

「…何が? やるならもっと上手くやらなきゃね」


 ゆりちゃんはゾクッとする。

ぎんくんは信じて」

「私、手上げてないから」


 相可おおかくんはゆりちゃんを無視し、わたしの体を支え、ひょいっとお姫様抱っこする。


「え、え」

 パニックに陥るわたし。


「2限サボるわ」


「おーけー、池田先生に伝えとく」

 林崎りんざきくんがそう言うと、

 相可おおかくんはわたしをお姫様抱っこしたまま、保健室へと向かった。

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