2


 真っ暗な空にキラキラとお星様が光輝く。


「俺の彼女に何か用?」


 黒のパーカー姿の相可おおかくんが立っていた。


 え…相可おおかくん…ほんとに来てくれた。


「誰だてめぇ」

 金髪ヤンキーはしゃがんでわたしの腕を掴みながら強張った顔で相可おおかくんを見る。


「よ、ぎんじゃん。久しぶり」


「この子、ぎんの彼女だったんだ」

「普通の子選ぶなんて意外。ぎん、趣味変わったね」


「てっきり“姫乃ひめの”が彼女だと思ってたのに」


 え…。


「いいから早くその手放せよ」

 相可おおかくんの顔が強張る。


「怖っ、マジな顔すんなよ」

「はいはい、放しますよ」

 金髪ヤンキーはパッと腕から手を離すと立ち上がる。


 そして相可おおかくんの肩をぽんっと叩き、耳元で囁く。


「今日はぎんと久しぶりに会えて良かったよ」

「また今度じっくり話しようぜ、ぎん。じゃあな」


 金髪ヤンキーは背を向けたまま歩いて行った。


「おい、黒図くろず、大丈夫か?」

 相可おおかくんが隣にしゃがみ、心配そうな表情で尋ねてきた。


「うん、大丈夫」

「あ、ありがとう」


 相可おおかくんは、はぁ、と安堵のため息をつく。

「こんな夜道を一人で歩いてんじゃねぇよ」


「ごめんなさい」

「コンビニに用があって…」


「コンビニ?」


「うん、卵切れちゃってお母さんの代わりに買いに…」

「でも着く前に疲れちゃって…」


「分かった」

 相可おおかくんはわたしの頭をぽん、と叩く。


「俺が代わりに買ってくるわ」

 相可おおかくんはそう言って立ち上がる。


「わたしも行きたい」

 わたしは、目に涙を浮かべて言う。


「うん」

「一緒に行こう」


 相可おおかくんは手を差し出す。

 ぎゅっ。

 わたしはその手を掴んで立ち上がった。



「卵、あって良かったな」

 コンビニの扉から出る時、相可おおかくんが言った。


「うん」


 卵、残り一パックだけだったから危なかった…。

 でも卵買えて良かった。


 わたしの口元がほころぶ。


 嬉しい。

 相可おおかくんのおかげ。


黒図くろず、送ってくわ」



 わたしと相可おおかくんは住宅地を歩く。


 どうしよう。

 送ってもらえることになるなんて…。


 さっき、わたしのことを金髪ヤンキーに“彼女”って言ったのはなんで?

 金髪ヤンキーが言ってた姫乃ひめのちゃんが“彼女”だと思ってたってどういうこと?

 金髪ヤンキーとどういう関係?


 いっぱい聞きたいことある。

 だけど聞くのが怖い。


「何かあるなら聞けよ」


 え…相可おおかくんに心見透かされてる!?


「あの、さっきの金髪ヤンキーって…」


「中学が一緒だった」

 相可おおかくんは無表情のまま言葉を返す。


「姫…いばらさんとは…」


「俺の彼女に何か用? って言っただろ」


 怒ってる?


「え、それはどういう…」


姫乃ひめのは彼女じゃねぇ」


 そう言った相可おおかくんはどこか切なげで。

 わたしなんかが立ち入っちゃいけないと思った。


 その時、ヒュー…。

 突然、ハートの花火が上がり、


 ドォォン…。

 夜空にキラキラとピンク色に輝いた。


「あ、花火…」


「たーまやー」

 花火に向かって遠くにいる子供連れの両親が声を上げる。


「びっくりしたわ」

 相可おおかくんの表情を見る限り驚いたようには見えない。


「もしかして知って…」


「さぁな」

「冬の花火綺麗だな」


「くしゅんっ…」

 わたしはくしゃみをする。


「寒いのか?」

「コート脱げよ」


「え、でも…」


 脱いだら余計に寒いんじゃ…。


「早くしろ」


 わたしはコクンと頷き、灰色のダッフルコートを脱ぐ。

 すると相可おおかくんが黒のパーカーを脱ぎ、

 ふわっ……。


 わたしの両肩にかけてくれた。

 その上からダッフルコートを着せる。


「これで大丈夫だな」


 バニラな香りがする。

 全然、大丈夫じゃない。

 アイスみたいに溶けてしまいそう。


「あの」


「ん?」


「わたしの家の隣の人、猫飼ってて」


「ぎ…相可おおかくんの隣の席になってから」

「わたしの家のベランダにくるまってて」


「でも喘息持ちだから部屋から見てるしか出来なくて」


「今日も家を出たら猫が隣の家から出てきて鳴いてくれたと思ったら」

「わたしじゃなくて仕事から帰ってきた飼い主さんに鳴いただけで…」

 わたしの顔が曇る。


「なんかその猫、俺みたいだな」

「近くなったと思ったら遠ざかる」


「あ…」


「それで他に言いたいことは?」


「彼女じゃないのに」

「どうしてさっき、わたしを彼女って言ったんですか?」


 ふわっ……。

 相可おおかくんは黒のパーカーのフードをわたしに被せる。

 今度は羽の花火が上がった。


「俺の黒ずきんだから」


 羽の花火が夜空にキラキラと輝いて、すぅっと消えていく。


 え…。


「隣の猫、ベランダにくるまってたの、ほんとうはお前に構って欲しかったからかもしれない」

「飼い主に鳴いたんじゃなくてお前に鳴いたのかもしれない」


「昨日はカラオケ店まで辿り着けた」

「今日はコンビニで卵を買うことが出来た」


「少しずつ進んでいけばいい」


黒図くろず、お前はあの羽の花火みたいに輝ける」

「どこまでも飛んでいける」


 相可おおかくん…。


 わたしの両目がじわりと潤む。

「でも永遠じゃない」

「輝いて消えてしまう」


「雪の羽だから?」


「え」

 わたしはびっくりする。


雪羽ゆきは


「お前の名前だろ?」


「あ、知って…」

 わたしの声が震える。


「雪の羽は輝いてすぐ溶けてしまうかもしれない」

「でもその時は消えないように俺が銀色に照らすから」

「何も諦めるな」


 黒ずきんの姿になったわたしは相可おおかくんの隣で泣く。

 止めようとしても止まらない涙。

 涙のせいで、相可おおかくんの優しく微笑んだ顔がぼやけて見える。


 ――うん。

 相可おおかくんの隣にいること諦めないよ。

 この先に何があっても絶対に。

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